第4話風のように流れる日常

 おそらく普通の高校よりも豪華な昼食を食べ終え、これからお世話になる教室に向かう。

 俺は騒ぎにならないよう、1階の食堂ではなく同じく1階の体育館裏で影山に特別に持ってきてもらった学食を食べていた。

 今から向かう教室は4階にある1年4組の教室。

 1年は4階、2年は3階、3年は2階ということらしい。

 意外と上下関係が厳しいのだろうか。

 ちなみに教室へは1人で向かっている。

 影山はどうした!という声が聞こえるが、影山は俺に食堂の飯を渡し、「食べ終わったら、3階にある1年4組の教室に来てな。」という言葉を残して食堂に消えた。

 昼飯は友達と食べたかったのか、俺から早く解放されたかったのか。

 後者であれば俺はもう何も信じられない・・・・。

 そんなこんなで3階の1年4組の教室前に到着する。

 おそらく今が入るのに丁度いい頃合いだろう。

 始業のチャイムが鳴って5分ほどが経ったこの今が。

 なんてったって、しっかり見計らっていたからな。





 「失礼します。」と扉を開け、やる気に満ち満ちた声で言う。

 だが、タイミングが悪かった。

 「したがって、女の子は生理・・・・・・・・・・・・」

 「あ。」

 俺の方に視線が集まる。

 それは新たに入学する生徒に対する好奇な視線ではなく、何してんだこの変態という蔑むような視線だった。

 5時間目の授業はどうやら保健だったらしい。

 あれだけタイミングを見計らったというのに。

 影山はごめんね、テヘッ。という感じで自前の核爆弾という名の巨乳の前で手を合わせている。

 あのバカ女。脳みそに行くための栄養が全部あの核爆弾に行ってんじゃねぇのか。

 お詫びとして揉ませてもらえるか後で交渉してやる。

 そんなことよりこの場をどうにかしなければ・・・・・。

 「そうそう。整理といえばやっぱり断捨離!これに限るよ。なかなかできないけどね。」ハハッと自分でもわかるくらい引きつった笑顔で言う。

 見苦しすぎる。周りの視線がもはやかわいそうな子を見る目に変わってしまった。

 「ま、まぁー。皆さんこの学園唯一の男性生徒の方が来たみたいですよ。ほ、ほら拍手!」とこの場の空気を無かったことにしようと教卓の前の先生が言う。

 俺としてはすごくありがたいが、こんなことでこの場の空気が変わるわけでもなく、乾いた音の拍手で教卓の前に迎えられる。

 入学式の時にあんな熱烈な拍手を送ってくれた人たちとは全く別の人に見えるが同じ人という事実。

 環境が変わるだけで人はこうも変わるものか。

 さっそく学ばせていただいた。

 「じ、じゃあ、皆さん。これから彼による自己紹介です!イ、イェーイ・・・・。」と必死にみんなのテンションを鼓舞するかのように、先生は俺に負けず劣らずの引きつった笑顔で言う。

 ほんっとありがたいんですけど、多分無理ですよ先生。

 俺は口には出さないものの感謝と謝罪をする。

 ま、まぁとりあえず自己紹介するか。

 「皆さん初めまして。渡辺幹人です。さっきはわざとじゃないんです。本当に。あ、これからよろしくお願いします。」

 少し声が上ずったがまぁ及第点だろう。

 わかってはいたがこんなことで疑いが晴れることは無く、猜疑心たっぷりの目で見られる。

 この学園唯一の男に向ける目がこれかよ!

 俺はそんな目から逃げるかのようにずっと下を向いていた。

 「は、拍手!」という先生の声とともに周りの生徒たちが拍手をする。

 もちろん全く心のこもっていない、ただ手を叩いただけの拍手を。

 「そ、それじゃあ皆さん。待ちに待った質問大会でーーーす。ほらほら、みんな手を挙げてー。」

 この先生メンタル凄いな。まだこの空気を変えようとしてやがる。

 当の本人である俺のメンタルはもはや割れたガラス、いやそれを塵取りで集めてゴミ箱に入れられたぐらいにズタズタなのに。

 こんな空気で誰かが手を挙げるはずもなく、またしても湿っぽい空気が流れる。

 「皆、照れてるのかなー?じゃあ、先生から聞いちゃいまーす。」 

 そう言って先生は手を挙げた。

 ほらほら、早く当ててよと言わんばかりにこちらに目線を送る。

 はぁ、なんなんだこの茶番は。

 でもまぁ先生も気を使ってくれてるわけだし・・・・。

 「じゃあ先生。」

 「ず、ずばり、前科は?」

 「ねぇよ!」

 この女本気の目で聞いてきやがった!

 多分というか確実に冗談じゃない。

 教室の生徒の視線がさらに強まる。悪い意味で。

 だが、数名の生徒にはウケたようだ。

 核爆弾とごくわずかなんだがな。

 「それじゃあ、質問大会を終わります。」と勝手ながらに終わった。

 俺の情報は名前と前科がないことしか知らせることが出来なかった。

 「渡辺君は影山さんの隣の席に座ってくださいね。」

 「は、はい。」

 言われるがままに影山の隣の席に座る。

 たくさんの嫌悪の視線を抜けて・・・・。





 5時間目の保健の授業は俺の加入により自習となった。

 俺は周りの視線から逃げるように寝たふりをする。

 もちろん本当に寝ているわけではないので、周りのひそひそ話は聞こえるわけで・・・・。

 「あいつ、絶対保険の授業どっかで盗み聞きしてたわよ。」

 「たしかに、普通なら5時間目が始まってすぐに来るものね。」

 「そうよ、あいつ授業が始まってちょっと経ってから来たもんね。」というような声が聞こえた。

 そもそもタイミングを見計らったこと自体が失敗だったようだ。

 この失敗はどこかで取り返さなければ・・・・。

 そんなこんなで5時間目の自習が終わる。

 授業が終わった瞬間起きれば、寝たふりをしていることがバレてしまう。

 今度こそしっかりタイミングを見誤らずに起きよう。

 俺がタイミングをうかがっていると隣から「ねぇ、皆聞いて!」と周りに訴えかけるような声が聞こえる。

 俺の隣とは見るまでもなく誰か特定できた。

 先生によって指定された俺の席は窓側の席で、隣は雄大な自然の見える窓と、総帥の娘兼核爆弾保持者の影山である。

 一体どうしたんだろう。

 彼女はあまり目立つのが得意ではなかったはず・・・・。

 「皆、誤解しているようだけど、渡辺君は変態なんかじゃないよ。たしかにあの授業の時に入ってくるのはどうかと思うけど、でもわざとじゃないと思うし・・・・・。それに彼、サッカーすっごい上手いらしいよ。」

 どうやら俺のことを擁護してくれているようだ。

 なんかすごく申し訳ないな。

 何度も言うが影山は目立つのが得意ではないはずだ。

 入学式の司会でも、何とか必死にって感じだったし。

 てか、何でこいつ急に標準語になってるんだ?

 俺と2人で話しているときは関西弁だったのに。

 そういえば司会の時も標準語だったな。

 緊張したら標準語になるんだろうか。

 なんにしろ感謝感激だ。

 後は俺の誤解が解ければいいんだけど・・・・。

 「えっ、あいつサッカー上手いの?」

 「マ、マジ?!」

 「そりゃそうでしょ。この学園に入学してるんだから。」

 またしてもひそひそ話す声が聞こえる。

 だが、影山。ナイスアシストだ。

 このタイミングしかない。

 俺は机に突っ伏した体を起こし、わざとらしく大きなあくびをして、いかにも寝起きな感じで起き上がる。

 「いやー、起きた起きた。んっ?なんか騒がしいな。一体どうしたんだ影山?」

 完璧な演技力。俺から俳優のオーラが溢れ出てるんじゃないか?

 後は影山の返事を待つのみだが。

 「・・・・・・・・・・・・・・。」

 返事がない。どうしたんだろう。

 「な、なぁかげ・・・・」

 「下手くそ過ぎんねん!あほなん!?うちの中村俊〇並の気の利いたスルーパスを決めきられへんなんて!君には決定力が足りへんのとちゃう?」と烈火の如くまくしたてる。

 「つ、つまりは俺の演技が下手だと・・・・?」

 何をバカげたことを言ってるんだ、こいつには人のオーラとかを感じる機能が備わっていないのか。

 「自覚無いん!?怖っ!今の1言、心霊番組のオチより怖いで!」

 「それは言い過ぎだ!あれほどぞくっとするものは無い!」

 俺は強く否定する。お化けよりも怖いものは無い。

 も、もちろん信じてはいないが・・・・。

 「たしかに言い過ぎやわ。ごめんなさい。」

 どうやら影山もそこには共感できるらしい。

 「あんた達、仲いいんだね。影山さんの関西弁なんて初めて聞いたよ。もしかして2人は付き合ってたりして?」と俺たちのコント?のようなやり取りを聞いていた、クラスの1人が冗談交じりに言う。

 俺への警戒心が少しとれたのだろうか。

 それよりなんて返事しよう。

 ふと影山を見ると・・・・真に受けて顔真っ赤にしてるーーー!

 まさか、実は俺のことが好きでそれがバレたと勘違いしてるんじゃ。

 「そ、そんなわけないけん!こんな今日会ったばっかりの奴すきなわけなかろー!わてのこと尻軽やと思とるんか!」とくりくりした大きな目をこれでもかと言わんばかりにカッと開いて、ドラステックに叫ぶ。

 これは照れ隠しでも何でもない。

 本気で否定している、いや、もはやブチ切れている。

 その証拠に、1人称やらいろんな方言やらでひっちゃかめっちゃかになっていた。

 こいつ関西人のくせに冗談が通じないのか。

 またしてもクラスに嫌な空気が流れる。今回は影山のせいだが。

 「か、影山さん?冗談だから。本気にしないで。私たち影山さんの事1度も尻軽なんて思ったことないから。な、みんな?」

 若干引き気味にも、前言撤回と言わんばかりに先ほどのクラスメイトは影山に説明する。

 周りの生徒もそれに応じるかのようにうんうんと首を縦に振った。

 「ほ、ほら。ちょ、風神も、寝てないでうなずいてよ。」と寝ている生徒にも同意を求める。

 その子は名前を呼ばれたのと同時に、体を預けていた机をバンッと両手で叩きその反動を活かすかのように立ち上がった。

 「風神ふうしんってって呼ぶな!・・・・・・・あ。」

 その刹那、俺と目が合う、違うな、目が合ってしまった。

 「・・・・・・・・フ、フウ?」

 


 

 

 

 

 

 

 







 

 

 

 

 

 

 

 

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