第二十三話

『市内の公園の池からバラバラにされた遺体が見つかった事件。昨日、遺体の身元が東舟町に住む横川弘明さんのものだと分かりました。警視庁は池の水をポンプで抜く作業を始め、遺体のまだ見つかっていない部分の捜索をはじめています。横川さんが住んでいたマンションは遺体が見つかった場所から六百メートルほど離れていて――』


 帰りのバスの中、スマホでテレビを見ているとそんなニュースが流れた。


 窓には雨の雫が付き、反射する私の顔は憂いに満ちていた。前向きに考えれば、歩きで帰るのをやめて早々にバスを待ったのがよかった。傘を持ってきていないので、歩いてたら今頃びしょ濡れだっただろう。


 雨が降る前に家に着いた、と先ほど日陰から連絡があった。私を置いて先に帰るなんて珍しいとも思ったが、今日はお母さんの誕生日だったのを思い出す。


 私のカバンにも、お母さんの好きなシュークリームがクーラーボックスと共に入っている。体裁だけでも整えておかないとならない。墓でも掘り起こして人骨でも持ってくれば、お母さんはもっと喜ぶだろうか。・・・・・・皮肉にもならなかった。


『本日は犯罪心理学者の内藤さんにも来ていただいています。内藤さん。今回の事件どう見られますか』


 キャスターが向かいの席に座る髭の濃いやや小太りな男性に尋ねると、その細い目を俯かせたままくぐもった声で話した。


『はい。今回のバラバラ殺人、そしてその犯人ですが。行動範囲から考えると先月もあった高校生バラバラ事件のものと同一人物だと思われます』

『しかし、前回の事件とは区間が違いますよ』

『いえ、そうではなく、電車やバスを使わずに行ける距離ということを言いたかったのです。こういった事件の場合、手がかりとなるのは公共交通機関に設置された防犯カメラです。しかし、今回遺体が発見された公園、それから前回は田んぼでしたかね。一見離れているかのように見えますが、たとえばこの中間に犯人が住んでいたとすると、実際そこまで離れていないんです。割って二にするするだけですからね。ですから、歩いて犯行に及べる。そうなると、手がかりもそれだけ少なくなるんです』

『なるほど。つまり犯人はこの区間に住んでいる可能性が高いと』

『あくまで可能性ですがね。私は刑事ではないので。しかし、心理学者という視点から申し上げますとこの犯人は捜索を遅らせる、もしくはカモフラージュする。そういった目的で遺体をバラバラにしているわけではなさそうですね』


 バスが止まり、人が流れていく。画面に夢中になっていたので、つい背筋を伸ばしてしまう。別に後ろめたいものを見ているわけじゃないのだけど、どうにも周りの目が気になった。


『遺体をバラバラにする理由はおおまかに分けて三通りあります。先ほど言った、捜索を難航させることが目的の場合、これを隠ぺい型と言います。これが一番多いですかね。あとは復讐型。私怨や恨みが原因で、殺害するだけでは飽き足らずに遺体を切断するケース。これは比較的計画的犯行であることが多いです。そして最後は挑戦型。自分の異常性を周りに認知させることが目的だったり、警察や国家機関への宣戦布告だったりします。まだ記憶にも新しい、少年が母親の首を警察署に持っていった事件がありましたね。それはこの挑戦型に該当します』

『では今回の犯人は、隠ぺい型以外の、復讐型か、挑戦型ということになるのでしょうか』

『そういうことになります。今回、被害者の男性はコンビニ店の店長をしていたということもあるので、なにか恨みを買った。そういう可能性もあるのかもしれません』


 キャスターの顔はどんどん曇りを増していく。しかし心理学者の内藤という男性は表情を変えないまま、慣れたように解説を続けた。


『ですが、こういった犯人にはある共通点があるので、捜索もそれほど難しくはないでしょう』

『と、いいますと』

『殺人を犯すような人間は同情、良心、後悔。そういった心的機能を根本的に欠いている情性欠如者であることは間違いないです。しかもそこから、爆発性、抑制性と派生することも多くあります。情勢欠如に爆発性が伴うと凶悪犯罪を引き起こしやすいというデータが統計で出ていますので、我々はこのデータをサンプルに、犯人の心理を紐解きます』

『いろいろあるんですね』


 キャスターの隣に座ったもう一人のゲストが呟いた。しかしその発言はこの場にあまり適してはいない気がした。


『先程述べた二つが合わさったものを背徳症候群と言うんですがね、まあ近頃はめっきりその単語は使わなくなりましたが、色々とね、差別とか、世知辛い世の中なので。ああ、いえそれでですね、そういった心理を探るのに有効なのが、バウムテストです』

『たしか、一枚の紙に木を描かせる。というものでしたっけ』

『よくご存知で。最近では教育機関でも子供の心情を理解するために多く用いられています。傷つきやすい子、他人ばかり見てしまう子、たくさんいますからね。いろいろな子に適した教育をするためにはもってこいのテストなのです』

『木を絵に描くだけでそんなに分かるものなんですか?』

『ええ、切株だけだったり、幹がズタズタに裂けていたり、あまりにも幼稚な絵だったり。それはもう蛆のように出てきますよそういった絵が。たとえば思春期を過ぎた高校生が描くあまりにも幼稚な絵は、感受性の欠如が疑われます。私たちは桜を見て綺麗だと思いますが、その子は世界を世界として見ていない。だから思い起こそうとしても指に乗らないんです。勿論、ただ絵が下手というのとは違いますよ。それは一目見れば一瞬で。それから稀に地中に埋まっている死体に根が絡みついているなんてものもありますね。これはいわゆる挑戦型に近いです。これは単純ですよ。だっておかしいでしょう? 木を描いてと言っているのに地中に死体を描くなんて。これは心象世界の歪みというよりは、矛先の違いでしょうかね。こういう人は、たとえば、お店の中で怒鳴り声をあげてもなにも思わないような人が多いです』


 私はニュースを見ながら自分ならどう描くだろうと想像した。茶色の木を一本書いて・・・・・・多分それで終わりかもしれない。寂しければ、葉っぱも足すかもしれないけど、茶色と緑色しか使わないだろうなと思い、安堵した。


『あとは、そう。犯人の家庭環境や幼少期の体験も、そういった精神、もしくは倫理観の異常に関わってきます。あえて言いますが、これは確定です。小さい頃に親から虐待を受けていた子とか。あとは虫や動物を簡単に殺せてしまう子も感情の欠如、もしくは歪みに繋がります。それから家族が自殺した人なんかも』

『虐待や虫動物の殺害。それはなんとなく、歪んでしまうというのは分かります。ですが、身内が自殺しただけで、そうなるものなんですか?』

『ええ。幼い頃に家族が自殺すると、心が成長する思春期に大きな障害をきたします。カブトムシのサナギを指で突くと、成虫になった時に角が曲がっていたり、羽が飛び出していたりしますよね。あんな感じです。身内が自殺すると、幼少期の心は常に人の死を引きずるようにもなります。それが若年性の鬱に繋がることもあり、自殺してしまいたいと欲求が生まれてきます。つまり、家族が自殺しているとその子供も自殺をする可能性が高い』

『けど、それでは犯罪を犯すということには繋がらないのでは?』

『そこなんですが、実は自殺願望というものは、他殺願望に変わるものなんです。死にたいという欲求や恐怖は、簡単にナイフを持つ。そして誰かを殺害した瞬間、欲求が満たされる。ちなみにこの場合、衝動的犯行が多いので、バラバラ殺人に至る場合は隠ぺい型に移行することが多いです』 

『なるほど。つまり犯人には共通点が多くあるということですが、では、警察側もある程度は犯人のめぼしをつけているということでしょうか』

『そのはずです。それから』


 内藤という男性は火がついたように話を止めなかった。彼の大きくなった声を、マイクが拾う。その圧力と、話題の内容が釣り合ってない気もした。


 私はスマホからイヤホンが外れないように、しっかりと両手で持った。


『頭にね、奇形を持っている人が多い』

『脳にですか』


 キャスターが言うと、内藤はわざと呆れたように肩をすくめて首を振った。


『頭蓋骨ですよ。先天性にしても後天性にしても、一部が欠損していたり、埋没していたりするケースが、凶悪犯罪者には多くみられるんです。見覚えがありませんか? 頭が米粒のような形だったり、額が大きく前に出ていたり。そこまで大きなものでなくとも、後頭部を押してみたらへこむようだったり、そういった小さなものでも性格障害を引き起こすことはあるんです。脳炎の後遺症、もしくは外傷が引き起こすこれを、微細脳気質性格変化症候群と呼ぶのですがね、その場合、情性欠如や爆発性性格が発生する頻度が高いと言われているんです』

『僕もあるかな』


 キャスターが自分の後頭部を触ると、心理学者の内藤がシワの寄った笑顔を見せる。


『なにも全員がそうなるわけじゃないですよ。現在も、脳の障害がどれだけの性格変化に結びつくのかは解明されていないんです。だから最後のは、あくまで推測ということで、地上波ですし』


 内藤はおどけた様子で背にもたれた。


『ただ、虐待や、小動物の殺害。これには注意が必要ですし、もしそういったお子さんがいるのでしたら、早いうちの矯正が必要だとは思います。こういった事件を起こさないためにも。それから、その子のためにも』

『虐待は、よくないですよね』


 バスが見慣れた道を通ったので、降車ボタンを押して動画を閉じた。イヤホンを巻いて、カバンに仕舞う。


 雨の中を走り、前髪を額に張りつけながら外に出ると、いつもより空気が重苦しく感じた。


 冬の雨は、雪のなりそこない。そう考えると、手のひらに落ちるこの雨粒も寂しい存在なのだなと思った。


 家に駆け込んで玄関を開けると、中はシンとしていた。コートをハンガーにかけてリビングを覗くと、お母さんが料理を作っていた。コンソメスープの、香ばしいにおいがした。


 ただいま、と声をかけてカバンのシュークリームを差し出すと、鍋を混ぜる手を止めてお母さんが笑った。


「ありがとう、小春。ご飯が終わったら食べるわね」

「うん。ねえ、日陰は?」


 聞くと、お母さんは変わらず笑顔で言った。


「二階にいると思うわ。もうすぐご飯できるから、日陰に言っておいて」

「わかったよ、お母さん」


 階段を登り、軋む廊下を渡る。私の部屋には、日陰はいなかった。


 自分の部屋にいるのかな?


 そう思ってカバンを置いた後、日陰の部屋の扉をノックした。


「日陰? いる? もうすぐご飯できるって」


 返事がなかったので、断りをいれてから扉を開ける。


「え・・・・・・・・・・・・」


 日陰は、いた。


 いたけど、部屋の真ん中で、うつ伏せになって倒れている。私は驚いて部屋の電気をつけると、一際眩い輝きが目をくらませた。


 日陰の周りには、粉々になった、蒼い。綺麗な宝石が散らばっていた。 

 

 

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