囮作戦

 ウェーブ・ペンタミラーは不死身の人造人間ホムンクルスである。故にどのような物理・魔法的方法であっても、彼を殺害することはできない。彼が死ぬ時というのは、彼の開発者があらかじめ定めた寿が経過した時である。

 白昼――作戦会議。街の呉服屋。壮年の半官――オオヤス・クラノスケによって手配された前線基地。場所。そしてそこで働く者もオオヤスに長年仕えた者たちである。それは現在ウェーブに着付けをしている女中も例外ではない。


「あの、毎度毎度、犯行に使用された魔法が不明な時に僕を実験体にするのは止めてもらえませんか?」


 数人の女中に右を向かされたり左を向かされたり、時には回転させられたりしていたウェーブはこれまでに見せたことのないほど不機嫌な態度でレイに文句を言った。それは彼が方法不明の殺人事件の囮にされるからではない。彼が今施されている着付けや化粧が、完全にだったからである。

 襖を隔てた向こうで、レイが答えた。


「この国ではその昔、とある豪傑が“サムライ”を襲って刀を狩って回るということがあったそうです。ところがその豪傑はある日一人の少年に敗れ、彼の家来になることになりました。豪傑を打ち破った少年はその後、数々の戦場を制した英雄になったそうですよ」

「その話と今の僕の格好は、何か関係があるんですか?」

「英雄になった少年は豪傑を破った時、相手を油断させるために女装をしていたそうです」

「それにあやかるってわけですか。意味あるんですか、それ」

「少なくとも、君を例の殺人人形に見立てることはできます」


 ウェーブ・ペンタミラーの服装――淡い色の花が刺繍された女性向けの和服。袖口に杖とナイフを所持。彼の誕生の経緯も相まって、腕が四本ではなく二本であること以外は殺人人形そのものである。


「今回の密室殺人の犯人は、多数の人間に恨まれている者をターゲットにしていると思われます。例の殺人人形を確保したことはまだ一般には知られていない情報ですから、君があの人形に扮して何人かのサムライを襲えば、相手はきっと食いつくでしょう。襲うのはもちろん打ち合わせ済みの演技ではありますが」

「もし食いつかなったら僕が恥をかくだけなんですけど」

「食いつかなったらそれはそれで、犯人は公共の正義のためではなく個人の恨みを理由に犯行に及んでいるという証明になります。その時は被害者の周辺人物を洗えば自ずと犯人に辿り着けるでしょう」

「しかしまだ昼間ですよ。殺人人形が暴れまわっていたのは深夜じゃないですか。それまでどうします?」

「確保した殺人人形が研究所で解析中です。君はその所見を聞きに行ってください」

「この格好で? 冗談じゃないですよ……」

「私が事件調査で冗談を言ったことがありましたか?」


 レイのはっきりとした物言いに、ウェーブは心底辟易とした。少なくとも彼が知るレイ・ルーン・ペンタミラーという人物は、事件調査に対して冗談を言ったりふざけたりすることはない。被害者を思いやり、その国の調査機関を尊重し、そして絶対に真相に辿り着く人間である。逆に言えば彼女は一度やると決めたことは必ず貫き通す頑固な性格で、それは時に弟子であるウェーブを災難に巻き込むこともあった。

 ウェーブは諦めたように溜め息をつく。


「それで、僕が恥を忍んで所見を聞いている間、師匠は何をするんです?」

「私は御所に行かなくてはなりません。元々私と君がこの国に招かれたのは御所で行われる魔法事件調査に関する勉強会で講義を開くためですからね」

「物好きな王様もいたもんですね。プロファイリングなんてその国ごとにやり方が違うのに」

「その辺りも含めて講義するつもりですが、違う国のプロファイリング技術でもきっと何か役に立つ部分があるはずですよ。それと、この国の“テンノー”は王様というわけではありませんよ。どちらかといえば教皇様でしょうか」


 ウェーブの着替えが終わり、襖が開かれる。

 レイが満足げに鼻で笑った。


「とても似合っていますよ、ウェーブ君」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る