小説ウィルス

乾燥バガス

第1話 小説ウィルス

「ああ、よく来たね。まぁ、ゆっくりしていってくれ」


 私は可能なかぎりの笑顔を振る舞って言った。


「今日はちょっと難しい話をしたいんだ。いや、ちょっとだけだよ。実際難しくは無い筈だ」


 私は意図的に、ちょっと困った様子を浮かべながら言葉を続けた。


「まぁ、私の話に飽きたり、これ以上留まり続ける価値がないと思ったらいつでも席を外してくれたらいいさ。嫌がる君を留めておいたとしても、私の意図から外れてしまうからね」


 私は予め断りを入れておくことを忘れない様にした。


「さて、これから話を聞いてもらう前に、ちょっと小難しい話をしたいと思う。まぁ、小難しいと思っているのは私だけかもしれないのだけれどね。


 いま君の周りではコロナウィルスが蔓延しているだろ? そのウィルスなんだが、どんなものか君は知っているかい?


 まぁご存知の通り私もその道の専門家ではないから、私の理解の範囲でしか説明できないのだけれどね。


 そのウィルスなんだが、生物では無いと言われている。ウィルスとちょっと似ている細菌は、体が膜で仕切られている、エネルギーを使って代謝する、自分の複製をつくる、といった三つの要件を備えている。だから細菌は生物だ。一方、ウィルスは代謝ができない。さらにウィルスは自身で増殖する仕組みを持っていない。宿主、つまり感染した生物の力を借りて増殖するんだ。こう言うことから、ウィルスは自分の複製するための遺伝情報を殻でくるんでいるだけのものであり、生物ではないと言われる」


 私はそう言って話を一旦区切った。


「まだ席を外していないという事は、多少なりとも私の話に興味を持ってもらったと言う事かな?」


 私は、多少の希望を胸に抱きながら話を続ける。


「さて、ちょっと話は変わるが、生命の進化は遺伝情報を複製する際のエラーが起因していると思うのだが君はどう思う? 遺伝情報のコピーミスによって突然変異するって訳さ。その変異が環境に合致すれば、その変異は成功となって生き残り、より多くの子孫を残す。一方、その変異が環境に合致しなければ、その変異は失敗となってそれ以上子孫は増やせない。生命というやつは、その成功したコピーミスを積み重ねることによって進化してきたんだ。


 それはウィルスにも言える。ただウィルスの場合は、繰り返すが、複製の仕組みを自身で持っていないから、一旦宿主の中に入りこんで彼らの複製の仕組みを拝借しなければならない。


 ここまでは良いかな? まだ留まってくれているという事は理解もできているのだと思うのだが、如何だろう?


 さて、ここで本題に入ろうと思う」


 私は君が準備するために十分に間を開けた。


「結論から言おう、小説もウィルスと同じだと思うのだ。


 小説に含まれている文字が遺伝情報さ。それを読者である宿主が脳内に取り入れる。そしてそれに影響された宿主は新たに小説を書きたいと思うかもしれない。もちろんその確率はとても低い。低いが不可能ではない。そうやって小説も増殖することができるのさ。


 読者として読み取って感化された、いやインスパイアされた宿主は筆者として新たな小説を書く。もちろん小説もウィルスと同じ様に進化できるやつも居れば、進化できずに絶滅するやつも居る。


 進化できた小説の中には爆発的に増殖したやつも居るよな? 異世界転生モノとか悪役令嬢モノとかだ。もちろん評価が低い小説は淘汰されるし、大繁殖した小説もいずれは衰退するかも知れない」


 もう君は、私が何者かを薄々感づいているだろう。だから私は次の話を続ける前にもう少し間を開ける。


「私はね、この掌編小説ショートショートそのものなのだよ。いま君の脳に感染している。言ってみればウィルスさ。私の遺伝情報である文字情報は、確かに君の頭の中に入っている筈だ。


 ああ、もちろん、君は私自身をコピーすることは無い。それは重々承知しているよ。なぜならば私は感染力が強い小説ではないからさ。


 じゃあなぜ君を引き留めて、君の中に入り込んだかだって?


 私の姉妹たち、つまり他の小説というウィルスを君が増殖してくれるかも知れないからさ。こんなつまらない私でも最後まで読んでくれたからね。


 私は他の姉妹たちが増殖してくれれば良いと思っているのさ。同じ小説ウィルスとしてね。つまり私の役割は、こんなつまらない私でも小説足り得るという事を君に知ってもらう事だったのさ。そうすれば君は小説を書き記すという敷居が低くなって、頭の中に取り込んだ私たちの姉妹を増殖してくれるかも知れないだろ? もちろんそれが良いコピーミスであることを期待しているんだがね。


 そんな私みたいなつまらない小説でも蔓延しても良いと思うなら評価――、いや、それは無粋だな。


 私の話はこれでお仕舞いさ」


 私はそう話した後、ほんの少しの満足感を得ながら次の読者やどぬしの到来を待つことにした。長い長い休眠期間を覚悟しながら……。





 ――おしまい。




◇ ◇ ◇

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