第21話 ミラーレス一眼とマニュアルレンズ

 コーヒースタンド『ピーベリー』のインスタグラムのサイトを詳しく見ていましたら、その日に出すコーヒーが、産地がどこか・焙煎の度合いがどのくらいか・詳しい味や香りのニュアンスなど、コーヒーについて詳しく書かれていました。これだけを読んでも、素人目線でもとても面白くてタメになる、そんなサイトでした。

 そして目の前で焙煎が終わって金網のザルに出され、下に置いた扇風機と手に持ったヘラで冷やされて混ぜられているコーヒー豆が、良い香りを漂わせていました。


 そんな時におもむろに、奥の店員さんは後ろの棚に置いてあったカメラを持ち出しレンズを取り付けて、くるくるカリカリとダイヤルを操作して「シャコッ」と写真を撮っていました。

「次の投稿のための写真撮影ですか?」

 私の問いに、奥の店員さんが答えます。

「ええ。これは三日後に出すコーヒーのための写真になります。三日後の開店前に投稿して、『本日のコーヒー』として紹介するんですよ」

「ほほー」

 そんな会話が交わされました。

 またインスタグラムに目を落とすと、確かに本格的なカメラで撮っているだけあって、コーヒー豆の美味しそうな焦げ茶色が鮮やかですし、お店で出す紙コップを手前に置いて街並みをボカして写していたりと、とても表現豊かな写真ばかりでした。

 それでもフォロワー数が500ちょっとしかいないのは、インスタグラムの特性上、仕方ない事なのかも知れません。


 ここでちょっとした違和感を感じました。

 写っているのは、コーヒー豆や店前での接客の様子、イケメン店員さんの石原さんが店前でポーズを取る写真。そういったものばかり。

 もうひとりのキーパーソン、奥の店員さんの写真が一枚も無いのです。いくらなんでもこれはおかしいと思いました。

「インスタグラムを見て思ったのですが……。店員さんの写真が無いですよね? 代わりに誰かに撮ってもらう事ができないんですか?」

 私の質問に、奥の店員さんは手を止めて少し思案して、言葉を紡いで行きます。

「うーん……。ちょっと特殊な事情があって……。ちょっと、このカメラを見てもらえますか?」

 焙煎はひとまず落ち着いたので、手を止めて、奥の店員さんがカメラを手にしてこちらに歩み寄ってきました。そして私と店員さんの間の境界線、カウンターの上にカメラを「ゴトリ」と置きました。

 そのカメラは素人目で見ても操作が難しそうで、いくつものボタンやダイヤルが配置され、背面の液晶画面には数字やアイコンが表示されていました。

「試しに、それで写真を撮ってみませんか?」

「えっ……?」

 カメラ自体が重そうなのと、操作が全くわからないのとで、手に取るのがものすごく躊躇われる感じがしました。そうして手が出せない時間が3秒もあったでしょうか。空白の時間の後に奥の店員さんが解説を追加してくれました。

「難しそうですから、普通はこんな感じで引いちゃいますよね。しかもこれ、全部の調整がマニュアルに設定してあるんです。カメラに詳しい人ならともかく、パッと見で使える人なんていませんよ」

 ちょっと苦笑しながら語る奥の店員さん。そういう事情があったんですね。これは素人では手に余るものです。

「ピントを合わせるのも、写真を明るくする調整をするのも、全部手動なんです。なので、誰もこれで撮ろうとはしてくれません。でも、これでないと納得の行くいい写真が撮れないのも、また本当の事です」

 つまりインスタグラムでお客に見てもらうためには、より高画質の写真を掲載させる必要があるようです。そうすると必然的に、カメラにもこだわる必要が出てくる。いいカメラを使おうと思えば、専門的な知識と操作が必要になってくる。そう店員さんは言いたいようです。

「じゃあ、店員さんが撮られる側に立つ時が無い、って事ですよね?」

「そうなりますね」

 私の質問に、奥の店員さんが返答してくれます。「仕方ない」という表情をしていますが、裏方にばかり徹しているのは、なんだかそれはそれでもったいないと思ってしまうのは、私だけなのでしょうか。


 無機質で艶消しの黒で塗装されたカメラが、何も語る事は無くその場に置かれていましたが、しかし雄弁に「良い写真を撮りたい」という思いを物語っていました。

 インスタグラムひとつ取ってみても、そこには確かなこだわりが存在していたのです。

 

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