第19話 ナンパの謝罪と焙煎見学

 そんな味見をさせてくれた奥の店員さん、おもむろに手を止めて頭を下げてきます。

「先日は、ウチの石原が失礼な事をしました。代わって謝罪します。本当にすいませんでした」

 やおらそんな言葉が出るものですから、私も戸惑ってしまって、しどろもどろになって返答してしまいました。

「え。いや、あの。それは確かに。でも」

 それ以上の言葉を紡がせてもらえず、さえぎるように奥の店員さんが、かなり辛辣な言葉を並べてきました。

「石原のやってる事はセクシャルハラスメント以外の何物でもありません。アイツには二度とふざけた態度を取らないよう、言って聞かせます。それでも許せないとおっしゃるなら、この店に来て下さる必要はありません。その資格はこの店には無いでしょう」

 おそらく奥の店員さんも、それ相応の覚悟で発言をしています。私は言葉を出せず、奥の店員さんの言葉を聞く事しかできませんでした。

「ただ、それでも贅沢を言わせて下さるなら……。どこかで美味しいコーヒーを飲む機会を、ここでなくてもいいので作って下さい」


 奥の店員さんの言葉が並べ終わり、ほんの少しの空白の時間が流れました。

 私は意を決して、ある言葉を投げかけてみました。

「もしお邪魔でなければ……、この焙煎の時間に覗きに来てもいいですか?」

 別段コーヒーをタダで飲ませてもらうつもりはありません。ただ、コーヒーに真摯に向き合う店員さんの姿勢に、とても好感が持てたからの提案でした。

 奥の店員さんは「えっ?」とあっけに取られた顔を一瞬しましたが、気分を切り替え顔をブルッと降って元に戻し、私にこう言葉を返してくれました。

「こんな、何もない時間ですが、それでも良いと言うなら、見ていって下さい。ありがとうございます」

 また深々と、彼は頭を下げてくれた。

「もう、いいですよ」

 私は優しくささやいて言葉を投げ返し、その日は奥の店員さんの道具の片付けまで見学して、終了となりました。その頃には、すでに日付が変わってしまっていました。



────────



 それからの平日のルーティンは、驚くほどに変わってしまいました。

 仕事は定時で上がるようにバリバリこなして片付け、一旦自宅アパートに戻ったらシャワーを浴びて着替え、髪をまとめて少しだけの薄化粧をして、また戻る。そしてコーヒースタンド『ピーベリー』に訪問して、焙煎の風景を眺める。そんな1日を過ごすようになりました。

 コーヒーを焙煎している時は、奥の店員さんはあまり口を開かず、黙々と作業をこなしていました。その沈黙の時間がとても新鮮で心地よく、焙煎したコーヒー豆の香りとも相まって、まさに至福のひとときとなっていました。焙煎は毎日やっているようで、その時その時で微妙に香りが違う事も、通ってみてわかった事でした。


 そのうちに1人2人と、焙煎作業に興味を持って覗いてくる人たちが出てきて、その人たちとのおしゃべりも楽しみのひとつになっていました。香りの感想を交わしたり、たまに味見で出してくれるコーヒーの味の意見交換だったり、優雅でとても知的なひとときになってくれていました。


「酸味はベリー系、香りはナッツ系。今回の仕入れた豆は良品だね?」

 ある人が感想を言うと、

「私は酸味はもっと少なくていいな。その方が私の好み」

と、別な人が答えます。


 コーヒーについて語らうなんて、とても素敵なひとときです。

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