第17話 手回し焙煎とチャフ

 テーブルの上に出てきた器具、それはかなり原始的な道具でした。

 金網で作られた円筒形の物体を、横にして軸とハンドルがくっついた、そんな器具でした。それを軸受けの凹みがついた金属の台座の上に乗せ、下にはカセットコンロが置かれていました。ハンドルを回すとドラム式洗濯機のように円筒形の金網が回る、そんな仕組みのようです。

「これにコーヒーの生豆なままめを入れて、火にかけて焙煎するんです。いわゆる『直火焙煎』というものです」

 そう語りながら、ハンドルをクルクル回して外すと、円筒形の金網の側面も一緒に外れ、円形の窓が開きました。そこから先程ピッキングしたコーヒー豆を入れ、焙煎の準備が完了のようでした。そのままカセットコンロの上の台座に「カチャン」と置き、後は火をつけるだけです。

「ああ、忘れてた。これも必要なんだ」

 さらに道具を取り出してきました。それは金属製のザルと、小型の扇風機でした。それは何に使うのか、ちょっと今はわからなかったです。


 いよいよコーヒー豆の焙煎が始まるようです。奥の店員さんは革の作業手袋をはめて、カセットコンロのツマミを回します。


ばちん。ボッ。


 カセットコンロに強火で火がついた所で、ツマミを弱の所まで回して火力を小指の爪くらいの大きさの弱火にセットします。それからすぐにハンドルを一定の速度で回して、中に入っているコーヒー豆をかき混ぜながら焙煎をして行きます。


キイ……キイ……

ジャカッジャカッジャカッ


 金属どうしがこすれる音が定期的にして、さらにそれに重なるように、コーヒー豆がドラム式の金網の中で混ぜられて行く軽快な音が響きます。ドラム式の金網の中には四枚の『はね』が入っていて、それがコーヒー豆を混ぜるのに役立っているようでした。カセットコンロの火は金網のドラムには触れない程度で、『遠火の弱火』といった感じでしょうか。じっくりと火を通して焼いて行きます。


 しばらくすると、「はらり、はらり」と砕いた葉っぱの欠片のようなものが、カセットコンロの五徳ごとくの周辺に落ちて散らばってきました。何かのゴミか不純物でしょうか?

「今、五徳ごとくの周りに何か散らばっているものがありますよね。これは『チャフ』と言って、コーヒー生豆なままめの表面を覆っている薄皮なんです。焙煎の段階で、それが焼けて剥がれて落ちてきているんです」

 言葉に出していないのに、心を見透かしたように私の疑問にサラッと答えてくれる、奥の店員さん。お話をしながらもハンドルを回す手を休めず、火加減を調整したりドラムを回す速度を微妙に早くしたり遅くしたり、集中しているのに手際が良いです。


 ある程度その『チャフ』が出てくるのが収まって、いよいよコーヒー豆がコーヒー豆らしい焦げ茶色の色合いに近づいてきた時でした。


パチッ パチッパチッ パチパチッ


 ドラムの中のコーヒー豆から、弾ける乾いた音がしてきました。それも徐々に大きく、連続的に。ほんの少しの煙と、コーヒーらしい焙煎の香りが漂ってきました。

「このパチパチとコーヒー豆が鳴るのが、『ハゼ』というものです。生豆なままめは水分を含んでますので、それが加熱で膨張して破裂しているんです。『ハゼ』は2回起こりますから、そのハゼのタイミングや豆の色合いで、焙煎の終わりを決めるんです」

 まるで優しく指導をしてくれる学校の先生のような語り口と説明の簡潔さで、素人の私でもすぐに理解ができました。これがコーヒーの焙煎で、こうやって手間をかけている事がわかりました。


 そのうちに「パチッパチッ」という音が収まりました。それでも焙煎は止まらず、ハンドルを回す手は止まりません。まだこれ以上に火にかけるのでしょうか。ちょっと焦げないか心配です。

 そのすぐ後に、今度は「ピチッ、ピチッ」と、1回目の弾ける音とは質の違う音が、コーヒー豆からしてきました。おそらくこれが『ハゼの2回目』なんだと思いました。その音が5〜6回ほどした所でしょうか、急に奥の店員さんが動き出し、コーヒー豆の入ったドラムを革手袋をした手で持ち上げ、焙煎していたコーヒー豆を金属製のザルに「ザラザラー」とあけ、ザルの下に扇風機を置いてスイッチを入れ、風を下から送りながら焙煎していたコーヒー豆をヘラで撹拌して、冷ましていました。

「後はこれ以上に熱が入らないように、冷却して終わりです」


 焙煎したコーヒー豆を混ぜながら冷ましている姿を見て、ここまで集中して付きっきりで管理しなければならないのは、かなり大変なんだと理解しました。だからあんなに美味しいコーヒーになるんですね。

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