第16話 ピッキング

「『ピッキング』……ですか?」

 私の頭の中では、鍵穴に細い針金を差し込んでロックを解除する、そんな場景が浮かんできました。

「コーヒーの豆の中には、欠けたりカビが生えていたり、小石みたいな邪魔者が入っていたりします。それらを点検してピックアップする。それが『ピッキング』です」

 それを否定するかのように、奥の店員さんが詳しい解説をしてくれました。何か想像とかなりかけ離れた仕事をしていたので、ちょっと驚きです。

「ちょっと待ってて下さい。いい例がありますから」

 コーヒー豆であろう小さな粒を豆皿に置き、3歩ほど歩いて、外とお店の中の境界線、カウンターテーブルの上にそれを置きました。また3歩戻って奥のテーブルの向こう側に戻ったのを確認してから、私はその豆皿に乗せられた二粒のコーヒー豆に目を向けました。


 二粒あるコーヒー豆のうち一粒は、明らかに一部分が欠けていて、一目で「これはダメなものね」というのがわかりました。しかしもう一粒のコーヒー豆は欠けたりしておらず、一見すると普通に使えるもののように見えました。

「ああ。1個は裏返してみるとわかりますよ」

 裏返す? 何のことかわからず、とりあえず言う通りに普通のコーヒー豆に見える方を裏返してみました。すると、服のボタンに開けられた穴くらいの小さな穴が、ぽっかりと開いているのがわかりました。

「それ、『虫食い豆』です。中の虫は、乾燥の時点で出ていってしまってますから、大丈夫ですよ」

 私のことを心配してくれてか、そんな声をかけてくれます。

「これ、全部を手作業で弾いているんですか?」

 私の質問に、真摯に答えてくれる奥の店員さんです。

「ええ。コーヒーの味に関わる、重要な工程ですから」

 作業をしているテーブルに目をやると、上から吊るされたペンダントライトだけでは光量が足りないのでしょう、勉強机などに据え付けてあるスタンドライトが、煌々と光を放っていました。その光で選別作業がしやすいよう、白い四角の大きなお皿の上に、かなりの量のコーヒー豆が広げられていました。まだ選別は終わっていないのでしょう、半分のコーヒー豆が、片側に寄せらていました。

「じゃ、もうちょっとでピッキングは終わりますから、続けますね」


 そこから、無言の空気が流れました。

チャリッチャリッ……チャッチャッ……

 リズムよくコーヒー豆を左から右へ弾いていき、その中にある不良品のコーヒー豆を取り出しては、別の豆皿に移して行きます。手際良く選別して、結構な量のあったコーヒー豆は右側に寄せられ、すべて『ピッキング』という工程を過ぎたようです。


「さて。これから焙煎します。ちょっと煙が出ますが、危険は無いので大丈夫ですよ」

「えっ? まだここから仕事をするんですか?」

 驚きと共に私の声が投げかけられます。そして奥の店員さんはテキパキと道具を片付け、新たな別の道具がテーブルの上に出てきます。

「その豆皿の上のコーヒー豆、まだ焙煎をしていない『生豆なままめ』なんです。そのままでは飲めませんからね」

 もう一度カウンターテーブルの上の豆皿に目をやると、確かにそこにあるコーヒー豆はいつもの焦げ茶色ではなく、少し緑がかった灰色をしていました。これに火をかけて焼くようなのです。


 選別に使っていた白い皿とスタンドライトを片付け、カセットコンロと、見た事の無い器具が出てきました。

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