第9話 取り分ける配慮

 そこからは、おしゃべりの弾幕が厚く交わされます。イケメン店員さんを中心に、コーヒーの事やお店の営業までの準備、はては店員さんの私生活まで。それこそ根掘り葉掘りおしゃべりしまくるのですよ。

 そこでようやく、イケメン店員さんの事が聞けました。名前は『石原いしはら 涼介りょうすけ』さん。私でも知っているような有名私立大学を卒業してすぐ、コーヒーのお店を経営しようと思い立ち、現在のあの場所でコーヒースタンド『ピーベリー』を開業したんだそうです。

 つまり私よりも4〜5歳くらい年下、という事なんでしょうか。そんな年齢でお店を経営するなんて、やっぱりすごい人はいるものなんですね。


「やっぱりね、コーヒーっていう文化がしっかり根付いた日本で、サス……ティナビリティ……だっけ? そういうのを目指して、生産者と消費者をつなげる努力をするべきなんだよ」

 熱く語る石原さん。熱く語っている割には、なんだかちょっとおぼつかない言葉使いで、本当にわかっているのか不安になる解説です。奥の店員さんに、視線で確認を取りつつコーヒーの事を語るので、かなり微妙な印象です。


 そんな熱く語る人たちとは関係なく、注文した料理が運ばれてきます。

「お待たせしましたー。シーザーサラダでーす」

 まずは、レタスやトマトなどの野菜に乳白色のドレッシングがかかった、サラダが二皿運ばれてきました。

 すぐに奥の店員さんが受け取り、テーブルの上に置いてくれます。

「すいません、取り皿はこちらです」

 取り分ける用の小さい豆皿が8枚、遅れて持ち込まれました。奥の店員さんがやはりそれを受け取って、熱く語っている人たちの前にそれぞれ置いてくれます。

「いや、それでね!」

 石原さんが大きな声でさらに熱く語るのに合わせて、私はビールを飲みながらそちらに視線を向けて、でもお話はある程度聞き流して、会話に参加しているのかいないのか微妙な所でお話を聞いていました。


 そんな中、私の前のテーブルの所に「コトリ」と何かが置かれる音がしました。すぐに視線を落とすと、目の前には先程持ち込まれたシーザーサラダが、豆皿に取り分けられ置かれていたのです。

 他の人の前のテーブルも見ると、すでに取り分けられたシーザーサラダが置かれた後でした。誰もが会話に夢中になっているので、サラダが取り分けられて置かれている事に気がついていません。

 いつの間に? 誰が?

 そんな疑問が浮かんだ直後には、取り分けてからになった大皿が、個室の通路側の端に2枚重ねて置かれていました。

 私はなんだか、瞬間移動でも見せられたみたいになってしまい、頭の上にハテナマークがいっぱい浮かんで漂っている状態でした。


「あ。ありがとうございます。こちら、お下げしますね」

 通路側に出してあった大皿を目に止めた居酒屋の店員さんが、すぐに回収してくれてます。その店員さんとすれ違う形で、今度は別の店員さんが串焼き盛り合わせを持ってきてくれます。

「串焼き盛り合わせでーす」

 やはり奥の店員さんが受け取ると、二皿の串焼き盛り合わせを奥と手前、それぞれのテーブルに置いてくれます。そしてそこから驚きの行動をするのです。なんと奥の店員さん、箸の持ち手側の後端で、肉を押し出しながら串をグルグルと回して、肉を串から外してばらしているのです。外した串は、まとめて自分の豆皿の上に置き、何事もなかったかのように烏龍茶をチビリと飲んでいました。


 ここでようやくわかったのです。ピーベリーの奥の店員さんは、お店での営業スタイルそのままに、この居酒屋でも私たちをお客さんとして扱っていたのです。みんなの注文を取っていたのも、サラダを取り分けたのも、串焼きの肉をばらしたのも、すべてはこの人が配慮してやってくれていたのです。

 そんな事とはつゆ知らず、お話が盛り上がっているみんな。そんな状況を目の当たりにして、私は会話に入る事ができませんでした。なんだかピーベリーの奥の店員さんに悪い気がしてしまって、ビールを飲むのが申し訳なくなってしまいました。それでも取り分けてもらったサラダは、ちゃんと頂く事にしました。


「いただきます」

 そう会釈して食べたサラダは、なんとも言いようの無い味でした。

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