第8話 居酒屋の注文取り

 夜のとばりが降りきる、ほんのちょっと前の時間。いわゆる『マジックアワー』と言われる時間帯。

 居酒屋が入っている雑居ビルの前には、これから飲み会を始めようと集まっている人たち、すでに出来上がっていてフラフラになっている人、その人を支えるために肩を貸している人、送別会なんでしょうか涙ぐんでいる人たち。それぞれが悲喜こもごもとしていました。

 そんな中で私たちは、雑居ビルの1階に入り、奥にあるエレベーターホールで上の階に行く待機をしていました。すでに上の階に行くボタンは押されていて、上の矢印のボタンが暖色系の色に変わっていました。


 「ガコン」というにぶい音がしてから一拍の間を開けて、エレベーターのドアが横にスライドして私たちを受け入れてくれます。私たち全員7人が乗ると、かなりきつい『朝の満員電車の車内』のような状態でした。そのまま肩が触れ合う距離でエレベーターのドアが閉まり、私たちを上の階へと運んでくれます。

 何階でしょうか。目的の階に止まると、やはり「ガコン」というにぶい音がしてから一拍の間を開けて、エレベーターのドアが開きます。すぐにエレベーターから降りると、そこは目的の居酒屋のレジ前になっていまして、先行していた奥の店員さんが、すでに待っていました。

「その五番の個室に入って」

 奥の店員さんの指の方を見ると、五番と書かれた札のかかった部屋が右奥にありました。私たちはレジ前で靴を脱いで左側にある下駄箱に靴を入れ、鍵代わりの木札を抜いて手に持ち、その五番の個室に入りました。

 個室は思っていたよりも広く、掘りごたつ席でテーブルの下に足を入れる空間があり、長机が2つの8人席になっていました。最初にイケメン店員さん、続いて他の参加者の女性陣、最後から二番目に私、最後は奥の店員さんの順に入ります。その順番で入るのですから、私と奥の店員さんは、一番手前の通路側になります。


 という事で全員8人が着席したので、まずは飲み物の注文からです。奥の店員さんがタッチパネルを操作し、注文を受け付けます。

「まずはビールの人」

 そううながされ、まあまずはビールでしょという事で、7人が手を上げます。

「……ビール7、烏龍茶1、と。食べ物はメニューを見ながらで注文して」

「じゃあシーザーサラダ」

「シーザーサラダ2……と。ひとまず以上かな」

「串焼き盛り合わせもー」

「串焼き盛り合わせが2、と」

 奥の店員さん、コーヒースタンドにいる時みたいに、手際よく注文をさばいて切り盛りしてくれてます。こういう所は接客業をやっているだけはあると、感心してしまいます。


「じゃ、今日は集まってくれてありがとう」

 注文がひとまず出揃った所で、イケメン店員さんが、飲み物がここに運ばれてくるまでの場つなぎという事で、挨拶の言葉を述べてくれています。なんだか学校の校長先生の挨拶みたいです。

「ほんと、いつもうちのコーヒーを買ってくれて、感謝感謝だよ。そのお礼も兼ねて、飲んでおしゃべりしていってね。ちょっと多めにこちらから出すからさ」

 そんな一言に反応して、奥の店員さんが聞いてないとばかりに、イケメン店員さんの挨拶に口を差し挟みます。

「おい、ちょっと」

「いいじゃないか。どうせ店の金だろ?」


 そんなちょっとしたいざこざはあったものの、すぐに飲み物が運ばれてきて、全員にグラスが行き渡って行きます。そしてそのままの流れで、イケメン店員さんが乾杯の音頭を取ります。

「じゃあ、俺たちの出会いを祝して。かんぱーい」

「「「かんぱーい」」」

 奥の店員さんだけは、グラスを上げませんでした。


 イケメン店員さんはゴクゴクと喉を鳴らして、ビールを胃の中に流し込んで行きます。一気に飲み干すと、「ぷはぁ」と上機嫌なため息を漏らします。

「いやー。最っ高だね、仕事終わりの一杯は」

 そんな訳ですぐに二杯目を注文。奥の店員さんがタッチパネルですぐに入力して注文してくれます。そんな私は、「ゴクリ」と一口だけ。そこまで一気に飲めるほど、お酒に強い訳ではないですから。周りのペースも見つつ、ゆっくりと。


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