第4話 ドリップコーヒーと缶コーヒーの差

 その後のコーヒーの香りや味わいの余韻は続き、私はその一杯のコーヒーで、コーヒースタンド『ピーベリー』のとりこになってしまいました。会社のお昼ご飯を買いにコンビニに行った帰りに、必ずあそこに立ち寄ってコーヒーを買うようになって、4日も連続で足繁あししげく通うようになりました。

 そしてここ最近、遠藤さんとお話するもっぱらの話題は、その六丁目の角のコーヒースタンド、『ピーベリー』についてです。


「ここのコーヒー、美味しいですよね」

 私が話題を振ると、遠藤さんはすかさず返答してくれます。

「ホーント。コンビニのコーヒーが飲めなくなっちゃうわ」

 まったくもってその通りです。ここ最近のコンビニコーヒーが良いものに変わって質が良くなったとはいえ、挽きたて淹れたて、手間暇かけたコーヒーにはかなう訳がありません。

「確か、三日か四日くらいで別なコーヒーに変えてるそうだから、その時その時で香りや苦味が違うのよ」

 遠藤さんがちょっとした豆知識を披露してくれます。

「へぇー。そうなんですか。新鮮なコーヒーって事ですね」

 『たかがコーヒー。されどコーヒー。』といった所です。そういう細かい気配りができるからこその、あの味わいなのでしょう。

「あそこ、ちょっとしたフードも扱ってくれれば、もっといいのにね。そうしたら、リピート確実だわ」

 おそらく誰もが遠藤さんの提案に納得してくれるでしょう。つまめるフード、例えばサンドイッチとかを置いてくれれば、もっとリピーターが増えることでしょう。

 私はお昼ご飯のカスクートを頬張りながら、深くゆっくりうなずきました。




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 その日は思っていた以上に書類の入力と整理に手間取りまして、いつもよりも2時間ほど残業してひとりで遅くまで事務所に残っていました。最後に退出する人はドアを施錠して帰る事になっていますので、手元には普段は持たない事務所の扉の鍵が置いてあります。どこかのお土産屋さんで買ったのでしょうか、金メッキされた紅葉もみじの形のキーホルダーがくくりつけられていました。

 ほとんどの仕事が片付いた所で、ちょっと喉が乾いている自分がいました。そこで廊下の隅にある自動販売機で飲み物を買って飲んで、最後の仕上げをしようと考えた訳です。

 いざ事務所を出て自動販売機の前まで行ってみると、甘いジュースやスポーツドリンク、ミルク入りの缶コーヒーなど、普段目にしてはいますがあまり興味をそそられない、そんな普通のラインナップの自動販売機でした。

 なんだか味気ないと思いつつも、喉の乾きの衝動には逆らえないので、砂糖もミルクも入っていないブラックの缶コーヒーを飲む事にしました。

 硬貨を入れてボタンを押すと、「カッコン」と軽い音がして缶コーヒーが出てきました。味気ない黒の外装の、いたって普通のブラック缶コーヒーです。

 「カポリ」とプルタブを開け、冷たい缶の縁に唇をあてがい、傾けて少しだけ口の中に含みます。

「んんんー。変な酸っぱさがあるし舌がねばつくし、苦味もイヤなトゲがある感じがするわ。こんな味じゃ、缶コーヒーが飲めなくなっちゃうのはわかるわ」

 自動販売機の前でひとりごちります。

 せっかく買った缶コーヒーですが、コーヒースタンドのコーヒーとは比べるべくもなく、味の差は歴然でした。

 一度美味しいモノを知ってしまったらもう後には戻れない。誰かが言っていたそんなセリフが、頭の中でリフレインしていました。

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