第3話 深炒りコーヒー

「深炒りコーヒー、上がったよ」

 奥の店員さんからの呼びかけに、前のカウンターで切り盛りするイケメン店員さんが振り返って反応します。

 コーヒーが入っているであろう紙コップがイケメン店員さんに渡され、一旦カウンターに置いてから飲み口のついたプラスチック製のフタをはめ込んで、私たちに渡してくれます。

「おまちどうさま。深炒りコーヒーふたつです」

「ありがとうございますぅ♪」

 遠藤さんは、いちいちイケメン店員さんの動作に反応して声を上げます。ちょっとうざいかも……。イケメン店員さんは紙コップの底の方を持って私たちに渡して、受け取った私たちはカウンターから横にずれて次のお客さんを通します。次のお客さんも会社員風の服装をしたふたり組の女性でした。イケメン店員さんが手早く注文を受けると、奥に声をかけます。

「で、次は中炒りを二つな」

「りょーかい」

 お店の中では、なんだか息の合ったコンビのようなやり取りがされていて、仲の良さが伝わってきました。お客さんの対応をイケメン店員さんがしている間に、奥の店員さんがコーヒーを挽いてドリップをしている。いいコンビネーションです。


 私たちはコーヒースタンドの前から少しずれて、早速受け取ったコーヒーを味わってみました。

「ふわぁぁあ。いい香りですね」

 思わず私は声を上げてしまいました。普通のチェーン展開している喫茶店のコーヒーとは、比べ物にならないくらい良い焙煎香がして、飲む前から普通じゃないと素人でもわかりました。

「ありがとう。ゆっくり飲んでね」

 その声を聞きつけたのか、カウンターから身を乗り出して、イケメン店員さんが声をかけてくれました。

「あっ、は、はい」

 ちょっと声が上ずってしまった返事をしてしまって、自分で自分が恥ずかしい空気になってしまいました。ちょっと深呼吸をしてから気を取り直して、一口「ずずっ」とコーヒーを含み飲み込みます。酸味は全く無く、雑味の無いクリアな苦味だけが口の中を通り過ぎ、後味にはほのかな余韻が残る、素晴らしいコーヒーです。今まで飲んだどのコーヒーよりも、美味しかったです。


 その後会社に戻って、お昼ご飯のサンドイッチを食べながらコーヒーを飲み、かなり至福なお昼休憩になりました。ハムのサンドイッチのマスタード味とコーヒーの苦味が合うのです。で、遠藤さんはと言うと例の店員さんのお話ばかりです。

「ねぇ、松本さん。店員さん、イケメンだったでしょ?」

 私に同意を求めてきます。私はそんな事は気にしておらず、気のない返答を言葉にしてしまいます。

「ん? そうですか? あんまり気にしなかったなぁ」

 その言葉を聞いた遠藤さん、ちょっとムキになったのか、ちょっとだけ声を荒らげて私に注意してきます。

「んもぅ! そんなんじゃダメよー! もっと積極的に迫らないと、いい男を逃しちゃうわよ」

「あああ。わかりましたわかりました。はぁ……」

 そもそもここには仕事で来ているのに、余計な面倒事を起こすのは本意ではないのですが。そんな事を考えつつ、午後の仕事の段取りを頭の中で組んでいる、そんなお昼休憩でした。


 お昼休憩が終わって仕事に戻った後でも、口の中にコーヒーの余韻がうっすらと残る、とても心地いい幸福感でした。またあそこのお店に行きたい、そう思えてしまうのです。これは病みつきになりますね。

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