第2話 『最小都市』ヒルグリフ
大きくそびえる門を抜けると、そこは一直線に舗装された石畳の大通りだった。
レンガ造りの建物や通りすがりの客を相手に声を張り上げる商人の出店が通りへ沿うようにして並んでおり、真ん中の専用道路を走る馬車の数も決して少なくない。
そんな活気に満ちたこの街の名は――ヒルグリフ。
ある機関によって指定された八大都市が一つにして人々からはその規模の小ささから『最小都市』とも揶揄されるヒルグリフは、けれども、
その活気はまさに他の都市とも比肩できる程の様相を呈していた。
「ほへぇ、結構人が多いんだなぁ」
ある晴れた昼下がりの雑踏をのらりくらりと躱しながら歩いていたオウルは、あちらこちらと目線を忙しなく動かしてから感嘆の声を上げた。
建物の外見は小綺麗にしてあるし、それなりに配慮はされているのか、出店があっても道幅が狭いとは然程も感じない。
そのように物思いにふけりつつ歩き続けること約十数分。
人々の往来が徐々に激しくなってきたのを感じ取ったオウルは、その先にあるモノを見てゆっくりと目を開いた。
「わぉ。これ、広場か!」
門を抜けた先の大通り。
その果てにあったのは、一目見ただけでは想像もつかないくらいには大きい街の広場だった。
「俺も少し休むか」
中心に据えられた噴水からは水が
そんなのどかで、涼し気で、穏やかな雰囲気が知らず知らずのうちに抱いていた心の壁を開いていたらしい。
オウル自身も周囲を見回し、手頃なベンチを見つけるとそこへどっさりと腰を下ろしたのがそのことの証左だった。
「はぁー、疲れた。やっぱ馬車に乗ってるとどうしても腰が痛くなるなぁ」
大きな息と軽い愚痴とを吐き出して、空を見上げる。
蒼い空へ広がる白い雲や真上から照らし付ける太陽の光が暖かくて眩しい。
(……そういえば、こういう風にゆっくりしたのは久しぶりだな)
人々の喧騒へ耳を傾けつつ、ゆっくりと浅葱色の瞳を閉じる。
(少しだったらこの街に住み込むのもアリだな……)
この形容し難い優しい空気は、どことなく居心地が良い。
結局、顔を仰向けにしたまま、意識を遠くなるのに任せたオウルが再び目を覚ましたのは、それから三十分も後のことだった。
☆☆☆
この世界には、『魔法』と呼ばれるモノがある。
ある者はそれを『奇跡の力』だ、と呼び。
またある者はそれを『神秘の結晶』だ、と定義付けた。
そんな所以も発祥も未だ判明していない摩訶不思議な存在である『魔法』だが、それが存在している以上、その力を生業とする人間もいる。
その人間、所詮、『魔法使い』と呼ばれる彼らのために、都市と言われる街にはある支援機関が設立されていた。
それは――『ギルド』だ。
魔法使いに対する依頼の斡旋や活動の支援。
無論、依頼をするために一般人の出入りもあるし、活動支援のために商人さえも出入する。
そういったことから、昼夜を問わず足を運ぶ大勢の人々によって、そこは街以上の暑苦しい熱気に包まれていた。
そしてそれは、街の広場へ隣接するようにして建設されたヒルグリフのギルドも例外ではなかった。
「んー、なんか丁度良いような依頼はないか?」
やかましいやら
人たちの騒々しい声を遠くに聞きながら、オウルは出入り口からすぐ右の壁に掛けられていた木製のボードを近くに置いてあった椅子へ座りつつ、食い入るかの如く見つめていた。
木製のボードには色とりどりの紙が貼りつけられているが、右肩や左肩が下がっていたり、他の紙との間隔がバラバラになっているその様からは、全て手作業でやっているであろう職員の努力がありありと伝わってくる。
「おっ、報酬良い奴出てんじゃん。……って、Cランク指定かよ」
半ばまで伸ばした手をすぐさま引っ込め、口から大きなため息が零れる。
がっくりと肩を落としたオウルはポケットから一枚のカードを取り出すと、それを真っ直ぐに見える位置まで持ち上げた。
(んーむ、そろそろDランクでの活動はキツイ……か?)
ギルドには幾つもの規定が定められている。
その内の一つに、『個人で活動している場合、受けられる依頼の難易度は同じランク、またはそれ以下のランクまで』というものがある。
以前はそこまで思うことのなかった規定だ。
しかし、時を経るにつれて段々と自身の活動に限界の兆しが見え隠れし始めたのを、オウルは朧気ながら感じ取っていた。
「しっかし、クランに入るのもなぁ……」
背もたれに腕を乗せ、憂鬱そうなため息を一つ。
(今日ぐらいは野宿で我慢すっかな……あ、いや、飯代くらいは稼がないと夕飯が……)
課題が山積みだ。
やるせない気持ちになり、何やら錘を付けられたかのように体が重い。
そうやってオウルが黄昏ている――その時だった。
「あんだと、テメェ!」
「……んお?」
突如聞こえてきたのは、怒気に溢れた大声と叩かれたテーブルの硬くて鈍い悲鳴。
一瞬、それが自分に向けて掛けられたのかと思ったオウルは後ろを振り向いた。
端的に言ってビビったのである。
だが、その怒声が自身に対するものではないことをすぐさま理解した。
(なんだ、あっちの方か。良かったー)
視線の先には、多種多様な人々がたむろするギルドの軽食コーナー。
声の主はそこにいた体の大きい筋肉質な男だった。
恐らく酔っているのだろう。
顔を赤く沸騰させた男は怒りの目を浮かべながら肩で荒く息をしていた。
(うわー、昼間っから飲んじゃってるよ。金持ちか何かかな?)
昼間から酒類に手を出せる男たちの裕福さを妬みつつ、よくよく目を凝らすとその隣には席へ座ったままではあったが、声を掛けて落ち着かせようとするもう一人の男がいた。
それに気付いたオウルはそっと目線を前に戻した。
(なんか相方もいるようだし、ほっとこ)
どうせ大したことにはならんだろう、と最低な考えで締め括ってから夕食の有無が掛かった仕事探しを再開する。
ところが、仕事探しは即座に中止することとなった。
「何よ! 私の席を勝手に取った癖に! どっかに行ってよ!」
「ああん? そんなの席に座ってなかったテメエが悪いんだろうが!」
「うっさい! ていうか、臭いしダサいしキモイ! さっさとどっかに行ってよ!」
「んだと!?」
(ぅえっ! 相手は子供かよ!? しかも結構言葉が鋭い!)
激昂する男に対して、罵詈雑言を浴びせてみせたのはなんと少女らしかった。
少女特有の甲高い声を聞いたオウルは思わず顔を引き攣らせて口角をヒクヒクと痙攣させた。
(あんなん言われたら立ち直れる自信ねえぞ、俺は。っていうか酔っ払い相手にあんな啖呵を切るとかどんなヤツなんだか……)
呆れ半分に好奇心が半分。
ボードから目を離し、喧嘩相手であろう少女を見るために再度後ろを振り向く。
そして、
筆舌に尽くし難い衝撃が、オウルの心と頭へ強く襲い掛かった。
「っ!」
二つの束にまとめられた黄金色の髪は長く、起伏の少ない小柄な体型。
実に丸っこい童顔は周囲の人目を惹くような愛嬌がある。
そんな妖精を彷彿とさせる少女を見たオウルの口から、無意識の内に言葉が零れ落ちた。
「アイ……リス?」
それはかつて、自分
我の強そうな目だけは違うが、それ以外の姿形はその少女とあまりにも酷く似通っていた。
いや、似ているなんてものじゃない。
あれは同じ――
(っ、違う! あの子はあの子だ。アイリスでは……っ!)
頭に過ったことを振り払う。
それから再び少女の方を向いたオウルは極限まで瞠目した。
何故ならば、
少女に対して太い腕を大きく振り上げる男。
その荒れた姿をオウルの瞳が捉えたからだった。
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