第16話 うるさい奴は金の力でぶん殴れ!!

 人類は、金を生み出した事によって自由を失ってしまった。


 それは間違いないだろう。


 金を追い求めて人生を台無しにしてしまう者。


 金を失い絶望して、自ら命を絶ってしまう者。


 人類は、金を生み出して以来ずっと、自ら生み出した金という実体のない概念に、振り回されて来たのである。


 そして、気が付いた時には、人間は金の奴隷に成り下がってしまっていた。


 本来ならば、生まれて来ただけで、誰もが平等に享受きょうじゅ出来るはずの自由は、今では人類の生み出した金によって、世界の数%の富裕層に独占されているのである。


 だがしかし、金には確かに良い面もあるのである。


 この世界には、うるさい奴らが多すぎる。


 あれもダメ、これもダメ。


 お前は誰だ?何者でも無いのならば黙っていろ!!


 訳の分からない言葉を吐き散らす、うるさい奴らを黙らせるのに、最も効果的なツール。それが金なのである。


 うるさい奴らという者は、大体金を持っていない。


 持っていたとしても、せいぜい数千万程度の小金を貯め込んでいるのがオチである。


 だから僕は、うるさい奴が目の前に立ちはだかった時には、迷わず金の力でボッコボコにぶん殴る。


 金の力でぶん殴られたなら、奴らはもう、何も言い返せない。


 奴らは【金】や権威というものに、滅法めっぽう弱いのである。


 可哀想な人達。


 まぁ、かく言う僕も、可哀想な人間なのだけれども。


 ほら、そんな事を言ってる間に、今日もまた、うるさい奴がやって来た。


 『お客様、大変申し訳ございませんが、当店では調味料の持ち込みは禁止させて頂いておりますので、お控え頂けますでしょうか?』


 サッパリとした髪型で、人当たりの良い話し方の高身長イケメンであるギャルソンが、申し訳なさそうに言ってくる。


 『だがしかし、この国の法律では、飲食店への調味料の持ち込みは禁止されていないはずだ。それに、我が国の憲法では、思想良心の自由が認められている。ミシュランから星を与えられる程の高級フレンチレストランが、このくらいの些末さまつな事も許容出来ないと言うのか?』


 僕は、この店の料理にケチャップとマヨネーズを大量にかけて食べるのが好きなのである。


 もちろん、シェフは自分の作った料理に誇りを持っていて、余計な手を加えずに食して欲しいと思っているであろう事は容易に想像出来る。


 だけど、良く考えてみてくれ。


 飲食店は、お客様がいなければ成り立たない。


 シェフの趣向を凝らしたこだわりも、お客様がいなければ、ただの自己満足。変態的なマスターベーションに過ぎないのである。


 お客様は神様。


 そう、今この場において、僕は間違いなく神なのである。


 恍惚こうこつとした表情で、天に両手を伸ばす僕に、


 『申し訳ございません、お客様。当店では、足を運んで頂いた全てのお客様に楽しんで頂ける様に、調味料の持ち込みは禁止させて頂いておりますので、どうか、ご理解いただけませんでしょうか?』


 ギャルソンは、相変わらずの人当たりの良い語り口で、僕を説き伏せにかかってくる。


 『黙れ小僧!!僕は、神だぞっ!!』


 ビジュアル系バンドGLAYのボーカルTERUの様に両手を大きく広げて、鼻息を荒くする僕に、


 『はぁ』


 と、ギャルソンが困り果てた顔をする。

 

 どうした?


 お得意の人当たりの良さが消え失せてしまっているぞ?


 お客様は神様なんだ。


 まるでモンスターでも見る様な目をお客様に向ける事は失礼にあたるぞ。


 『もういい!!君ではらちが明かない。オーナーを呼んでくれ』


 『いやっ、あの、お客様』


 『おい小僧!!お前は一体何をグズグズしている?隷僕れいぼくの分際で、神の時間をどれだけ無駄に消費させるつもりだ?ハリー、ハリー、ハリー。小僧は黙って僕に従っていれば良いんだ。僕はここで大声で叫ぶ事だって出来るんだぜ?分かったなら、オーナーを呼べ!!それとも民事訴訟でも起こすかい?そちらがそのつもりなら、僕はいつでも相手になるぞ』


 ギャルソンは、明らかに僕の言動にドン引きしている。


 そんな目で、僕を見るなよ。


 僕は神だぞ。


 ねぇ?僕って神だよね?


 あれ?もしかして違うのかな?


 『かしこまりました。お客様、少々お待ち下さいませ』


 そう言って、ギャルソンが裏へ下がっていく。


 勘違いしないで欲しい。

 

 僕は決してモンスターなんかじゃない。


 僕はただ、この店を良くしたいだけなんだ。

 

 ミシュランから星を与えられたからと、ふんぞり返って客の趣向を全否定する。


 シェフの料理に満足出来ないのならば店に来るなと言わんばかりに、調味料の持ち込みを禁止する。


 しかし、客はシェフの料理に満足しなくても、満足した者と同等の金額を払わなければならないのだぞ。


 だから、調味料を持参して、満足出来ないかもしれないというリスクをヘッジするのは、客として当然の権利なのである。


 それも禁止して、満足出来ない料理で客から金を巻き上げるというならば、そんな店は、弱者から金を巻き上げる詐欺師と少しも変わらないではないか?


 この店の様に、いちいちルールで些末な事を禁止する者がいるから、人はどんどん自由から遠ざかるのである。


 僕はただ、自由で居られる場所を作りたいだけなんだよ。


 この世界中の全ての場所で、自由に生きられる様になったのなら、きっと人類は、幸せを手に入れる事が出来るはずだから。


 だから僕は、権威を振りかざして調味料を持ち込む事を禁じる、傍若無人なフレンチレストランに自由の風を吹き込むという大きな使命を果たす為に、ケチャップとマヨネーズという強力な調味料ぶきを持って、単身この店に乗り込んで来たのである。


 であるからして、英雄と崇め奉られるならともかく、モンスター扱いされる謂れはない。


 自由こそが人生。


 life is freedom.


 I love freedom.


 『大変お待たせ致しました、お客様。私、この店のオーナーの佐村河内さむらごうちと申します』


 恍惚として天を見上げながら口をわなわなさせている僕に、40がらみの冴えない男、佐村河内が名刺を差し出す。


 僕は受け取った名刺にケチャップとマヨネーズをかけて口の中に放り込むと、それを咀嚼そしゃくしながら、


 『おい、佐村河内。ギャルソンに聞いたのだが、この店では調味料の持ち込みが禁じられているそうだな?』


 『はい、そうでございます。当店では素材本来の味とシェフの匠な技巧を堪能たんのうして頂く為に、お客様の調味料の持ち込みは禁止させて頂いております』


 お客様の調味料の持ち込みは禁止させて頂いておりますだと?


 はぁ?お客様の許可も得ずに、佐村河内の如き隷僕れいぼくが調子にのってルールなんか作ってるんじゃねぇよ。


 『おい、佐村河内よ。これで調味料の持ち込みは何とかならんのか?』


 僕は、佐村河内に五十万円を手渡す。


 『いえっ、お客様、困ります。お金の問題ではございませんので』


 佐村河内は五十万円を僕に返した。


 『では、これではどうだ?』


 今度は二百万円を佐村河内に渡す。


 『いえっ。本当に、お金の問題ではございませんので』


 『そうか、わかったよ』


 僕はこの時の為に持って来たアタッシュケースをテーブルに乗せると、それを開いた。


 『これでどうだ?全部で五十億ある。でもまぁ、無理か。だってお金の問題じゃないんだもんな?なぁそうだろう佐村河内?』


 試す様な目を向ける僕の言葉に、


 『いえっ……。』


 佐村河内が生唾を飲みこんだ。


 『あのぉ、えっ?これは…、あのぉ、私奴わたくしめが頂戴しても宜しいのでしょうか?』


 『もちろんだよ、佐村河内。だがしかし、この覚書おぼえがきにサインすればという条件付きだがねぇ』


 僕は、これまたこの時の為に用意してきた、調味料持ち込みを認めさせる為の覚書とボールペンと朱肉をテーブルに置く。


 佐村河内は、五十億円と覚書を交互に見て、今にもよだれを垂らさんばかりである。


 まぁ、なんともみっともない。


 まるで、餌をおあずけされている犬っころだな。


 『だが、佐村河内。お前は先ほど金の問題ではないと、そう言ったからな。であれば、この覚書にお前がサインするという事は無い訳だ』


 アタッシュケースを閉じて、覚書をカバンにしまおうとする僕に、佐村河内が必死の形相で食い下がる。


 『待って下さい。お客様』


 『神と呼べぇ~!!さぁ~むらぁ~ごうちぃ~!!この金が欲しいのならばひざまずけ。そして僕を神として崇め奉れ。それが出来ないというのならば、この金は全額あしなが育英会に寄付する』


 テーブルの上に立って豪快に唾をまき散らしながら、両手を天に伸ばして恍惚とする僕に向かって、


 『神ぃ~。あっ、あなたは、私の神だ。あぁ今日はなんて素晴らしき日だ。あなた様は私奴の神でございます』


 つくばい、床に額を擦り付けた佐村河内が、崇め奉る言葉をかけてくる。


 周りのお客さんが騒然としている。


 それはそうだろう。


 だって、こいつめっちゃ気持ち悪いもん。


 『ではこれからは、ケチャップとマヨネーズの持ち込みはOKという事で良いんだな?』


 『もちろんでございます。全ては神の仰せのままに』


 五千兆円の資産を有する僕にとって、五十億円など、五百万円の資産を有する者にとっての五千円程の価値に過ぎないのだが、佐村河内の如き畜生には、よっぽど五十億円が魅力的なのであろう。


 あぁ、全く、憐れな生き物。


 佐村河内はあっという間に僕の犬になりさがった。


 こんな醜い犬、愛玩動物としては失格だけれども。


 まぁ、今見て頂いて分かってと思うけれど、うるさい奴は、金の力でぶん殴れば、あっという間に大人しくなるんだよ。


 皆も、うるさい奴やムカつく奴に遭遇した時は、迷わず金の力でぶん殴ると良い。


 彼らはビックリするくらい態度を変えてしまうんだから。


 佐村河内の経営するフレンチレストランからミシュランの星が剥奪はくだつされるのは、この一年後の出来事である。



 


 




 



 


 


 

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