第33話 パリからモン・サン=ミシェルへの行き方

「そろそろ、駅に入って手続きを済ませちゃうか」

 哲人は、雷太を促して、モンパルナスの駅舎の中に足を踏み入れた。

 アリス&サンダーの師弟コンビは、〈TGV〉に乗って、モン・サン=ミシェルに向かう予定なのである。


「パリからモン・サン=ミシェルに行くのに、最もラクなのは、たしかに、バス・ツアーなんだよな。日本の旅行代理店が企画している日帰りツアーもあるし。

 でも、せっかく、外国に来ているんなら、日本の団体旅行の延長じゃなくって、自力で行く方が、浪漫があるだろう?」

「そうっすね、ムッシュー」

「でもな、バス以外の公共の交通手段で行こうと思ったら、けっこう大変なんだよ。ていうのも、かの世界遺産の近くには、鉄道の駅がないから」

「じゃあ、どうやって行けばいいんすか?」

「そうだな。例えば、モン・サン=ミシェルから一番近いのが〈レンヌ(Rennes)〉駅で、レンヌからでも、バスで一時間以上かかる。しかも、最大の問題は、モン・サン=ミシェル行きのバスが、なんと一日に数便しかないってことなんだよ。

 で、そのレンヌ駅へは、モンパルナス駅から、フランスの新幹線、テー・ジェ・ヴェ(TGV)で、一時間半から二時間かかる分け。

 そおいえば、このTGVを、以前、日本のテレビ局のアナウンサーが、『ティー・ジー・ヴイ』って呼んでいるのを耳にした時には、愕然としたね。完全な英語読みだったから。

 そう僕が思うのは、自分が仕事でフランス語をやっているってだけの話じゃなくって、対象に対する誠実さっていうか、英語ではこう読むから、ではなく、現地では、どう発音しているのかって事こそを尊重しなきゃって話なんだよな。

 とまれ、アルファベの読み方は置いておくとして、パリからモン・サン=ミシェルに、自力で行くのならば、鉄道とバスのコンボで行くしかないんだよ。

 まあ、そうは言っても、バスの出発時刻と鉄道の到着時刻との時間差は二十分、こんな風に、鉄道とバスは、うまく連動しているから、乗り継ぎに無駄は無いんだけどさ」


 そう言った後、哲人は、駅の窓口を指さした。

「サンダー、話は変わるけれど、窓口に、幾つも、言語名が書かれているのが分かるかい?」

「ウイっす、ムッシュー」

「日本語がないのは仕方がないとして、フランス語、英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語って具合に、それぞれの窓口が、どの言語に対応しているか明らかになっているんだよ。さらに」

「『さらに』?」

「モンパルナスからモン・サン=ミシェルに行きたい観光客が非常に多いので、『プール・モン・サン=ミシェル』って言って、その世界遺産への希望の到着時刻を窓口で伝えさえすれば、最適な鉄道とバスを、向こうが勝手に選んでくれるんだよ。

 まあ今回は、諸事情から、僕がネットで手配を全部すませちゃったんだけれど、いつか、再訪する機会があったら、自分でやってみな」

「覚えておきます。ムッシュー」


               *


 哲人と雷太、彼らの会話内容がギリギリ聞き取れる絶妙な距離感を保ちながら、二人から少し離れた所で、帽子を目深に被っていた三人組の男たちが、師弟コンビの日本語の会話に耳をそばだてていた。そして、哲人が口にした「モンサンミシェル」という単語を耳にするや、三人のうちの一人が、英語対応の表示が掲げられている窓口に向かって行った。

 窓口で、男は、やや母音が強く出てしまう日本語訛りの英語で、「フォウ・モンサンミシェル」と申し出たのだが、パリからレンヌ行きの列車は、今日・明日分の便の全てが満席となっている、と駅員から告げられた。

「まじかよっ! しかし、なんでだ? 全てが一杯だなんてっ! これでは、有栖川様のガードというドン・真一からの絶対命令が果たせん」

 ドンの乾いた笑いが脳裏に浮かび上がって、男は、無意識のうちに身を震わせてしまった。


 英語対応の窓口から離れる前に、男は、モン・サン=ミシェルへのルートと、最適な交通機関の発着時刻が書かれたコピーを駅員から手渡された。

 駅では、モンパルナスからモン・サン=ミシェルに向かう事を希望する観光客が多いため、そのルートを一覧にしているのだそうだ。

 リストを見るに、おそらく、今、モンパルナス駅に居る哲人と雷太が乗車するであろう「ティー・ジー・ヴイ」は、七時半発のもので、「モンサンミシェル」への到着は十一時頃になることが予測できた。


 TGVのチケットが買えなかった以上、ガーディアン全員で、哲人たちが乗る満席の列車を駅のホームで見送っても仕方がない。

 ガーディアンのリーダーは即決した。


 スリー・マンセルでチームを組んでいるガーディアンの内、一人だけを駅に残して、対象が、七時半発のレンヌ行きのTGVに間違いなく乗車した所までを確認させる。

 そして、残りの二人は、メトロで二区の日本人街に戻って、昼前にモンサンミシェルに到着すべく、事務所の自動車を飛ばすのだ。


 ドンである森田真一から、ガーディアンのリーダーのスマート・フォンに電話が掛かってきたのは、二人のガーディアンが、オペラ座界隈の事務所に到着した、まさにちょうどその時であった。

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