第45話 その日、一日の成果

 一号棟のリビングに、拓海と香織がいた。テレビの電源はついていたが、見ている様子はなかった。会話もなく、表情は暗い。


 拓海はこちらに気がつくと、

「ああ、お二人さん。また大変なことが起こったね」

「そうですね、まさかまた起こるとは」

「今度も神隠しの瞬間を見てしまうなんて、辛いなあ」

「はい……」

 瑛華は苦しそうに答えた。


 おれは拓海と香織を交互に見た。

「どうして優花ちゃんまで消えたと考えますか?」

「なんでだろうな」

 拓海はため息をついた。

「検討もつかないかな……」

 と香織もため息をつき言った。

「優花ちゃんは、結愛ちゃんととても仲が良かったです。その二人が消えてしまったのは、偶然だと考えてもいいんでしょうか」

「なにか理由があるって、霧島さんは考えてるのー?」

「もしくは、少女だから意味があるのかなって」

 おれは、娘だと憐憫な気持ちが湧くと言った佐田の言葉を思い出した。

「けれどもね、私が知る限りは優花ちゃんとなにか合ったわけじゃないと思うのよ。例えば、神様を一緒になって侮辱したりとか……」


「帰ってくるのを祈っておくしかできない。でもよ――」

 拓海は低い声で言うと、右拳を力強く握り、左手はそれを抑え込むように包んだ。

「村では、結愛が先に神隠しにあったから、結愛が原因だって考えている連中がいるみたいだが、本当にそうと思うか? 優花ちゃんが原因かもしんねえのに……」

「ちょっと」

 香織にたしなめられ、拳を下ろした。だが溜飲を下ろしたわけではなかった。自分ではどうすることもできないため、責任を追求し攻撃対象を見つけたいのだ。

 その気持ちは、わからないでもなかった。


 二号棟の部屋に戻ると、ほ〜い粗茶を飲み一息ついた。瑛華は考え事をしているらしく、机を人差し指で叩いていた。

「どうやって、結愛ちゃんや優花ちゃんは消えたんだろ……」

「そうだな。これがわからなければな……」

「二人は、同じ方法で攫われたのかな?」

「おそらくそうだろうな。けれど瑛華が実践した通り、一瞬にして消えるのは難しい。なにか方法はあるんだろうがなあ」

「Hの跡も関係してると思う?」

 おれは頷いた。

「関係してると思う。優花ちゃんの足跡はなかったのに、あれだけがあったしな。おれはHのような跡がついた物の上に、優花ちゃんは乗っていたんじゃないかって考えてるんだよ。だから足跡が残らなかった」

「なるほど。じゃあ結愛ちゃんのときもその物を使ったのかな?」

「足元は隠れ見えなかったからな……どうなんだろう。その物を使う必要がなかったのかもしれないし」

「Hの跡がつく物ってなんだろ?」


 瑛華は目を瞑り思考を巡らせ、段々と険しい顔になってきた。ミステリードラマであれば、顔のアップになるシーンだ。果たして閃きは?


「……駄目だ、出てこない」

 瑛華は目を開くと言った。

「だろ、出てこないんだよ。おれも考えたんだけどな。物ではなく棒の上に乗ってたのかとも思ったんだが、そもそもその物や棒もどうやって消したかわからない」

「ああ、そうか……」

 おれはお茶を飲み喉を潤すと、

「おれたちはまた、消える瞬間を目撃してしまった。これは偶然なのかな?」

「どういうこと?」

「犯人はわざと見せてるんじゃないかと思ってさ。一回目ならまだしも、二回目の優花ちゃんでも目撃したんだ。狙っていたとしか思えない」

「見せてどうするの? 見られず攫う方がいいのに」

「犯人になにかしらのメリットがあるんだろう。あえて見せてしまうことにより、神隠しであるとわからせるためかもしれないし。犯人としては、神隠しと思ってくれる方が都合がいいだろ?」

「お前らに解けるかなっていう挑戦とか?」

「有り得るな」

「じゃあ、本当は私たちが目撃する前から攫っていて、私たちに見せることにより、?」


 おれはくいっと眉を上げた。

「それも有り得るな! なるほど、事前になあ……。ということは、おれたちが見たのは、鏡などで作られた実体のないものだったのか?」

「もしくは別人とかね」

「別人?」

「優花ちゃんはしゃがみ込んでたよね。それは身長を誤魔化すためなんだよ。顔が似た女の子がいるのか、メイクで似せたのかも。私たちは遠く見ていたし、別人とは気づかなかったんだ」


 他人の空似やメイク説は首を傾げたくなるが、なるほど。確かに遠くからならば気づかないだろう。細かなところまで見ることはできないし、目に映るものが多くなるため処理しきれないのだ。


「思えば結愛のときも遠くだったな。それに窓枠によって、上半身しか見えていなかった。身長もわからない」

「でしょ?」

「でも、どのようにして消えたのか、という肝心なポイントが残ってるぞ?」

「そうだね」

 おれと瑛華は腕を組み考えた。結果は変わらなかった。

「ももちゃんは、どうして二人を攫ったんだと思う? 犯人の動機ってやつ」

「色々考えられるとは思う。でも二人を怨んでいたとか、営利目的ではないように思う。可愛らしくて攫ったとか、変態的な理由も考えられるだろうな。二人を攫った、という点も肝心だとは思うけど……」

「私はね、神隠しが起こったと思わせたかった、って推理してるんだ」

「どういうことだ?」

「犯人は幼い頃から神隠しを信じてたんだ。そのために色々神隠しについても調べた。でもなかなか起きず、ついには自分で神隠しを起こしてしまったんだ。生贄には、なぜ娘が多いかって目を輝かせながら説明してたでしょ?」

「つまり犯人は佐田さんと」

「って私はちょっと思ってる。オカルトも好きでしょ?」

「あれは単純に好きなだけだと思うけどな。わざわざ自分で起こすか……?」

「村で、ほら俺の言った通り神隠しが起こったじゃないか! って自慢したかったとか」

「それなら、結愛一人でもいいんじゃないか? 村人は充分、信じていたぞ」

「ええっと……」

 瑛華は言葉を詰まらせ、口をぱくぱくと動かした。


「それなら、おれは律くんが匂うけどな」

「なんで?」

「同級生二人が消えたんだぜ? あまりにも飄々としすぎてる」

「まあ、確かに……」

「それに根拠もないのに、命の心配はない、焦らなくても大丈夫って言ってた。おかしいと思わないか? 無事だってことを、まるで知ってるようだ」

「第六感みたいなことじゃないの? 私は、彼はそんなに悪い子じゃないって気はしてるよ」

「それも第六感か? まあおれも同じ印象だけどさ」


 瑛華はお茶を一口飲むと、前のめりになり、自信ありげな顔を浮かべた。

「犯人が二人いるってことも考えられるよね」

「複数人ってことか」

「それもあるけど、結愛ちゃんと優花ちゃん、それぞれ別の人が攫ったんだ」

 別の人物か……面白い。おれは目を細め手で顎に触れた。

「根拠は?」

「ううん、ないよ」

 瑛華はあっけからんとして言った。手で触れている顎がガクリと落ちた。

「それも第六感かよ……」


 おれたちはそのあともディスカッションしたが、新たな発見はなかった。瑛華は振り出しに戻るように、神隠し説を提唱してきたが、それならばまだ、ドラえもんが言っていた時空の狭間に落ちた説の方がましだった。

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