第11話 神社

 外に出ようとしたところで、ちょうど映画が終わった。公民館から出ると、ぞろぞろと観客が出てきた。満足した表情を浮かべ、けたけたと笑いながらお喋りしていた。


 一人、中学生くらいの女の子がこちらにやってきた。


「結愛ちゃん、その二人って」

「そうだよ、東京からのお客さん」

 少女の顔がぱっと明るくなり、結愛と同じキラキラお目目で瑛華を見上げた。

「やっぱり! 凄く綺麗な人がいると思ったの!」

「ありがとう」


 瑛華が口角を上げると、少女はうっとりした。これほどまで人気があるとは思わなかった。けっこうだらしがないところがあるんだぞと、夢を打ち砕いてやろうかと思った。


 少女の名前は神田川(かんだがわ)優花(ゆうか)。お笑いにも興味があるらしく、おれのことも知っていた。深夜にやっていたネタ見せ番組で見たことがあり、探偵芸人だということも知っていた。ありがたい、幾らでもネタなんてしよう、サインだって望まれなくてもしてしまおう!


 当然といえば当然ながら、おれよりも瑛華に断然興味があり、色々質問していた。おれの方を向いたかと思えば、なんで赤い髪にしちゃったのと訊かれた。この髪はどうやら失敗だったらしい。


 そのあとぐるりと村を回り、帰ることになった。村の様子は、これでなんとなくだがわかった。コラムに書くだけの情報も得た。

 土の道を通り、木の板の橋を渡ろうとしていると、後ろから足音があった。振り返ってみると、宮司がいた。当たり前のことながら、袴を着て草履をはいている。年齢は三十代後半、少し前髪は後退を始めていた。


「こんにちは」

「ああ、どうもこんにちは」

「東京から来られた方ですよね、僕の名前は小笠原(おがさわら)統司(とうじ)といいます。この通り、落神神社で宮司をしています」

 おれと瑛華も自己紹介した。統司は満足げに頷くと、

「うちの母、巫女が呼んでいますので、少しよろしいですか?」


 瑛華と顔を見合わせた。少し奇妙な気がしたが、断る理由はないだろう。


 結愛に礼を言うと別れ、今度は統司のあとをついて行った。左側のエリアに向かい、細い道を進んでいく。あまり会話はなく、終始静かだった。神社につくと、鳥居の前で統司はぺこりと頭を下げ、おれたちもそれに倣った。鳥居をくぐり石畳を歩き、履物を脱ぐと、階段を三段上がった。


「お入り下さい」

 統司は戸を開けると、本殿に足を踏み入れた。

 中は畳がひかれ、奥に荘厳な祭壇がある。小さな太鼓や、お供え物が置かれていた。中央に、座布団の正座をしている巫女がいた。年齢は六十代、年相応に白髪があり、首のしわが目立っていた。目を釣り上げ口をぎゅっと閉じ、気難しそうな印象を受けた。

「よく来てくれたね、私の名前は小笠原和恵(かずえ)」


 おれと瑛華はそれぞれ自己紹介した。巫女の前には二つの座布団があり、指さすと和恵は言った。


「さあ、座ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 素直にお言葉に甘えさせてもらうことにし、座ったのだが、初手の選択を間違ってしまった。あぐらで座ってしまったのだ。ちらりと瑛華をみると、ちゃんと正座していた。巫女が気難しそうと見て、背筋までもぴんと伸ばしていた。

 慌てて座り直そうとしたが、巫女は手で制しそのままでいいと言った。今度も素直にお言葉に甘えさせてもらった。統司は、おれらから少し離れたところで正座した。


「ようこそ、このなんにもない村へよくやってきてくれたね」

 と和恵は言った。神隠しがあるじゃないですかと言おうとしたが、ふざけられる空気ではなかった。悪い人ではないと思う。ただ相手を威圧する雰囲気があった。

「村長から聞いてるよ、神隠しについて取材するんだってねぇ」

「はい、そうです。けっして茶化したりしませんので」

「それならいいけど、でもちゃんとルールは守ってね。三つの禁止されている事項を知ってるだろう」

「ええ、もちろんです。沢村圭太さんから教えてもらいましたから」

「今、テレビ局のディレクターをしてるんだって」

「はい」

「あのやんちゃくれがねえ」

「お知り合いなんですか」

「小さな頃から知ってるよ。息子とよくイタズラをしていたっけねえ。……いや、今はこんなこと関係ないね。その三つの禁止事項を言ってごらんなさい」


 おれはごほんと咳払いすると、復唱した。村に出ることなく村で過ごし、神隠しがあっても慌ててはならず、神様を想い五日間を過ごす。


「そう、よく覚えているね、それを守っておくれよ」

「わかっています、沢村さんに迷惑をかけるわけにもいきませんから」

 おれが言うと、瑛華も返事した。この雰囲気に呑まれているのか、声に覇気がなかった。

「村のものじゃないから馴染みはないし、変だと思うだろうけど、人好きの神様のゆえなんだよ。人と触れ合いたいんだ。神様を悲しませないでね」


 おれは頷いた。

 ルールを破るつもりはないが、やはり懐疑的にはなってしまう。得てして、こういう言い伝えは伝言ゲームのように、徐々に曲がって伝わってしまう。もしくは解釈の違いが生まれる。神の啓示を受けたと危険な行為をする過激派というものがあるが、神様は一言も言っていないはずだ。ちょっと待って! おれのせいにしないで! と思っていてもおかしくない。


「ここの神様の名前って、なんなんですか」

 とおれは質問した。

「名前はないよ」

「え、ないんですか?」

「名前のない神様は多いよ。大きな神社なら別だろうけど、地方にあるような神社はその場合がある」

「へえ、そうなんですか」

「あと、名前を剥奪されたという説もある。なにか禁忌を犯し、神々から奪われ、そしてこの地に降り立った」

「だから神村なんですか」


 和恵は大きく頷き、

「そうとも伝わっている。この地に根を下ろしたとか、さっき言った説みたいに堕ちてしまったのか」

 落神村という物々しい名前にも納得できた。へえと、瑛華も感心したような声を出した。

「この落神村だけじゃなく、ここら辺では神隠しの伝承って他にもあるんですか?」

「ないよ、この村だけ。神隠しが生まれるようになったのも、これもまた説がある。神様の怒りに触れたとか、人好きの神様だから遊ぶためにだとか、色々ね。昔、この村では生贄があったとも伝わっている」


「どうして生贄を?」

「作物の育ちが悪いとか、日照りが続いたり、病が流行ったりして、供物を捧げ沈めようとした。そういった生贄の話、聞いたことがあるだろ」

「ええ、あります」

「生贄を捧げなければならない。でも無理に連れていくのも躊躇われたため、神隠しということにして、拐ったのさ」

「そこから神隠しの伝承が生まれたと……」

「そういうこと。しかし、これはそういった説だけどね」


 面白い。他にも紐解いていけば、そういった説や歴史が発見されるのだろう。

 もし生贄説が正しいのだとすれば、それこそ人間の勝手な解釈だ。神様も人間を捧げられたからといって、どうすることもできないだろう。


「あの、旧神社があるって聞いたんですけど、どうして旧になってしまったんです?」

「元々、村から離れた山の中にあったんだけど、二十数年前、土砂崩れで半壊しちゃってね。幸い怪我人もなく、祭壇も無事だった。地盤も緩んでいるから、安全のために移転したのさ。村で一番長生きな大木があったこの場所に建てた」

「じゃあ今は旧神社には誰もいないんですね」

「いないね。半壊した建物だけがある」


 取り残された神社を思うと、少し可哀想だった。

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