1-45 たとえ決別した仲だとしても

「祝福による生命維持が消えるまでが勝負です。まずはクロベニ、貴女の力が必要です」


 テキパキとノワールが指示を出す。

 時間がない。

 だというのに、クロベニはブスッとした顔で腕組をしていた。

 全く手伝ってくれる気配を感じない。


「何をしているのですか。クロベニ! 早く」

「やだやだ! 絶対やだー!」


 ノワールが珍しく焦ったような声でせかすが、返ってきたのは拒絶だった。

 まさか反対されるとは。


「頼む。クロベニ。言うことを聞いてくれ」

「お兄ちゃんのお願いでも嫌だー!」


 俺からもお願いするが、うまくいかない。

 ツンと顔を逸らせながら、クロベニが話す。


「だってお兄ちゃんのこといじめた奴なんだよー!? そんな奴死んじゃえばいいじゃん!」


 どうやらクロベニなりに俺のことを思ってのことのようだ。

 普段なら嬉しいかもしれないが、今はその気遣いが困る。

 どうにか説得する必要があった。

 だがクロベニは頑なに聞く耳を持とうとしない。

 こうなると、俺やノワールではどうしようもないのだ。

 普段ならルアネがクロベニに言い聞かせるのだが。


「私も同意見だね。どうしてそんなつまらない人間を助けなきゃあいけないんだい。君を追い出した奴なんだろう? 助ける筋合いなんてないじゃあないか」


 今回の件に関してはルアネもクロベニ側のようだ。

 理解しがたいという雰囲気で肩をすくめる。

 それはルアネをどうにか説得させなければいけないことを意味していた。


「だいたい君は助けたい人を助けたいだけなんだろう? ならなおさら彼は助けなくてもいいじゃあないか。それともなんだい。彼こそ、助けたい人だとでもいうのかな?」

「そうだ」


 そんなはずはないだろう?とでも言いたげに話すルアネに、俺は言い切る。

 途端にピシリとルアネの動きが止まる。


「今……なんていったんだい」

「そうだといった」


 予想外の言葉に理解が追い付かなかったのか、再度聞き返してくる。俺はためらうことなく肯定した。

 ルアネの顔をしかめる。


「……君。気でも狂ったのかい。彼は君が人を助けるために、切り捨てた犠牲じゃないか。それを助けたいなんてさ――」

「助けたいと思っちゃダメか」


 言葉を遮った。

 質問されるとは思わなかったのか、面食らいながらルアネが答える。


「助けたいと思うのは自由だよ。でも君は犠牲として彼を殺そうとしたわけじゃあないか。それなのに助けようとするのはいささか勝手が過ぎないかい?」

「……確かに、戦いのときは殺そうとした」


 素直に認める。目線が一瞬下がり、ザフールを視界にとらえる。

 助ける方法なんてないと思っていた。

 だからとどめの一撃を入れたのだ。その選択に後悔はない。


「でも、今は違うだろ。助けられるなら、俺は助けたい」


 顔をあげ、ルアネと視線を合わせる。

 その眼は赤いが、平時の輝きはなかった。

 仏頂面のまま、問いかけてくる。


「君に害なす存在でもかい?」

「それでもだ」

「どうしてそこまでするんだい?」

「それは……コイツが」



 彼は。

 化け物だった。

 打ち勝たなければならぬ敵だった。

 人を助けるための仕方ない犠牲だった。

 分かっている。

 でも、それでも――。



「ザフールが仲間だからだ。…………元、だけどな」


 ややためらいながらも、思いのたけを伝える。

 口にしてみれば、なんてことはない。

 たったそれだけの理由。


「なぁルアネ。それじゃあ助ける理由にならないのかな」


 でも十二分の動機なのだ、少なくとも俺にとっては。

 目を逸らすことなく、すがるように尋ねる。

 ルアネは何も答えない。


 長い沈黙。


 ダメか。

 目を下げそうになったその時、ルアネが言葉を発した。


「彼は助けても君に感謝をしないと思うよ。そればかりか、君を恨むかもしれない」


 その顔は依然として仏頂面だ。

 だがその眼には爛々とした輝きが宿っていた。


「…………それでも助けたいのかい?」


 試すような問いに答えようとするが、ルアネがサッと手で制した。


「それ以上言わなくていいよ。もう顔でわかるさ」


 ルアネはそういうと空を見上げ、一回深いため息をつく。

 そしてそのまま話始める。


「君は強欲だ。高慢だ。救いようのない馬鹿だ」


 内容はひたすらに俺への罵倒だった。


「でも……キエル」


 一通り言った後に、ルアネはクイッと顔を下げる。


「君はこれ以上ないほど英雄にお似合いだよ」


 呆れつつも笑みが浮かんでいるような奇妙な表情をしていた。


「だから手伝ってあげよう」


 どうやら納得してくれたようだ。

 ルアネは軽快な足取りで、クロベニの背後に近寄ると、彼女の高さましゃがみ諭すように話始める。


「クロベニ。彼を助けてあげよう」

「むー! 嫌だ!」


 それでも、なおクロベニは手伝おうとしない。


「そうかい。それは残念だなぁ。クロベニのためを思ってのことなんだけどなぁ。それじゃあこの後は大変だけれど、頑張りたまえよ」


 ルアネがわざとらしく、大げさに話す。


「……なんでー」


 流石に気になったのかクロベニが問いただすと、ルアネが彼女に見えない角度でニヤリと笑う。彼女の作戦通りらしい。


「それはね。死因だよ。あの短剣は私たちが造っただろう?」


 ザフールに刺さっている短剣を指さしながら、ルアネが歌うように話す。

 黒い短剣は、死神たちの靄で造られたものだ。


「それのせいで死因は私たち三つのうちどれかで混ざってるわけさ。もし呪死になったら、クロベニは嫌いな人間の魂を回収しなくちゃいけなくなるのさ」


 ルアネの話を聞いて、慌ててクロベニが言い返す。


「でもそれなら病死になるかもだし、そもそも戦死になる可能性が高いもん!」


 短剣で突かれて、死んだのだから戦死になる。

 そうクロベニは言いたいらしい。


 俺には何が何だかわからない。

 バッと聞くとクロベニの言う通りのような気がするが。

 だがルアネは動揺することなく、落ち着いて反論する。


「どうだろうねぇ。だって神の祝福という呪いを打ち消した攻撃だよ。それって立派な呪い返しになるんじゃあないかな」

「それは……」


 クロベニが苦い顔を浮かべる。

 もしかしたらそうかもしれない。そんな悩みがありありと読み取れてしまった。

 それを見てルアネがつけこまない訳がない。


「不安じゃあないか。クロベニだって嫌いな人間の魂を回収したくないだろう? なら今は助けて、他の死神に押し付けたほうが良いんじゃあないかい」

「むむむー」


 頭を抱えて唸ること、数秒。


「しょうがないなー! 今回だけだよ!」


 ついに折れてくれたのだった。

 なんかザフールの魂がゴミのように扱われている気がするが、そこまでは言うまい。


 ◇


 クロベニとルアネが納得してくれてからは、目が回る忙しさ……かと思いきや、俺はあまりやることがなかった。強いて言えばクロベニが調整した呪具の呪いを、魔法で少し弱めただけだ。


 その後のことはわからない。

 何故ならノワールがこれから先は死神以外には見せられないといい、俺の眼を黒い靄で覆い隠したからだ。

 靄が晴れた時には、すべてが終わっていた。


 ザフールが変わらずに横たわっている。

 胸の部分には醜い切り傷が刻まれており、痛々しい。

 だが短剣は抜き取られており、またその顔には死相は既に浮かんでいなかった。

 ノワールがザフールの身体を触りながら告げる。


「心拍良好。意識のこん睡状態は見られるものの、死ぬ恐れはないです」

「あ、あ」


 ありがとう。

 そう言いたいのに喉が締まり、言葉が出なかった。


 それまで必死にこらえていた涙が、ぼろぼろとこぼれる。

 視界が濁る。


「あ、ああ」


 ザフールのそばに駆け寄り、手に取る。

 生きている。


「よかった」


 結局、言葉にできたのはそれだけだった。

 こんなに嬉しいことはない。

 口にする度に涙が頬を伝う。


 彼の手はとても、とても暖かかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る