1-25 白衣の死神のご加護

「自分はクロベニのように長々と話すつもりはありません。ですが、よっぽど為になる話ですのでしっかりと聞いてください」


 テキパキとした口調で話始める。

 ここが修道院なのも相まって、まるで説経を説く修道士みたいだ。


「与えた力は二つですね。一つは先ほども使ったのでお分かりですよね」

「あぁ。祈祷術だろ」

「その通りです」

「なぁ、なんで俺の祈祷術は病気に効いたんだ?」


 普通、祈祷術は病気に対して無力のはずなのだが。


「いい質問です。ですが、無意味な質問でもあります」

「なんでだよ?」

「キエルさんは二週間後には病死するのです。それなのに祈祷術が有効だった理由を聞いても意味がないのでは?」


 呪死じゅしする可能性などないような話し方をする。

 ノワールはふと思いついたかのように、指摘した。


「あぁ。もし自分がかかる予定の病を、祈祷術で治すこと期待されているのでしたら、残念ながら無理です。潮臓病ちょうぞうびょうだから効果があっただけで、キエルさんがかかる病には効き目ないですから」


 そこまで考えていなかったのだが。

 そうか病気によって祈祷術の効果の有無は変わるのか。


「祈祷術に関して、もうよろしいでしょうか? 勿論キエルさんが自由にできる一週間のうちで、使いたいのであればお教えいたしますので」

「おう」


 ノワールは話始めると饒舌じょうぜつになるタイプのようだ。

 とどまることなく、つらつらと話が続く。


「よろしい。では次に二つ目の力ですが……。そうですね。その前にキエルさんがどう死ぬかをお伝えしておきましょう」

「いやそれは後回しでも……」

「自分の言うことを聞いてください。この順番でないと、話の邪魔がはいるので」


 マスクが傾く。

 どうやらクロベニを見ているようだ。

 ?

 なんでノワールの話にクロベニが出てくるんだ。


「自分がキエルさんに望むのは、勿論病死、絶対病死させます。……ですがキエルさんとしては嫌なことだと存じます」

「そりゃあ嫌だけど……契約だからな」

「契約だとしても大変申し訳ございません。辛い選択だったと存じます」


 ペコリと頭を下げるノワール。

 長い白髪がさらりとこぼれる。


「謝るなら、死なないですむ方法とかにしてくれないのか」

「いえ。それはできかねます。契約なので。ですから、

「…………ん?」


 いきなりぶっ飛んだ話が飛び出してきて、混乱する。前後のつながりがわからないんだが。

 なんで情けをかける話と、未知の病にかかることがイコールになるんだよ。


「キエルさんは未知の病で苦しみ、もだえ、死ぬより辛い思いをしていただきます」


 淡々とノワールは話す。

 彼女はルアネやクロベニのように、全身からもやをあふれさせたりは決してしない。

 だがそれは興奮をしていないというわけでは決してない。


「生き地獄の果てに、キエルさんは死にます。ですがそれは無駄ではありません。周囲の人々が苦しむ様に畏怖いふし、病名がつけられます。貴方の名を冠した病、キエル病と」


 スコー。スコーー。

 だんだんと深くなるマスクの呼吸音。ともすれば間抜けな音。しかしそれは大変おどろおどろしかった。

 なぜならその吐息がすべて黒いもやだったからだ。

 マスクに遮られて、もやが出ていないように見えているだけ。その下には激情が渦巻いているのは明らかだった。


「貴方は永遠を生きるのです。人の世が終わるまで、ひたすらに病に立ち向かい、しかし敗れた者の名として」


 ノワールがクスリと笑ったような気がした。


「つまり、その、なんだ。未知の病で死なせて、なおかつ俺の名を後世に伝えてあげるから、満足して死んでくれってことか?」

「そうです。物分かりがよく助かります」


 ノワールが嬉しそうに頷く。

 喜ばしいことですよねって雰囲気をだされても困るんだが。

 だがそんな俺には意にも介さず、話を続ける。


「以上の理由から、自分はキエルさんの味方です。呪死じゅしなどという、人間の尊厳を踏みにじる死に方など断じてさせません」


 ノワールの口から出たのは、呪死じゅしを否定する言い方だった。

 おいおい、呪死じゅしの死神がいる前で、その言い方はどうなんだ。俺が心配することじゃないけどさ。


「なにをー!? いくらノワールお姉ちゃんでも、許さないんだからー!」


 案の定、それまでルアネとキャッキャと遊んでいたクロベニが、突っかかってくる。


「何とでも言いなさい。自分は呪死じゅしが嫌いですし、それにキエルさんを譲る気もありませんから」

「むー! あたしだって! 早い者勝ちなら負けないもん!」

「そうですか。確かにクロベニの言う通りかもしれませんね……もっとも、


 プンプンと怒るクロベニを、ノワールは冷淡に相手する。

 まるですでに勝敗は――俺を死なせる死因は――決しているみたいな態度だ。


「クロベニ、残念ながら貴女にはキエルさんを呪死じゅしさせることはできませんよ」


 突如これまでの前提を壊すようなことを言い始めた。


「そんなはずないもん!」


 クロベニはそう叫ぶといきなり黒いもやを、俺にかぶせてきた!?


「うおっ!」


 避けることもできず、頭から浴びる。

 これもしかしなくて呪いか?


「へへーん。油断したねノワールお姉ちゃん! これでお兄ちゃんは呪いで死…………あれ?」


 クロベニが首をかしげる。

 俺はぴんぴんしていた。

 なんだ? なんともない。

 呪いというのは、ゆっくり効果が出るものなのか?


「そ、そんなー! ありえないよ! 精神ごと一瞬で塩の柱になる呪いをかけたのに! なんでー!! どうしてー!」


 おい、なにヤバそうな呪いをかけてんだ。

 でもそうすると確かに変だな……いや俺が生きてるのはいいことなんだけども。

 ノワールはうろたえるクロベニと、ぽかんとしている俺を、満足げに見る。どうやら、何か細工をしたようだ。


「自分はキエルさんに最後まであがいて、苦しんで死んでいただかないといけません。生きることを、決して諦めてはならないのです。ですから自分は二つ目の力を与えました」


 一拍置いたのちに、ノワールは後回しにしていた力の詳細を話す。


「絶対に屈することのない、鋼の意志を。この先キエルさんは自身が望む限り、決して精神が折れることはありません。負の感情などに敗北を喫することはないです。そしてその精神は……

「…………え? じゃ、じゃあそれってか」

「えぇ。そうです」


 呪いで死なない身体にした。

 そんなすごいことなのに、まるで簡単な擦り傷を治したかのように、ノワールはさらりと言った。

 一瞬、場が静まり。


「えーーーーー! ずるーいずるいずるいずるい! ノワールお姉ちゃんずるいー!」


 クロベニがワンワンと泣きじゃくる声が響く。

 見ているこっちまで悲しくなるような、泣きっぷりだ。

 俺としても喜んでいいのか、なんとも言えないしな。


「騙されるほうが悪いのです。一つ勉強になりましたね。さて。キエルさん、どのような症状の病が良いか相談しましょう。お互い合意できる病にできるとベストですが」


 ノワールがバッサリとクロベニを切り捨てると、俺に歩み寄ってくる。

 そう呪死じゅしを免れたところで、結局病死してしまうのだから意味がない。

 とはいえこれもカリオトさんを助けるための代償、しょうが……。


「ほう! そうかいそうかい。騙されるほうが悪いのかい。ふふふ」


 そう話に割り込んできたのはルアネだった。


「それじゃあノワール。君も私を恨んでくれるなよ」


 芝居がかった喋り方をすると、ニヤリと笑った。

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