1-24 幼き死神は遊べる日を待ち望む

「はいはーい! お兄ちゃんと結んだ契約教えてあげる―!」


 クロベニが元気よく手を挙げる。

 とてとてと俺に近寄り、隣に立つと、腕に抱きついてきた。

 その様は孤児院の子供たちみたいだ。


「なっ!」


 ルアネが雷に打たれたかのような声を上げる。

 どうしたんだ?


「な、なんでもない!」


 顔を向けると、ルアネがあたふたしながら答える。

 なんだよ。変な奴。

 そんな俺たち二人を尻目に、クロベニは楽しそうに話始める。


「あたしの契約はねー! お兄ちゃんに二つ力をあげたの! なんだと思うー? にしし」

「さ、さぁ」

「もったいぶらずに、さっさと話したらどうなんだい。クロベニ」


 ルアネが面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 さっきからどうしたんだ。

 初めはあんなに楽しそうだったのに、情緒不安か?

 ……うん。いつもだな。


「あー! ルアネーチャンわからないんだー!」

「そ、そんなわけあるわけないじゃない!」


 おい。素が出てんぞ。

 幼女にも取り繕えないなら、そのキャラはやめたほうがいいんじゃないだろうか。


「クロベニ。そのやり取りに必要性を見出せません。早くしてくれませんか」


 バッサリとノワールが言う。

 マスクで表情がわからないから、威圧感が凄い。

 割と神経質なのかもしれない。


「ノワールお姉ちゃんはせっかちだなー! もー。しょうがないから教えるよー」


 クロベニはお母さんに怒られた子供みたいにシュンとなる。

 渋々といった様子で説明を始めた。


「二つの力だけど、まずはさっき教えた呪いを払う力だよー! なんでか魔法を使う力になってたけど! いいよねぇお兄ちゃん?」


 上目遣いでそっと俺を見上げるクロベニ。

 俺が怒るとでも思ってるのだろうか。


「あぁ。構わないぞ」


 結果的にカリオトさんが助けられたのだ。

 別にどんな力でもよかった。


 まぁ本音を言うと、魔法のほうが嬉しいけどな。

 だって、ほら、かっこいいじゃん。

 元パーティーメンバーのマギシアが魔法を使いこなすところを見て、憧れがなかったわけではない。

 それが使えるようになったのだ。わくわくしないわけがない。


「もう一つは……カインの刻印だよー! これで恨みつらみをたくさん集められるねー!」

「なんだそれは?」


 カイン?

 聞いたことがない言葉だ。


「んっとねー! 刻印は刻印だよー! ほら、ここに!」


 ずっと腕に抱きついていたクロベニが、いきなり俺の袖をまくる。

 愕然きょうがくとする。

 今まで何もなかったはずの俺の腕には、びっしりと文様もんようが浮かび上がっていた。

 クロベニだけが活気づく。


「にへへー、かっこいいでしょー! これがあると怨念がねー! 沢山集まってくるんだよー! すごいすごい!」

「……なるほどな」


 全く理解ができない。

 思わずルアネに助けてと目線で訴える。


「…………」


 合った瞬間、目線逸らされた。

 ルアネもわからないのか。

 戦闘以外のことは期待しちゃダメか。


 ノワールが仕方ないといった雰囲気で、話に混じる。


「クロベニは説明が下手ですね。仕方がないので、自分がお教えしましょう。幸いにして、ある程度は話せる領域ですので」

「そうなのか、ならお願いしたい」

「ぶー! お兄ちゃんヒドい! あたしの話を聞いてくれないんだー!」


 ありがたい提案だった。

 いじけているクロベニには申し訳ないが、このままでは話が進まなそうだしな。


「ごめんな。後でお願い聞いてあげるから」

「ホントー!? にへへー! ならいいよー!」


 頭をなでつつ、あやす。

 効果はあったようだ。機嫌をよくしてくれる。


「とはいえ全てを理解しているわけではありません。自分からはカインという人物の解説をさせていただき、その後は憶測を話させていただきます」

「そもそもカインって人の名なのか」


 てっきり地名とかだと思ったが……。

 ノワールがコクと頷く。


「えぇ。かなり昔の人物になりますがね。伝え聞くところによると、彼はこの世界で初めての殺人を犯した罪人とのことです」

「それはなんとも気を引く人物じゃあないか」


 ルアネが興味津々といった様子で、話を聞く。

 もっともその殺人で戦死した魂に惹かれてるのだろうが。


「なかなか興味深い人間ではあるものの、分かっているのは罪人だったということ、それとがあったとか」

「はいはーい!」

「もう少し黙っていてください。クロベニが入ると話が散ります」

「むー!」


 面白くないのだろう。

 クロベニはぷく―と頬を膨らませる

 かわいそうだが、もう少し黙っていてもらおう。


「ここから先は憶測になります」


 ノワールが一言断り、話を続ける。


「そのような人物の名を冠した刻印ですから、おそらく人々の負の感情を集めやすくなる効果があるのではないかと考えられます」

「ノワールお姉ちゃんが、全部言っちゃうからつまんないつまんないー!」


 クロベニがいやいやと頭をふる。

 どうやら予想は正しいようだ

 そろそろ可哀想だし、話を振ってあげるか。


「なぁクロベニ、負の感情って集まって嬉しいものなのか?」

「そうだよー! だってそれが呪いになるんだもん!」


 呪いになるのはいいことじゃない気がするが。

 ……あぁなるほど。

 嬉しいのか、


「お兄ちゃんはねー! だんだん光が嫌になるのー」


 クロベニの声のトーンが低くなる。


「ちょっとずつ、ちょっとずつ太陽や、ろうそく。色々な光るものが嫌になるの」


 ギョッとする。

 気がつけばクロベニに抱きつかれていた俺の腕は、もやにまみれていた。


「家にこもっても、ベッドに入っても、たとえ目をえぐり取っても無駄だよ。眩しくて、妬ましくて、切ないのがずっと続くの。お兄ちゃんの心が擦り切れるまでずっと、ずぅうううっとね」


 けらけらとクロベニが笑う。


「そしたら、きっと楽しいよ。悲しいよ。嬉しいよ。あたしと一緒に遊べるよ。愉しみだねぇ。お兄ちゃん」


 緊張で喉がひりつく。


「それが……クロベニが望む、俺の死に方なんだな?」

「うん! そうだよ! だからねー! ……逃げないでよ」


 上目遣いで俺のことを見るクロベニ。

 ……どうしよう。凄い逃げたい。

 想像以上に惨たらしい死に方を望んでいるようだ。

 ルアネの戦死が可愛らしく見えるな。

 ……でも。


「約束だもんな」

「うん!」

「それじゃあ……守らないとだな」

「本当! ありがとう! お兄ちゃん!」


 カリオトさんを助けるために、自分で選んだ道なのだ。なら受け入れるしかない。

 クロベニがぱぁと顔を明るくした。

 ギュッと俺の腕を抱く力が強くなる。腕にまみれたもやの勢いも増すが。


「話が終わったんだったら、離れたまえよ」


 ルアネがクロベニの首根っこをむんずと掴むと、無理やりと言っていい勢いで俺の腕から引っぺがす。途端にもやが散る。


「ルアネーチャンやめてよー!」

「やめてよじゃあないよ。駆け抜けしようとしてただろう、今」

「そんなことないよー!」


 言い争っている二人をよそに、ノワールがサッと俺に近寄る。


「こんなにもやをつけられて。不潔です」


 腕をパッパと払ってくれる。

 俺は何もしていないのに、怒られるのか……。理不尽だ。


「キエルさんはもう少し、気をつけてください。自分との契約があることをお忘れですか。勝手に呪死じゅししようとしないでください」

「お、おう。すまない。って呪死じゅし?」

「えぇ、あと少しで呪い死にするところでしたよ」

「……マジか?」


 クロベニに眼を向けると、いたずらがばれた子供のように、ペロと舌を出された。

 さっきので死なせていいと思うとか、物騒すぎやしないだろうか。

 油断もくそもないな。気を引き締めないと。

 ぶるっと身体を震わせる俺をノワールは確認すると、スコーと深くマスクの呼吸音を響かせる。


「はぁ。自信満々に契約を持ち出してきたので、死神にお詳しいと思ったのですが違うようですね。死神は人間ではありません。根本で異なります。それをお忘れなきようお願いします。」

「は、はい」


 有無を言わせない勢いで言われた。


「もっとも、呪死じゅしなら何でもないんですけどね」


 ぼそりとノワールが何か言ったが、よく聞き取れなかった。


「ん? なんか言ったか?」

「いえ、なにも。それより次は自分の番ですね。よろしいですか」


 スコーとマスクの呼吸音が響き、レンズが怪しげに光った。

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