1-15 死神は罠におののく

「長々と話してしまったね。依頼されていたスケルトンの討伐も終わったし、帰ろうじゃあないか」

「いや、三つ目がまだだ」


 帰り支度を始めようとしたルアネを引き留める。

 彼女も俺に言われてようやく思い出したようだ。


「? ああ、そういえばあったね。キエルの技術とかなんとか。てっきり戦闘能力のことかと思っていたけれど」

「違う」


 なんでも戦闘に結び付けるな。

 冒険の技術といわれると、戦闘や魔法の花形ばかり連想するが、他にもあるのだ。


「一人でできることだから。そうだな……ルアネは倒したスケルトンの骨を回収しておいてくれないか」


 ルアネに付き添ってもらう必要はないため、他のことをお願いする。

 あからさまに嫌そうな顔を浮かべるルアネ、めんどくさそうだ。


「なんでまた……」

「それがクエスト達成金を受け取るための証になるんだ」

「わかったわ!」


 だがそれも金のことになると、違うようだ。

 金に執着がありすぎないか……。


「さてと」


 集めてもらっているうちに、さっさと三つ目の目的をこなすとしよう。

 ……といっても先ほどの話で、ほとんど達成済みではあるのだが。

 念のための確認をしとくか。


 辺りを見回すと、スケルトンたちと戦った広間の奥に道が一本開かれているのを見つける。

 最深部につながるわけでもなく、かといって宝箱があるわけでもない道だ。それは前回訪れた際に確認済みだ。


 俺が探しているものは……。あった。

 道に入ってすぐの床に、黒のもやが湧いている。

 そのもやを払うと、ダンジョンの明かり代わりになっている水晶が埋まっていた。


 一件、そこら辺に生えている水晶と相違ない。

 だが注意深く見てみると、他の水晶ほど輝いておらず、微妙にくすんでいるのがわかる。

 俺はそれを強く押さないよう、注意しつつ、周囲を掘り出していく。


「キエル終わったよ。って何をしているんだい?」


 思ったよりも早く回収が済んだようだ。

 俺のもとにきたルアネが質問してくる。

 パッと見、結晶を掘ってるだけだからな。

 そりゃあ不可解だろう。

 変な奴だと思われたくないし、説明するか。


「いま掘ってるこれな。罠なんだ」

「罠? これが?」


 ルアネが信じらないと言いたげに眼を見張る。


「あぁ。その証拠を見せてやる……。よっと」


 ガコン


 そんな音がした後、水晶もどきが外れる。隠されていた穴の中は、歯車や糸が敷き詰められていた。

 水晶もどきをバックに入れながら、中を確認する。

 ルアネは唖然としている。 


「……誰がこんなこと」

「あーダンジョンが勝手に罠を作るんだ」

「ダンジョンが?」


 誰かのいたずらだと思っているようだったので、訂正しておく。

 そういえば、ダンジョン初めてだったもんな。


「なんでかはよくわからないんだけどな。ダンジョンって気がつくと罠が設置されてるんだ。解除しても時間が経つとまた作られてるしな」


 なんか学会では様々な論が提唱されているようだが、よく知らない。


「そうなのか……驚いた」

「そうだよな」


 そういいつつ、短剣で慎重に糸を切る。

 すると歯車が異常な速さで錆びていく。


「解除できたのか?」

「あぁ。解除すると自壊するんだ。ほんとどういう原理なんだろうな」


 ダンジョンの神秘という奴だ。


「ちなみに今の罠は、どういったのなんだい?」

「そうだな。起動させないと何とも言えないが……ほら壁に穴が開いてるだろ? そこから煙が出るとかじゃないかな」


 壁には不自然な小穴が開いていた。

 煙以外かもしれないけどな。


「……それは悪質だな」


 おやと思った。

 てっきり、煙ぐらいどうってことがないとかいうかと思ったが。

 元のパーティーメンバーみたいに。


「そうか? たかが煙だぞ。死ぬわけじゃないしな」

「意地悪なことを言うね、キエルは。さっきのスケルトンとの組み合わせが最悪じゃあないか。わかってるくせに、演技がお上手なことだ」


 試すようにすっとぼけてみると、想像以上の模範解答が返ってきた。

 しかも俺が分かってるのもお見通しのようだ。まいったね。


 ルアネの言う通りだ。

 罠だけなら怖くはないが、真に恐ろしいのは、スケルトンとの組み合わせだ。


 スケルトンの群れがいる部屋。

 そこから逃げ出し、一本道に入ったところで、罠が作動する。

 決して広くはない道だ。

 すぐに煙は充満するだろう。

 そこで四苦八苦していると、煙をものともしないスケルトンが道に飛び込んでくる。

 Eランクモンスターといえど、苦しい戦いになるだろうな。


「はは、ばれてたか。というよりそこまで予想がつくのは流石だな」

「ふふん。褒めてくれて結構だよ。とはいえ、本当に凄いのはキエルだろ。罠が視えるとはいえ、罠の内容までわかるとは素晴らしいじゃあないか。かなりの数を解除してきたんだろうね」

「お、おう。わかってくれたならいい」


 自然の流れで褒めたら、それ以上に褒められた。

 ちょっと気恥ずかしい。だが嬉しい。

 そんなこと口にした日には、ルアネにずっとからかわれそうだから言わないけどな。


「ともかくこれで三つ目の目的も果たせた。特に問題ないな」

「あぁ、技術というのは罠の解除方法だったのかい」

「まぁな」


 腑に落ちたようだ。

 冒険には、罠の解除といった技術も必要なのだ。


「身体が強くなったのはいいんだが、それで感覚がズレてたりしたら困るからな。念のため確認しておきたかったんだ」


 繊細な動きが必要なのに、力があふれて制御できないとかあったら大変だからな。

 解除中に誤って起動させたりなんかしたら目も当てられない。


「確かにそれは重要だね」

「理解してくれたようで何よりだ」

「ちなみにダンジョンというのはこういった罠は結構多いのかい?」

「あー、まぁそれなりにはあるかな」

「そうなのか」


 想定外の返答だったようだ。

 ルアネが驚いた顔を浮かべる。



 次に驚いたのは俺だった。

 凄いな。

 罠の本質をよく理解している。

 それも戦いのセンスというものなのだろうか。


「ルアネの言う通りだ。ダンジョンじゃ思ったような戦い方ができずに、死ぬこともあるだろうな」


 ダンジョンにおける罠の恐ろしい点はそこだ。

 罠自体は大したことがないのだ。

 だがダンジョンという環境と組み合わさると、戦闘する前に追い込まれてしまうのだ。さっきの罠みたいに……。


「戦士としてはそれだけは避けたいものだね」

「全くだな」


 なんだかんだ冒険者の強みは、その戦闘力だ。

 それを活かせないまま死ぬのは、それこそ死んでも死にきれないだろう。


 自分が戦えないまま、無惨に死ぬところを想像してしまったのだろうか。ルアネがブルっと身を震わす。

 少し言い過ぎただろうか。

 別にそこまで怖がる必要もないんだけどな。


「まぁそんな思いつめるなよ。俺が絶対罠を解除するからさ」


 俺の眼があればどんな罠だって、おもちゃみたいなもんだ。


「それもそうだね。ふふ、なかなか頼りになるじゃあないか」

「だろ。とりあえず。今日はこれで目的も達成したし、帰るか。レモネードが待ってるぞ」


 途端にルアネが目を輝かせる。


「レモネード! キエル、さっさと帰ろう!」

「そんな慌てると、罠踏むぞ。ほら、足元に丁度」

「ひっ!」

「嘘だけど」

「脅かさないでよ!」


 軽口を叩きながら、帰路につく。

 こうしてルアネとの初めてのクエストは無事終わったのだった。

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