1-12 死神は息を呑み、感動を告げる

「いい天気だな」

「…………そうだね」


 街から出ると辺り一面に広がる草原を、俺たちは歩いていた。

 雲一つない青空だ。見ているだけでも心が洗われそうになる。

 だがルアネの表情は、とても暗い。

 理由はこれから戦う相手がスケルトンだからだ。


「そんなに嫌か?」

「嫌に決まってるじゃあないか。スケルトンってあれだろ。魂を取り終わった後に動く骨のことだろう?」

「散々ないいようだな」


 げっそりとした顔をして、文句をたれるルアネ。

 絵に描かれる死神って骸骨だし、てっきり仲がいいもんかと思ってたんだがな。そうでもないのか。


「そりゃあそうだよ。だってあいつら気持ち悪いじゃあないか」

「気持ち悪い?」

「そうだとも。なんていうのかな。魂が抜けているのに、それでも動いているんだよ。なんだか不気味じゃないか」

「まぁ確かにそうだが」


 そこらへんの感覚は、俺たち人間と変わらないんだな。


「それに強くないし……」


 一番の理由はそれか?

 やっぱり戦闘民族なのかよ。


「なぁあんな弱いスケルトンじゃあ大した稼ぎにならないだろう? 大丈夫なのかい? ドラゴン狩る?」

「何と言おうが、ドラゴンは狩らねぇよ」


 とはいえ報酬金が少ないのを心配するのは仕方ないよな。

 もっとも一番危惧してるのは、レモネードを飲めなくなるかどうかだろなんだが。


「まぁ、金に関しては安心してくれ。ちゃんとレモネードは奢ってやる」

「二杯だぞ」

「はいはい」


 俺の予想は当たりのようだ。

 途端に機嫌がよくなる。

 現金な奴だ。


「それよりも、手ぶらだけどいいのかよ」


 探索が完了され、ある程度の安全性が担保されたので中級と称されるダンジョンへと続く道だ。

 その為俺たち以外にも冒険者が歩いて向かっているのだが、その中で唯一ルアネだけが普段着のままだった。

 冒険者というより、ちょっと街の周囲を散策してる住人といったほうがよさそうだ。


「ふふん。心配ご無用さ。問題ないとも」


 ルアネがドヤ顔で答える。

 まぁここまで自信満々なのだから、何かしらあるのだろう。


 ちなみに俺はギルドから軽装鎧を借りている。

 防具貸し出しはカリオトさんが始めたサービスだ。

 主に低ランク冒険者から大好評だ。Aランクの俺でも利用できる。

 借りた時の職員の顔は忘れられないが。

 なんで、Aランクが? といった感じの疑問符で一杯だったぞ。

 しょうがないだろ。元バーティ―メンバーに全財産を持ってかれたんだから。


 ◇


「ほらついたぞ」


 街から出て数刻ぐらい経ったころ、俺たちは目的地に到着した。

 草原の少し盛り上がった塚に、ぽっかりと横穴が開いている。

 ダンジョンの入り口だ。


「へぇ……ダンジョンって意外と近いところにあるんだね」

「まちまちだけどな。馬車で何日もかかることもある」

「ふーん」


 周りをきょろきょろと伺うルアネ、まるで初めてみたいだ……というよりもしかして。


「ダンジョンも初めてだったりするのか?」

「入るのは初めてだ」


 それは初めてってんだよ。

 ダンジョンなんてそれこそ、戦死の魂がたくさん集まりそうなものだが……。

 召使とやらが主に集めていたのかもしれない。

 それにしても初めてか。


「それなら、きっとこれから楽しいぞ」

「それはいいんだけどね。……すこし人が多すぎやしないかい?」

「まぁ街から近場だしな。仕方がない」


 入り口前で冒険者たちが準備をしている。

 その冒険者を目当てとした、商人なんてのもいるから、軽い市場みたいになってるな。

 これも街が近いからこそだ。


「そんな悠長なこと言ってられるのかい。これじゃあ獲物を横取りされてしまうじゃあないか」

「あぁ、それなら心配いらない。なんたって中は広いからな。それに……」


 あえて話すのをやめる。

 初めてのダンジョン探索なのだ。これ以上言うのはもったいない気がした。


「とりあえず入ればわかるぞ。なぁルアネ。もしよかったらなんだけど、眼をつぶってくれよ」


 すこしいたずら心が働いた。

 せっかくだし、ちょっと驚いてほしい。


「そんな顔してる君の提案に乗るのは、とても嫌なんだけれど」


 顔に出すぎてしまったか。珍しくルアネは慎重だ。


「どんな顔だよ」

「いじめっ子の顔をしているよ」

「そんなわけあるか。いいから信じろって。もやも視えてないし、危険じゃないから」

「本当だろうね。……ほら、これでいいかい?」


 渋々目をつぶりながら、おずおずと手を差し出してくれた。

 喜ぶといいんだが。

 そんなことを思いながら、手を掴むとずんずんと中に進んでいく。


 ◇


「ほら、もうダンジョンの中だ」

「いきなり目の前に虫がいるとかはやめてくれよ」

「そんなことするわけねえだろ。ほら早く」

「信じてるからね……」


 心外な気持ちになりながらも、促すとようやく目を開ける。

 ルアネがハッと息を吸うのが聞こえる。


「うわぁ! きれい!」


 ルアネが感嘆の声を上げる。

 上手くいったようだ。

 素の口調に戻っているが、それを今ツッコむのは野暮だろう。

 俺もあたりを見渡す。

 ダンジョンの中は所々から水晶が生えており、それらが輝くことで、明るく照らされていた。松明も必要ないぐらいの明るさだ。

 俺も初めてダンジョンに入った時は、彼女みたいに驚いたものだ。


「ダンジョンって、いつもこんなに奇麗なの?」


 顔を紅潮させながら、ルアネが尋ねてくる。

 赤い目がとても綺麗だ。

 ドキッとしてしまった。

 人ではないとはいえ、顔は整っているのだ。

 そんな彼女が嬉しそうに顔をほころばせる。

 それを見て少し心が揺れ動くのも仕方ないだろ。


「あ、ああ。ダンジョンによるな。場所によっては全く明るくなかったりするから、事前の情報収集は怠るなよ」

「わかったわ!」


 ……なんか気恥ずかしい。

 ルアネが素直に喜んで聞いてくるものだから、話し方が変わっているとツッコみそびれてしまった。タイミングを逃してしまった。

 ここはいつものルアネを見習うことにするか。

 コホンとわざとらしく咳をし、気を切り替える。


「ほら、なにをぼさっとしてるんだ。さっさとクエストこなしてくぞ」


 俺の態度を見て、我に返ったようだ。


「わ、わかっているとも」


 その割にはきょろきょろしてるのが面白いな。

 思わず笑ってしまった。


「な、なにを笑ってるんだい。初めての経験なんだ。笑うなんて失礼だろ」


 やや恥ずかしそうだ。

 確かに初めてを笑うのはよくないな。うん。

 素直に謝っておこう。


「すまん……ルアネが喜んでくれたようで、つい嬉しくてな」

「……まぁいいさ。それで、私たちはどこに行くんだい? 他の冒険者についていけばいいのかい?」


 どうやら落ち着いてくれたようだ。

 いつもの様子で聞いてくる。

 ルアネの言う通り、他の冒険者たちはダンジョン内に入ると、そのほとんどがそのまままっすぐ進んでいく。

 普通にダンジョン攻略するならそうなんだが……。


「今回はこっちだ」


 俺は彼らが通っている道のはずれにある、小道に進んでいく。

 ルアネは素直についてきつつ、尋ねてくる。


「素直についていくが……彼らが進んでいる道は間違っているのかい?」

「いや、間違えてるのは俺たちのほうだ。ダンジョンの最深部に行くための道はあっちだ。こっちは行き止まり。宝箱もないしな」

「ならなんで……」


 理解できないといった様子のルアネを制しながら、話を続ける。


「まぁ話は最後まで聞けって。確かに最深部に行けば宝箱はあるけど、こんなダンジョンの宝なんてたかが知れてるんだ。それに俺たちの目的は宝とかじゃなくて、他にあるしな」

「他って……金稼ぎだけだろう? なら宝の一つや二つ持ち帰ったほうがいいじゃあないか」


 そういえば、説明してなかったっけか。


「あー、そういえば説明してなかったな。すまん。勿論金稼ぎもあるが、他にもあるんだ」

「……なんで教えてくれなかったのさ」


 ルアネの声のトーンが低くなる。

 あ、拗ねたな。こいつ。


「あー、あとで教えればいいと思ってたんだ。俺が悪かったな。すまん、許してくれ」

「次からは事前に教えてくれよ。パーティーってそういうものなんだろう?」


 渋々といった感じで納得してくれたようだ。


「分かった、約束するよ。それで今回の目的なんだが三つある」

「そんなに?」


 これでも絞ったつもりなんだがな。


「あぁ。一つに金稼ぎ、二つに俺たちの戦闘能力の確認、三つめは俺の技術の確認だな。」

「なるほどね。だからスケルトンなのか」


 お、これだけで合点がいくのか。


「対人戦闘を想定しやすいからだろ?」

「ご名答」


 モンスターの姿は様々だ。ただ全体的には人型のことが多い。

 そういった点で、対人戦闘ができるということは冒険者にとって基本になるのだ。


「戦闘の知識に関しては任せたまえ!」


 ドヤ顔をするルアネ。

 今の気づきの速さを見るに、過言ではないようだ。

 戦死の死神を名乗るだけはあるな。

 彼女はうきうきしている。いち早く戦いようだ。


「いいね。私の槍捌きを早く見せてあげたいものだ」

「槍を使うのか? 俺は持ってないけど……」


 今は短剣だけしか持ってない。


「さっきも言っただろう。大丈夫さ。見てのお楽しみにしておいてくれ。さっきのサプライズのお返しもしたいしね」


 意趣返しと言わんばかりに、ルアネはにやりと思わせぶりな笑みを浮かべる。


「そうか。それは楽しみだな」


 俺たちは小道を進んでいく。

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