1-9 金欠と世間知らずの死神さん

「朝か」


 鳥のさえずりで目が覚める。

 結局ベッドは奪われてしまった。

 床で寝た身体が全身痛……くない?

 ルアネとの契約で強化された身体のおかげなのだろうか?


「まぁ起こしてから聞いてみるか。ルアネ、朝だぞ……って」


 驚愕。

 ベッドは戦場と化していた。

 どう暴れたら、こんなにシートが乱れるんだ。というより寝る前の頭と足の位置が、まんま反対になってるぞ。


「でへへ……私は偉いんだぞぉ」


 よだれを垂らしながら、寝言をいうルアネ。

 その姿からは全く偉そうだと感じない。

 むしろだらしない。


「とりあえず……起こすか。おい、ルアネ。朝だぞ~起きろ~」

「ん~~。もう少し寝させてよ……」


 声をかけてみるが、全く起きる気配がない。

 枕を抱きかかえると、また寝ようとする。


 ぽよん。


 カリオトさんほどではないが、それでも大きい分類に入るルアネの乳が揺れる。

 思わず目線が……といかんいかん。


「ならいい。お前のこと置いて、朝飯食ってくるからな」

「はい、今すぐ起きます! 今起きましたから! 待ってってばー!」


 なら最初から素直に起きとけ。


 ◇


「質素なパンだが、なかなかどうして美味しいじゃあないか」


 宿を出る際、何を勘違いしたのか「ゆうべはお楽しみでしたね」と宿屋の人に言われ、ルアネが真っ赤になるハプニングなどがありつつ。

 俺たちは朝市で購入した朝食のパンを食べ歩きしていた。

 歩きながら食べるなんてはしたない。恥を知りなさい!とかルアネが言い始めたらどうしようかと思ったが全くの杞憂だった。

 どころか俺の二倍くらいのパンをほおばっている。

 勿論、俺のなけなしの金だ。


「質素は言いすぎだろ、ったく。そうだ。聞きたいことがあるんだが」

「ん? なんだい」

「床で寝ても痛くなかったんだが、あれも契約のおかげなのか」


 先ほど聞けなかったことを確認すると、ルアネは頷く。


「そうとも、身体の調子もかなりいいだろう?」

「あぁ言われてみれば……」


 肩のコリや、昔の古傷などの痛みがなくなっている気が……。


「戦士に病気で倒れてもらっちゃあ困るからね。すこぶる健康な身体にさせてもらったよ。これからは病気にも罹ることもないさ」


 そりゃ医者泣かせな、ありがたい身体だ。


「これで気兼ねなく戦いで死ねるってもんさ」

「お、おう」


 簡単に言ってくれるな。

 死ぬのは嫌なんだが。


「まぁそんな先のことはひとまず後回しにしてさ。今日の話をしようじゃあないか。というわけでキエル、この後はどうするんだい?」

「そうだな。まずはギルドに行って、カリオトさんの無事を確認しに行こうと思ってる」

「なるほど、昨日助けた彼女の無事を確認したいということだね」


 半分正解で、半分外れだ。


「それもあるんだが……」

「あるんだが?」


 悲しい現実と向き合わなければならない。


「金がない……具体的には、今の食事でほぼ底を尽きた状態だ」


 数日くらいは余裕があるかと思われていた金は、すぐに消えていった。

 主にルアネのせいだ。

 こいつ当たり前な顔して、俺からたかるからな。

 あらゆる費用が二倍だし、食費に限れば三倍ぐらいになりそうだ。

 このままでは、今日のメシは先ほど食べたパンだけになってしまう。

 だから今すぐクエストで稼がなければならない。


「……なるほどね」

「…………なぁ」

「な、何かしら」


 化けの皮が剥がれつつあるルアネがいまだに持っているパンを指さす。

 彼女はビクッと身体を震わす。


「この際宿代はいい、でもよ。昨日の昼から今日の朝までのメシ代については払ってもらおうか」


 ルアネは汗でびっしょりだ。

 理由は明らか。彼女は一銭も金を持ち合わせていないのだ。

 にこやか……いや、頬が引きつってるな。

 ともかくなんとも言えない笑みを浮かべ、上目遣いをしつつルアネはいった。


「……あれだ。前から思っていたんだけどね、キエルって……イケメン。そう、英雄にふさわしい顔をしているじゃない。よく言われない?」

「お前なぁに媚売ってきてんだ! しかもへたくそだしよぉ! ふざけんな! 食った分働けよ!」

「わかった! わかったから! 働くからぁあああああああ!」


 街の喧騒よりも大きな悲鳴がこだました。


 ◇


「それで私は何して働けばいいんだい?」

「そうだな……そういえばルアネって何ができるんだ?」

「戦ったり、戦ったり、戦ったりだね」

「戦う以外にはできないのかよ」


 戦闘民族かよ。


「戦死の死神だから別にいいの!」

「わかったわかった」


 そういうことにしといてやる。


「まぁなら、俺と一緒に冒険者として働くのが一番じゃないか」


 俺としてもパーティーが必要だったしな。いろいろと都合がいい。

 ルアネが首をかしげる。


「冒険者ねぇ」

「なんだ嫌なのか?」


 冒険者なんて戦いばかりだから、ルアネにおあつらえ向きな職だと思うんだけどな。


「いやそういうわけじゃあないんだけれどね。その、冒険者にはどうしたらなれるんだい?」

「それは……ギルドに行けばなれるが」


 なにを当たり前なことを。

 だが相変わらず、ルアネは困惑そうな顔を浮かべていた。


「ギルド? そのさっきから言っているギルドって一体なんだい?」


 ……マジかよ。


「まさかだけど、冒険者ギルドのことを知らないのか?」

「ふふ、その通りさ」


 なんでドヤ顔なんだよ。

 驚くべきことにルアネは冒険者ギルドを知らなかった。

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