1-5 戦死の契約

「カリオトさんが、今日の夜死ぬ?」

「そうだと言っているじゃあないか。何回目だい、その呟きは」


 俺は信じられず何度も同じことを口にし、その度にルアネに肯定された。

 彼女がウソをついているとは到底思えなかった。

 説明はできないが、妙な説得力を感じたのだ。

 頭を抱える。


「おい、それってどうにかできないのか」


 突っ伏したまま、ダメ元で聞いてみる。

 きっと断られるだろう。

 この手の民話は往々にして、死からは逃れられないものとして書かれている。

 現実ではどうにかなりますなんて、甘い話あるはずがない。

 だが、それでも聞かざるを得なかった。

 それだけカリオトさんに死んでほしくないのだ。


「うん? できるよ」

「そうか、できないのか……って?」


 できんのかよ。

 思わず頭を上げ、ルアネの顔を見てしまう。


「うわキm……ごほん、彼女を死なせたくないんだろう? それならどうにかすることができるよ」


 あまりの速さにルアネは若干、いやかなりドン引きながら答える。

 ゴキブリを見つけたような顔をされると傷つくんだが……。

 しかし今はそんなことどうでもいい。


「ど、どうすればいいんだ」 

「私と契約を結んだら教えてあげよう」

「契約?」

「そうさ。別に私のような存在との契約を聞いたことがないわけでもないだろう?」

「そりゃあ聞いたことはあるけどよ……」


 契約。

 特別な買い物をするときや、ギルドの依頼を受ける時にも契約を結ぶが、ルアネが言っているのは儀式としてのものだろう。

 人間は人外の存在と契約を結ぶことがある。

 身近なところでいえば、召喚術師たちだ。

 彼らは自分の魔力を与えることで、魔物や精霊を召喚する。

 このように何かを差し出すことで、人ならざる者の力を得ることができるのだ。


「彼女の運命を変えたいなら、契約が必要だね」

「なら契約内容を教えてくれよ」


 契約をするときは、まずは疑え。

 冒険者に伝わる言い伝えだ。

 騙されて、一生を狂わされる冒険者も多い。

 内容を確認するのは当たり前だった。


「それは秘密だ」

「はぁ!?」


 なんだそれは。

 どんな契約か秘密だなんて、あまりにもひどい。

 騙すつもりの悪魔でも、もう少しまともなことをしてくるだろう。


「なんで教えてくれないんだよ」


 思わず文句を言うと、ルアネはやれやれと肩をすくめる。


「あのね。どうやら勘違いをしているようだから言わせてもらうけどさ。確かに私たち死神は人間を襲うことはないよ。でも人間の味方というわけでもないのさ。だから教えてあげる必要はないのさ」


 敵ではない。だからといって肩入れはしない。

 これが死神のスタンスのようだ。


「……決して、決して私の裸を見たことを根に持ってるわけじゃない」


 おい。


「見せてきたのはお前だろうが!」

「違うもん! 見てきた人が悪いんだもん! ともかく、ダメなものはダメなんだもん!」


 コイツ!

 嘘だ。絶対根に持ってやがる。


「……ごほん、それでどうするんだい? 契約はしてくれるのかな? それなら私と握手してもらおうか」


 ルアネは譲る気はないようだ。

 これ以上の話し合いは無用と言わんばかりに、手を差し出してくる。

 あぁ、もうしょうがねぇ。

 俺は手を取る。ひんやりと冷たかった。


「へ?」


 ルアネが拍子抜けしたような表情を浮かべる。


「なんだよ。これで契約を結んだことになるんだろ。さっさとカリオトさんを助けるために行動しようぜ」

「あ、あぁ。そうだね」


 何か言いたげだ。


「なんだよ。言いたいことあるなら、言ってくれ。答えるから」

「いや、別に大したことじゃあないんだけどね。随分な即決だったけれど、いいのかい。だいたい彼女を救う必要なんてないじゃあないか」


 なんだそんなことか。


「救う必要はねぇけど、それは救わない理由にはならねぇだろ」


 奢ってくれたレモネードの恩も、俺を立ち直らせてくれた恩も返せてない。

 それにあの巨乳が失われるのは、人類の損失だ。

 流石に口にはしないけど。


「契約内容については怖くないのかい?」

「それこそ考えても無駄だろ」


 教えてくれないんだからな。


「まぁただ俺はルアネのことを信じてるぜ」


 とはいえある程度の予想は立てる。

 まぁこのポンコツっぽいルアネのことだ。

 大した内容じゃない気がするんだよな。

 毎日レモネード奢るとかで済むような気がする。


「んで、これで終わりか?」


 その割には何も変化がないような気がするが。

 ルアネはなんとも言えない表情を浮かべ、返事をよこさない。


「おい、なにぽかんとしてるんだ」


 もう一度せかすと、彼女はくつくつと笑い始める。

 どうやら笑うのをこらえていたようだ。

 変な奴だ。


「何かおかしいこと言ったか?」

「いやいや、なんでもないさ。いやぁ、キエルは大した人間だよ。その眼も含めて――ぜひとも、君が欲しくなった」


 ルアネの全身から突如黒いもやが湧き、俺たちを包み込む。

 黒いもやで覆われているため、暗く何も見えない。

 だというのに、ルアネの爛々と輝く赤い眼だけは視ることができた。

 彼女の声が響く。


「栄光あるシュバルツ家の一員……ルアネが君に祝福と――そして運命を授けようじゃあないか」

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