第13話

 寝間着姿のアーリは、ソファーでいびきを立てながら寝ているバレントの腹に飛び乗った。少女とはいえ、六歳児の重さが急に腹に落とされたのだ。バレントはうぐっと小さい声を上げて、体を強張らせた。

「ばれんと、おきてー!」

「んっ……んん、どうした……」

「かりに、いくよ!」

 アーリはバレントを起こそうと、毛布を剥ぎ取ってバレントの着ているシャツを掴んで、彼の体を大きく力一杯揺さぶった。

 バレントがゆっくりと目を開けて、古ぼけた壁掛け時計を見ると、時刻はまだ四時を回った所だった。

 薄いカーテンに覆われた窓の外は、まだ陽も昇ってもいない。冷たくしんみりとした夜の暗がりが広がっていた。

「あ……アーリか」バレントは寝ぼけ眼を擦った。「早起きだな……顔、洗ってこい。あと着替えもな。寒いから上着を忘れないように」

「うん、いってくる! ループは、おきたよ!」

 アーリは寝癖で跳ね上がった金髪を振り回しながら、廊下へ走り出して行った。

 バレントはその背中を見送りながら、なんとか目覚めようと首や肩を回しながらキッチンへ行く。コンロの上の戸棚から缶に入ったコーヒー豆を取り出し、蓋を開けて鼻を突っ込んだ。豆のままの香ばしい匂いで一度深呼吸をすると、蓋に中身を少し取り出し、コーヒーミルで粉状にしていく。マキネッタに水と粉をセットすると、火にかけた。


 廊下をドタドタと走る音に続いて、ベッドルームからループの眠そうな声が聞こえてくる。

「早い……ぞ、アーリ……」

「るーぷ、おきるよ」

 寝癖をすこし整えた少女は、自分の三倍以上もある大きな狼をヘッドロックしながら、リビングまで引っ張ってきた。

 茶色い羊毛のコートに黒のロングパンツ、茶色っぽい革のブーツを履いて、アーリはもう準備万端と言った顔で、キッチンにいるバレントへ向けて叫んだ。

「ばれんと! いこ!」

「まぁ、落ち着け」バレントはコーヒーをカップに注ぎ入れた。「オレンジジュースとパンがあるから、食べたら行こう」

 そう言ってバレントはアーリのために食事を並べた。

「いただきます!」

 アーリはそれを普段よりせこせこと頬張り、オレンジジュースを飲み干した。


 木々の切れ間から登り始めた太陽が顔を出した。真っ暗な空が、馬を進めるごとに段々と明るんできた。周りが見渡せるようになると、バレントはランタンの灯りを消す。

 馬のすぐ隣を駆けていたループは、バレントにアイコンタクトを取ってから、速度を上げて木々の間を飛び跳ねる様に距離を開けていく。


 季節はすでに春だというのに、デュランの森の奥深く、山の麓辺りにはまだ溶けきっていない雪が残っている。冷たい空気が馬に乗るバレント達の肌を撫で、ピリピリとした感覚を残す。

 バレントは大きな木の下で馬を留めて、アーリを降ろしてやった。

「アーリ、いいか? 道中でも散々言ったがループか俺の近くにいる事。あとは怪物を刺激するような——」

「おおごえは、ださないこと。おれのしじには、したがうこと」

 本当に口を酸っぱくして言われていたのだろう、バレントが言い終わる前に、アーリは先回りしてそう言った。

「そうだ。生きて帰ることが狩猟の基本だ。それだけは忘れるなよ」

「わかった」

 バレントは鞄に取り付けられたライフルを外し、鞄から黄色のクリスタル弾頭が取り付けられた金色の銃弾を二発取り出すと、一発をライフルに入れ、一発を胸元のポケットに入れた。ライフルを再び鞄に取り付けると、今度は反対側に差していたショットガンを抜いた。鞄からシェルを六発取り出すと、二発を銃に込めて、残りをハンティングジャケットのポケットに仕舞い込んだ。最後に太腿にナイフホルダーからサバイバルナイフを抜き、刃先を確認するとすぐにしまった。


 バレントの表情は穏やかだったが、目はすでに獲物を捕らえる鷹の様な鋭い目つきをしていた。

「よし、ループが獲物を探している。ゆっくり行くから、後ろから付いて来い」

 普段の優しい口調からは考えられないほど、バレントの言葉は淡々としていた。それはバレントが初めてアーリに何かを強い口調で命令した瞬間でもあった。それほどまでに神経を安全に割いているのだ。

 アーリは小さく頷いて見せると、歩き出したバレントの一メートル後ろを静かに付いていく。そんな彼女の表情も一時間ほど前にバレントを起こした時やバレントに狩猟の同行を申し出た時よりも、数段真剣な物に見えた。

 前を歩くバレントは注意深く周囲を観察しながら、雪山と森との境目の道無き道を進んでいく。決して歩きやすい道ではなかったが、幼いアーリも遅れを取らない様に後ろを付いていった。

「大丈夫か?」

 バレントは立ち止まって後ろを振り返り、少し息が上がっているアーリに優しく声を掛けた。

 アーリは頷くと、息を静かにふうと吐き出した。

 

 十五分ほど、森の奥へ進んでいく。

 そして、バレントは何かを若草の間に見つけてしゃがみ込むと、アーリに手招きをした。

「これは怪物のフンだ。どういうことか分かるか?」

「……ちかくにいる?」

「そうだ、しかもまだ比較的新しい。かなり近くにいた、もしくはまだ付近にいるって事だ」

 バレントがそういうと、アーリは黙ってコクコクと頷いた後、そのフンをジッと見つめた。

「むむじか、かな? ころころしてて、べりーが、まざってる」

 アーリの六歳児とは思えぬ洞察力に、バレントは心底驚き、感心した様な表情を浮かべた。

「……正解だ、本当に、本を読み込んだんだな」

 バレントの褒め言葉を受けて、少し嬉しそうな顔をしたが、すぐに狩りに意識を戻して、真面目な顔に戻った。

 背後から聞こえた雪を踏みしめる微かな音に、バレントは振り返るとループがそこに居た。

 彼女は無言で道の先を首の動きで示し、音を立てない様に静かに歩き出した。付いて来いという意味だ。

 コクリと頷き、バレントはループの後ろを付いていく。

 アーリも静かに、そろそろと後ろを付いていく。

 

 彼らの進む先は少し登りの傾斜だった。まるで春と冬の間であるかの様な残った雪と若草の境界線を、二人と一匹は静かに歩いていく。風は正面から吹き付けて、彼らの髪や体毛を靡かせ、後ろへと去っていく。

 ループが木の裏に入ってしゃがんだのとほぼ同時に、バレントはアーリの方を振り返り、口の前で人差し指を立てて見せた。アーリがそれを見て無言で頷くのを確認すると、今度は姿勢を低くして木の影に入った。  

 アーリは真似して、木の幹に隠れる様に身を屈めた。


 彼らの向いている百メートル先には、体長二メートル近い、焦げ茶色の鹿が木々の間をゆっくりと移動していた。長い羊のようなもじゃもじゃとした体毛を引き摺りながら、雪を踏みしめると、足の先から毛皮の色が白く変化していく。どうやらこの個体は地面の色に合わせて体毛を変化させるらしい。

 枝分かれし、複雑に絡み合う二本の角を支える首は、かなり太く筋肉質だった。角の間に埋め込まれたクリスタルはごつごつと大きく、透き通った白色だった。

 クリスタルとして、白はかなり珍しい。赤、青、黄などの属性持ちではなく、白は特殊な能力を有しているのだ。特殊は怪物によってよりけりだが、ムムジカと呼ばれるこの怪物は、他の怪物からの捕食対象になるためか、擬態の能力を有しているらしい。


 狙っていた獲物とは違うが、それを見つけたバレントは無言で、鞄からライフルを抜いてセーフティを解除し、木の陰から照準を覗き込む。静かに息を吐いて、静かに息を吸う。揺れていた照準が身体の動きと一緒に止まる。

 怪物は地面に向けて鼻をヒクつかせている。山の上から吹き下ろす風だ、バレント達のことには気付いていないらしい。

 数秒の静寂。引き金と、火薬が弾ける音。

 耳を塞いでいたアーリは、発砲音と共に身体を震わせた。

 怪物はその巨体を痙攣させ、その場に膝から崩れ落ちる。


 それを確認して一番最初に動いたのは、ループだった。怪物の近くに駆け寄って、ムムジカの動きが停止したのかを確認するためだ。

「……バレント、平気だ」

 ループが叫んだ。

 バレントはふうと、息を吐き出して銃を降ろした。銃口からは薄い煙が、天へと伸びていく。

 銃を背負うと、バレントは小走りで倒れ込んだ怪物の方へ近づいていく。

 アーリも置いて行かれまいと、細い足を力一杯動かした。


 近くに寄るとムムジカはまだ浅く呼吸していた。長い毛皮は地面の色に染まる。緑と白のまだら模様だ。

 バレントはナイフを抜くと、柄の人差し指が当たる部分のスイッチを押し込んだ。刃の根元に埋め込まれた赤いクリスタルから熱が伝わり、刃全体が赤く熱を帯びた。


「……しんだの?」

「いや、さっき打ったのは、エレキクリスタルを使った弾だ。電気を流し、感電させて獲物を仮死状態にする」バレントは、弾がめり込んで少し血が流れ出している獣の左前足の付け根を指差した。「クリスタルを抜くと怪物は死ぬんだ。その後に血を抜いて持って帰る。わかったか?」

 バレントはそう言うと怪物の頭に近づいて、熱気を放つナイフで、白く濁ったゴツゴツした水晶の周りをえぐり取る様になぞった。

「ありがとう」バレントは一週なぞり終わると、クリスタルをもぎ取った。「ホワイトはかなり貴重で高値で売れるんだ」

「うん、しろのやつ、みたことない」

 バレントはナイフで水晶に付着した肉片をこそぎ落とし、綺麗にした直径二十センチほどのそれを鞄に仕舞い込んだ。

「かなり最近発見されたからな、まだ図鑑には載っていない新種だ」ナイフをホルダーに戻して、怪物の右足を掴む。「よし、引っ張っていくぞ。」

 ループが逆の足を噛むと、バレントとループは協力して、怪物を雪の上まで引き摺って行く。

「血抜きをする前に、氷でも水でもなんでもいいから獲物の体を冷やす」バレントはホルダーから、先ほどとは別のナイフを抜き取って、獣の首元にかけた。「……苦手だったら、目を瞑るか後ろを向いてろ」

 バレントの言葉に、アーリは首を横に振った。見るということだろう。きっと子供ながらに、生き物を殺すと言う事に責任を感じていたのかもしれない。一瞬も迷わずに決断を下したアーリの覚悟に、バレントとループは頷いた。

「ぜんぶみるっていったもん」

「そうだったな、じゃあいくぞ」

 バレントはまだ暖かい獣の首の太い血管を、人差し指と中指で探り、ナイフを押し当てて手際よく切り込みを入れた。鮮血が泉のように溢れ出し、バレントの指を、そして怪物の茶色の毛皮を伝って真っ白な雪の上に染み込んでいく。

 アーリは初めて生き物の死を見た少女とは思えない程、落ち着いていた。嫌悪の表情を浮かべることもせずに、ひたすら真剣にその怪物の死に向き合っている。


 その傍らにいたループは急に鼻をヒクつかせ始めた。頭を左右に向け、何かの匂いを追っている様だった。

「どうした、ループ」

「……バレント、何か近づいて来ているぞ」危機迫る声を上げた。「呼吸が荒い、興奮しているようだ。木をなぎ倒しながら、こちらへ向かってきているぞ」

 バレントはナイフを捨て、怪物を諦め、アーリを持ち上げた。そして、ループが駆け込んだ付近で一番太い木の裏に隠れ、アーリを降ろした。

「絶対に喋るな。呼吸も静かに」

 厳しい口調で少女に言いつけた。

 アーリは頷く。

「……何匹だ?」

 バレントは鞄からショットガンを抜いて、息を潜めた。

 地面が怪物の歩いてくる振動をバレント達の足に伝えた。木をへし折る音が耳に届く。


 ループは目を閉じて感覚を研ぎ澄ませていた。目を開けると、静かに答えた。

「二匹……いや、一匹だ。かなりデカイな、爬虫類。毒性の匂いもする」

「……最悪だ」バレントが深い溜息をつくと、真っ白な息が吐き出された。「グラキベドムか。この日に限って」

「やり過ごすか? それとも逃げるか?」

「様子を見よう、きっとムムジカが狙いだ」

 バレントは再び静かに頷く。アーリはしゃがみ込んで静かに呼吸していた。


 地響きと太い木々の折れる音が近づいてくる。地震かと思うほどの揺れに、辺りの木々が生きているかと思うほど動き始める。

 バレント達の周りの空気が、肌を切り裂くほど冷えていく。まるでこの場所から、世の終わりが始まったかの様にさえ錯覚する。


 バレントが木の陰から覗くと、彼らが上がって来た方向とは逆から、怪物が近づいてくるのが見えた。トカゲの様な、それでいて巨大な胴体。そこから二又に分かれて伸びる蛇の様な頭部と、それを支える大蛇の様な二本の長い首。二つの頭を振り回し、進路を妨げる大小の木を薙ぎ倒し、怪物は熊の様な怪物の死体へ突進する。

 体全体を覆う菱形で青色の鱗一枚一枚が、ナイフの様に尖っていて、さらに返しが付いている。ギョロギョロと辺りを見渡す無数の黄色い目玉。頭部に埋め込まれた青と緑の巨大なクリスタルが、怪物の首の動きと共に陽の光を受けて、不気味な色の影を地面に落とす。

 だらしなく開けた口からは、怪物の体内の冷気が溢れ出して、鋭い牙から滲み出た緑色の液体を、氷柱に変えて地面に落とす。

 グラキベドム。神話に出てくる二股の蛇のような怪物。この肉食の大型爬虫類は、逃げる獲物を追いかける習性があるため、バレント達は逃走という選択肢を取る事ができなかった。


 二人と一匹の呼吸が浅くなる。冬と春の狭間。


 双蛇頭の怪物は血の匂いの元を発見し、どたどたと地面を踏みつけ、体をくねらせて近づいていく。両方の頭が倒れこんだムムジカの両端に噛み付き引っ張り合って、雲を千切る様に簡単に真っ二つに引き千切る。そのまま上を向いたかと思うと、それを丸呑みにした。獲物が通って太くなった箇所が、少しずつ体の方へ移動していく。豪快な男の様な食事姿であった。

 怪物は奇声をあげる。それは食事を摂って満腹で満足したもの、とは言い辛かった。


 バレントはショットガンを握る手に、さらにぐっと力を込めた。

 辺りを冷たい目で見渡し、更なる獲物を求めているようだ。そして、バレント達の隠れている木を睨みつけた。首を歪な角度に曲げ、ぬめぬめとしたY字の舌を、交互にチョロチョロと出した。


 耳を劈くグラキベドムが木の方に近づく一歩を踏み出した瞬間、ループは木の裏から飛び出し、大蛇の首に飛び付いた。分厚い鱗の隙間に、牙を食い込ませ、顎と首の力で肉片を嚙み千切ろうと藻掻く。彼女の鋭い爪と牙から緑の液体が染み出し、銀色の毛皮を鮮やかな緑に染まっていく。

 噛まれた場所からは赤い血が染み出し、緑と混ざった禍々しい色の液体が、怪物の鱗の溝を伝って地面に落ちていく。

 怪物は首を振り回して、どうにか狼を引き剥がそうとする。

「アーリ、下がれ!」

 バレントは震えているアーリの肩を押して、坂の下にある別の木を指差した。

 アーリは頷くと走って坂を下っていく。恐怖に足は震え、転びながらも必死に駆け出した。


 バレントは振り返ってショットガンを構え、暴れる怪物の首に狙いをつける。

 大蛇はループに首を絡め、その体を締め付け始めた。尖った鱗一枚一枚が摺り鉦のようにループの体を傷付ける。

 痛みに負けず、さらに顎に力を込めて牙を蛇の首へと食い込ませた。肉片を鱗ごと噛み千切ると、ループはそれを吐き捨てる。怪物の力が抜けた隙に拘束から抜け落ち、距離を取った。

 バレントはそれを見逃さずに、取れかけた怪物の首を狙って二発の散弾を打ち込む。

 乾いた破裂音が辺りに響く。

 空中で破裂したシェルから、五ミリほどの小さな赤い球体がばら撒かれ、怪物の首の付け根に着弾する。爆炎が球体一つずつから起こり、怪物の首の筋肉を弾けさせた。残った肉片と皮、鱗を二発目が抉り取った。

 長い首は数秒宙を舞った後、地面に叩き付けられた。大量の血液が地面の首から、そしてそれがくっ付いていた胴体から流れ出て、大きな血溜まりを作る。落ちた首はうねりを止めず、ばたばたと躍動を続けた。

 怪物は痛みに抗うように、金切り声をあげる。弾け飛んだ首があった箇所からは、スウスウと空気が漏れる音だけが、不気味な笛の根の様な音のみが通り抜けている。

 その様な状態でも、怪物はまだ生命を諦めていない。残した首を千切れんばかりに振りかぶる。

「避けろ!」

 怪物は残った首を振り回し、蟻を払う様にループを薙ぎ払う。

 ループはそれを軽々と飛び越え、怪物の背中に飛び乗って、鋭い爪を突き立てた。緑の液体が傷ついた鱗の間から怪物の体に染み込んでいく。

 バレントは少し距離を離し、薬莢を捨てもう二発シェルを込めた。

 怪物は一際甲高い憎しみの籠った奇声をバレントとループに向けた。大きく開けた口腔内から、緑の液体を大量に分泌させ、空中でそれを凍らせて、無数の毒氷柱を首を吹き飛ばした男に飛ばす。

 バレントはそれを避けようとする。が、無数に飛ばされた毒氷柱の一本が彼の右脚を、ジーンズの上から掠めた。

「……クソがッ!」

 バレントは体勢を崩しながらも引き金を引いた。銃口は怪物が大きく開いた赤黒い口の中に向けられている。

 二発の散弾は怪物の頭に着弾し、木端微塵に吹き飛ばした。

 弾け飛んだピンク色の肉片と赤黒い血、頭の緑水晶がバラバラになって飛散した。頭を失った怪物の胴体はもげた首の様に、しばらくはピクピクと動いてはいたが、徐々に力が抜けていく。

 怪物の四肢からは力が抜け、ドスンという音ともに地面が揺れる。


「やったか!」ループはバレントの元へ走り寄る。「大丈夫か、バレント」

 バレントは静かに頷き、怪物の体が完全に静止するのを見届けた。その後、鞄から小瓶を取り出して、中に入っていたジェル状の液体を、割けたパンツの上から傷口に乱雑に塗りつけた。

「ぐっ……い、医者には行くが……今は大丈夫だ」

 アーリはバレントが鞄の中に薬を戻すのを見て、木の陰から駆け寄ってきた。

「ばれんと、るーぷ!」心配そうにバレントに抱きつく。「へいき?」

 バレントは額の冷や汗を拭う。心なしか顔から血の気が引いていた。

「ああ……アーリは大丈夫か?」

 バレントは小さく頷くと、鞄から包帯を取り出して傷口に強く巻きつけた。

「う、うん。こわかった……けが、だいじょうぶ?」

「ああ、グラキベノムの毒はそこまで強くないからな」バレントは鞄を担いで立ち上がる。「鱗と牙を剥ぎ取って帰るぞ。ちょっと待ってろ」

 アーリは立ち上がったバレントを見て、安堵の表情を浮かべた。そして倒れ込んだ怪物に近づいていくバレントの背中を見届けた。

 バレントは怪物のゴツゴツした背中を軽く蹴った、生存確認だ。

 衝撃でブルリと肉が揺れるだけで、それ以外はピクリとも動かなかった。

 

 バレントはショットガンを鞄に差し、ホルダーからヒートナイフを抜いた。スイッチを押して真っ赤に発熱するのを待ってから、手の平大の怪物の鱗に突きつけた。

「待て、バレント!」

 ループが何かを感じ取って叫んだ。

 バレントの体は跳ね上がる。ナイフを怪物の体に突き刺し、ショットガンに手をかけた。

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