第12話

 リード川の上流は水の流れが森を削り取ったように、青々と茂る春先の木々に囲まれていた。流れは穏やかに、山から湧き出る透き通った水をせっせと下流へと運んでいる。

 川原には水が運んできた、白っぽい灰色の丸石が敷き詰められている。川のせせらぎと時折鳴く獣の声、魚が跳ねる音。それらが混じり合って川原にいるバレント達の耳に届く。


 彼らは川付近で馬を止め、焚き火を焚きながら、まだ少し肌寒い春先の河原で魚釣りを楽しんでいたのだった。

「おさかなさん、いるかなぁ?」アーリはゆっくりと穏やかな川の流れに身を乗り出して、覗き込んだ。「あ、とんだ! ループ、おさかな、いるよ!」

 それを合図かのように、青っぽい色の魚が一匹川の流れに逆らうように飛び跳ねて、水しぶきを上げた。

 それを見ていたループは、アーリが川に落ちないようにすぐ後ろで、少女の茶色いジャケットの裾を軽く咥えた。


 火を起こしたバレントは、釣竿を二本持って、アーリ達に近づいてきた。

「バレント、なにそれ? なにするもの?」

「これはな、お魚を捕まえるためのものだ。やってみるか?」

「うーん……」アーリは少し悩むフリをした。「やる! たのしそう!」

「ああ、楽しいぞ?」そういうとバレントは、アーリに釣竿を差し出した。「アーリ、釣竿をしっかりと持ってるんだぞ?」

 バレントはアーリの小さな手の中に、二メートルほどの竹製の釣竿を握らせた。かなり長いが、軽量で少女でも十分に支えられる。

「うん」アーリは川縁の大きな岩に尻を付いて座り、楽しそうに首を振っている。「おさかな、つれるっかな〜、おさっかな〜」

 バレントは川の真ん中ほどに投げて竿を地面に突き刺すと、同じようにアーリの釣竿も投げてやった。

 楽しそうにしているアーリを見て、ループも尻をついて座り、バレントに話しかけた。

「……アーリは、魚が嫌いじゃなかったか?」

「だから、連れて来てみたんだ。自分で釣ってみたら、食べれるようになるかもしれないからな」バレントは釣竿を持っているのとは反対の手で、まだ重たい瞼を擦った。「魚類に超変異の影響を受けた種は、今の所少ないからな。原種の味を楽しめる食材なのに、食べれないのは勿体ないだろ?」

 ループはそんなものなのかと、小さく頷いて二人の後ろでぼんやりと、穏やかな川の流れを眺めている。

 後ろには木がパチパチと燃える音が聞こえ、前からは水の流れる音と魚が時折跳ねる音がする。街とは全く違う、穏やかな空気が流れている。


「ループはおさかな、すき?」

「ん、そうだな……あまり食べた事はないが、嫌いではなかったな」

「アーリはね、きらいなの!」

「食べた事はあるのか?」

「うんとね……わかんない!」

「そうか」ループは右腕で、尖った耳の後ろを撫でた。「釣れたら食べてみるのか?」

「きらいだけど……」

 彼女が何かを言い終わる前に、アーリの持っている竿がグイと引っ張られてしなった。

 少女は何をすればいいのか混乱してしまい、あわあわと釣竿を握ることだけで精一杯のようだった。困り切ったアーリはバレントに視線を向ける。

「リールをゆっくり巻いてみろ」

 バレントは空中でリールを巻き上げるジェスチャーをして、釣竿に手を添えてやった。

「うん、やってみる!」

 アーリはバレントに言われた通り、ゆっくりとリールを巻いていく。六歳になったばかりの少女にはかなり重たそうだがバレントもループも敢えて、たまに竿を引いてやる以外、ほとんど何もせずアーリの初めての釣りを見届けた。

 二分ほどアーリがリールを巻き続けると、水面がバシャバシャと沸き立ち始め、だんだんと釣り糸の先に付いた獲物が近づいてくるのが見えた。

「いいぞ、もうすぐだ。しかも、かなりの大物だぞ!」

「お、おもいよぉ!」

「大丈夫だ。ゆっくりな」

 バレントは素早く釣り糸の先へと手を伸ばした。

 針に掛かった魚は、最後の抵抗をしようとさらに激しく暴れるが、バレントは御構い無しにそれを引き上げた。

 銀色の鱗がまだ弱々しい陽の光に照らされて、キラキラと輝いた。六十センチほどのかなり大きな魚が、その体をくねらせていた。

「よし獲れたぞ、すごいじゃないかアーリ」

「おー! やったぁあ!」

 アーリは手を上げて、楽しそうな顔で笑い、地面の石を蹴り飛ばしながら跳ね回った。

 バレントは魚の口に指をかけ、アーリの方に差し出した。

「魚、食べてみるか? そこで捌いて焼いてやるぞ」

「う……ん」

 悩んでいるアーリに、ループは少し意地悪に声をかけた。

「別に食べたくなければいいんだぞ。私とバレントで食べるからな」

「た、たべる! ずるいもん」

 バレントは見栄を張っているアーリに笑い、そして優しく声をかけた。

「そうか。よし、じゃあ捌いてやるから、少し待ってろ」

 バレントは自分の釣竿を置いて、焚き火の方へと歩いていった。ポケットからナイフを取り出し、魚を綺麗に捌き始める。


「ば、バレント、もういっぴきつれた!」

 アーリの元気な声が聞こえたかと思うと、彼女がピチピチと跳ねる魚と持ってきた。先ほどよりもひとまわり小さい同じ種類の魚が、少女の手の中で体をよじらせている。

 バレントは焚き火の上に網を引いて、魚の切り身を焼いていた。オレンジ色の切り身からは、脂がじわじわと溢れて焚き火の中に落ちる。香ばしい匂いが灰色の煙に混じって、辺りへ充満している。

 その匂いを嗅ぎつけたのか、川の向こうの木々の間から、巨体の獣がバレント達の方を覗いていた。だが、一切近づいて来ようとはしない。彼らは非常に警戒心が強く、人間にも襲い掛かる事はしない。


「アーリはすごいな、釣り名人になれるぞ」

「すごいでしょお!」アーリは鼻を高くして、腰に両手を置いて胸を張った。「さかなつりは、とくいなの!」

「釣り名人さん、捌けたぞ。もうすぐ焼き魚もできるからな」バレントは皿の上に魚の刺身を並べたものを、アーリに差し出した。「食べてみろ? 美味いぞ」

 皿の上の橙色の魚の身は、しっかりとサシが入っていて、脂が陽の光を反射してつやつやと輝いている。

 バレントがループに切り身を一つ投げると、大きな口を開けたループがそれを空中でキャッチして食べた。

 バレントも一つ取って食べるのを見て、アーリは恐る恐る刺身に手を伸ばし、それ口にゆっくりと運んだ。数回奥歯で刺身の弾力を味わうと、しかめ面をしていたアーリは、一噛み度に段々と口角と眉を上げた。

「どうだ、自分で釣った魚の味。嫌いだったか?」

「……おいしい!」アーリは笑顔というより、魚を食べれた自分に驚いたようだ。「さかな、おいしいね!」

「そりゃぁ良かった。こっちも食べてみるか」

 バレントは、網の上のこんがりと焼き目のついた魚のグリルを指差して、アーリにそう言ってフォークを差し出した。

「うん! たべてみる!」

 バレントは別の皿に焼き上がった魚を乗せて、塩を軽く振った。アーリはフォークで一欠片突き刺すと、それをフーッと吹いて、少し冷ましてから口の中に入れた。

 彼女は嫌そうな顔はしていない。

「魚、食べれるじゃないか」バレントはループの口にも焼き魚を放り込んでから、自分もそれを口に入れた。「やっぱり新鮮な魚が一番だな」

「うん、いちばんだな! ハッハッハー」

 アーリは自慢げに胸を張って腕を組み、バレントのモノマネをし始めた。

「似てるな、特に腕を偉そうに組むところがそっくりだ」

 バレントはアーリのモノマネを微笑ましく笑った。

「特徴をよく捉えてるな。釣り名人はモノマネ名人でもあるわけだな」

「ものまめめいじん!」

 談笑する彼らを遠巻きから見ている獣達。立ち上る香ばしい魚の匂いが混じった灰色の煙。川のせせらぎ。


 それらに混じって木々と同じ茶色いロングコートを纏った男が、望遠鏡でバレント達の方を監視していた。嗅ぎつけられないように、全身に土をまぶして、口元を黒っぽい布で覆っていた。

「特に反逆の動向は見られないか……」



 その日の夜、バレント達の家の中は香ばしい数種類のスパイスを混ぜた匂いに溢れていた。胃袋を直接刺激してくるような匂いに誘われ、リビングでトランプ遊びをしていたループとアーリが、キッチンで寸胴鍋をかき混ぜているバレントの様子を見に来た。

「これは今まで、あまり嗅いだこと無い、匂いだな。また新しい料理に挑戦してるのか?」

「ばれんと、ばんめし、なに?」

「ああ、今日はカレーというものを作ってみた。美味そうだろ?」

 バレントはアーリを抱き上げて、鍋の中の料理を見せてやった。

 火にかけられた鉄製の寸銅鍋の中には、茶色っぽいドロドロとした液体の中に、数種類のスパイスと他の食材の旨味を吸い、柔らかく煮込まれた食材があった。

「おいしそう!」アーリは溢れ出るヨダレをゴクリと飲み込む。「しゃけ、いれたの?」

「よく見てるな、正解だぞ」

 バレントはウンウンと頷くと、アーリを下ろしてやって、スプーンを取り出した。

「鮭とキノコのカレーだ。味見してみるか?」

「うん! あじみ、する!」

 スプーンにカレーを一掬いして、少女に渡してやった。

 アーリはそれを受け取ると、少し冷ましてから口に入れた。

「スパイスの匂いが強いな。辛いんじゃ無いのか?」

「そうでも無いようだぞ」

 アーリはその一掬いのカレーを口に入れた途端に、また驚いたような笑顔をした。

「りんご、いれた?」

 バレントは目を丸くして、アーリが差し出したスプーンを受け取った。

「よくわかったな! これも街の料理人に聞いたんだが、リンゴを入れるとスパイスの辛さを中和できるらしい。うちには辛いもの嫌いが二人いるからな」

「……別に……嫌いなわけじゃ、ないんのだが。私の舌には少し刺激が強いだけだ」

「そうだったか。次作るときはウンと辛くしとこう」

 ループは頭を下げて、バレントの悪戯な言葉を受け流した。

 バレントは冗談だという感じで、ループの頭を軽く撫でてやる。

「古来の東方では、これを米と一緒に食べるのが、一般的らしい」

「米なんて食べたこともない。かなり高級食材じゃないのか?」

「それを今日は買ってみたんだ。うまく出来てるかわからないが」

 寸胴鍋の隣のコンロにあった、別の鍋の蓋を開けた。真っ白な湯気が、勢いよく飛び出したかと思うと、真珠のように炊き上げられた米が顔を出す。

「いい感じだな、あとは火を止めてと……」

「大盤振る舞いだな、米なんて……高かっただろう?」

「アーリの誕生日だからな。少しくらいは贅沢してもいいだろ」

「たんじょうびだからな!」

 アーリはバレントの横で、わざとらしく踏ん反り返って見せた。

 それを見てバレントもループも優しく笑った。

「さ、もうすぐできるから片付けておいで」

 アーリは小さく頷くと、リビングの方へ走っていった。ループは少女の背中を見送ると、バレントに喋り始めた。

「あれから約三年か……慣れたもんだな」

「ああ、置いて行かれたアーリが泣き出し始めた時はどうなることかと思ったがな。この家に馴染んでくれて本当に良かった」

「違うぞ、バレント、お前の方だ。アーリも勿論だが、お前が一番困惑していただろう? 通常の人間すら信用していないお前が、少女を引き取るなんて……ましてやあれだけ優しくできるなんてな。夢にも思わなかったぞ」

 バレントは何か思うところがあったのか、ループの方をじっと見つめた後、天井を見上げた。

「メルラに似ているからかな……まぁ、それは良い」バレントは再び、カレーをかき回し始めた。「それより、人間を信用していないのは、ループ、お前の方だと思ったが?」

「痛い所を突く……」ループは少し恥ずかしそうに数秒、沈黙した。「お前とアーリは別だぞ」

「さぁ、飯にしよう! 今日はオレンジジュースもあるぞ」

 バレントはサラダの入った木製ボウルをダイニングテーブルに置くと、戻ってきて今度はカレーと米を皿に盛り付けた。先にテーブルについていたアーリの前に、オレンジジュースとカレーライスを置くと、アーリは満面の笑みを浮かべてスプーンを握る。

 バレントは魚の切り身とキノコの入ったカレールー、真っ白に炊き上げられた米をスプーンに取って、口に運ぶ。

 スパイス屋台の店主と相談した配合はかなり完璧だった。辛味のハーモニーが口から鼻に抜け、さらにりんごという指揮者がそれを纏め上げている。魚とキノコの旨味と食感もしっかりと際立ち、米の甘みを包み込む。

「こめとかれー、うまい!」

「ああ、米もカレーも初めて食べたが、かなり美味いな。辛いだけだと思ったのだが、これがなかなかだ」

「やっぱり、リンゴは正解だったな。これなら二人も食べやすいだろう?」

「ばれんと、おかわりまだある?」

「ハッハッハ、まだ三口目でおかわりの心配か」バレントは料理が好評だったからか、いつも以上に満足げに笑った。「ああ、まだいっぱいあるぞ。好きなだけ食べていい、なんたって誕生日だからな」


 アーリが二杯目のカレーを食べ進めている時、バレントはリビングのドアの近くに置いてある鞄をガサゴソといじり始めた。何かを取り出すと、それを後ろ手に隠してダイニングテーブルに戻ってくる。

「ばれんと、なにしてるの? ごはんたべないの?」

「アーリ、誕生日おめでとう」そう言ってバレントは水色の包み紙に包まれた長方形のものを差し出した。「色鉛筆、欲しがってただろ?」

「え!」アーリは目を真ん丸にして、スプーンを持っていた手を置いた。「なんでしってるの⁉」

「私が教えたんだ。絵を描いている時に、色の出る物が欲しいって、ボヤいていただろ?」

 バレントがアーリにそれを渡すと、面を食らったようにポカンとしていた。

「あけていいの?」

「開けなきゃ色鉛筆は使えないだろ?」

 アーリはコックリと頷くと、渡された包み紙を破いていく。中から出てきたのは百色以上の色が出せる色鉛筆と三冊のスケッチブックだった。

「すけっちぶっくも! ありがとう!」

 アーリはペラペラとスケッチブックをめくった後、色鉛筆の入った箱を開けて横一列に並んだ細い円柱の全てを撫でた。明るめの緑色の鉛筆を一本取り出して、アーリは縦長の六角形を紙の上に描いた。

「喜んでくれてよかった。あとこれもあるんだが」バレントは後ろに回していた反対の手を前に出した。「これはループからだ」

 そう言って、もう一つのラッピングされた正方形の箱を差し出した。

「もういっこ?」アーリはそれを受け取ると、包み紙を勢いよく破いた。「これ、なに?」

 真っ白な紙の箱の表面に、半人半獅子の斧を持った勇ましい人物と犬のような尖った耳を持ったピンク色の髪の毛の少女の絵が描かれていた。

「それはパズルだ、箱を開けてみたらわかるぞ」

「ぱずる! あたらしいやつだ!」

 アーリは絵が描かれた上蓋を持ち上げると、たくさんのバラバラになったピースが現れた。彼女は箱を振り、パズルのピースを数枚取り出して眺めた。

「るーぷ、ありがとう! いっしょにやってね!」

 お礼を言われたループは、少し恥ずかしそうに俯いて弱々しく呟いた。

「買ってきたのはバレントだからな……」

「ああ、一緒に作ろうな、ループも手伝ってくれる」バレントは席に座った。「さ、それを置いてきて、ご飯の続きを食べよう」

「うん!」

 アーリは元気よく返事をして、ソファーの前のテーブルに、二つのプレゼントを置いてカレーの前に戻ってきた。

 しばらく楽しそうに、首を振って足をぶらぶらさせ、カレーライスを食べていたアーリだったが、何か言いたそうに俯いた。

「どうしたアーリ? お腹でも痛くなったか?」

 バレントの問いかけに、数秒の沈黙の後、アーリは躊躇いがちに口を開いた。

「あのね、かりについていきたいの」

 アーリの予想外の願い事に、バレントは顔を曇らせた。

 それを悟られないように、少し俯いて、カレーを口に運ぶ。

「そうか……」バレントはなるべく穏やかな表情を作りながら、顔を上げた。「危ないからダメだ。怪物に襲われる事だってあるんだ、死んでしまうかもしれないんだぞ?」

 なるべく穏やかなトーンで、アーリを悲しませないようにバレントはそう言った。

 しかし、バレントの返事を大体予想していたのか、アーリは真っ直ぐバレントを見つめて必死に言い返した。

「でも、ろくさいになったらいいって、ばれんといってたもん! あーりは、きょうろくさいになったよ!」

「確か、二年前の誕生日に言ってたぞ。たしか、『六歳になったら連れてってやる。それまでは……』なんだったかな。しかし、アーリは記憶力も凄いんだな」

 ループも少女の強い願望を後押しする様に、バレントの言葉を白々しく蒸し返した。

 バレントは、肺の空気が全てなくなるほど、深く大きく溜息をついた。スプーンをゆっくりと音を立てずに置くと、グラスに入ったオレンジジュースで口を湿らせた。

「なんでそんなに付いて来たいんだ? 本を読んだのならどれだけ危険か分かるだろ……」

「ばれんとのおしごとをもっとしりたいの! おてつだいもしたい!」

 年齢に似合わず、ハッキリとした言葉をバレントに返した。プレゼントをもらった時の嬉しそうなアーリの表情はそこにはなく、真面目に自分の欲求を語る、真っ直ぐな表情だった。

 バレントはやれやれという感じで首を横に振って、右手で頭を抱えた。過去の忌々しい記憶もあって、アーリをできれば怪物に近づけたくなかったのだ。

「バレント。私はアーリの好奇心を尊重したい。私も一緒に行って、彼女から目を離さなければ大丈夫だろう?」


 ループの言葉を受け、しばらく考え込んだ後、バレントは渋々と喋り出した。

「そんなに言うなら……分かった」バレントは四センチほどまで伸びた、顎鬚を撫でた。「ただし、条件は付けさせてもらうぞ? 絶対にループか俺の近くにいて、遠くから見ている事。後は勝手に動かない事と、言う事は絶対に聞く事だ」

「……うん! わかった!」

 アーリは残ったカレーを急いで口の中に押し込むと、食べ終わった皿を片付けて、リビングを走って出て行った。

「今日は早く寝るんだぞ。明日は朝早くに出発するからな」

 険しい表情を浮かべたままのバレントは、風のようにリビングを去ったアーリに届くようにそう言った。

「ありがとう、バレント。アーリはほぼ毎日、お前が買ってきた図鑑を読み込んでは、早く狩りに行きたいとボヤいていたんだ」

「あの本だけ、異様に擦り切れてるからな」バレントも席を立って皿を片付け始めた。「冬眠から覚めた怪物が、そろそろ川の上流に移動してくる時期だ、少し遠出する事になる。……ループも早く寝るんだぞ、護衛役が寝不足では困るからな」

「ああ、もう寝ることにする。銃のチェックもあるだろうが、お前も早く寝ろよ」

「分かってるさ、おやすみ」

 バレントは小さく頷くと、一人静かに、シンクで皿を洗い始めた。

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