第6話 守護者

「…っ?」


 しばらくユキとの時間を過ごしていた、100年の時を埋めるように娘からこれまでのことを聞いていたそんな時だ。


「パパ?どうかした?」


「いや、なんだろうな…」


 わからない、だがざわざわと何かあまり心地好く思えないものを感じる。例えるなら他人が首筋に触れようとしているかのような薄気味悪い感覚、これはなんだろうか?以前は感じることのなかった感覚だ。


 外か?


 気になってカーテンを開けて窓の外を覗いてみた。目で見える範囲では何も無いように思える… しかし。


「近いな」


 そう、何かすぐそこまで迫って来ているような気がする。それだけはわかる。


「パパ?」


 見たところユキはなにも感じ取っていないようだ、勘のいい子だが俺の感じ取っているこれとはまた別物らしい。

 そしてこのざわざわが本当に悪いものだとしたら、それを娘に近付けさせるわけにはいかない… 俺にしかわからないなら尚更だ。


「ユキ?何て言うか説明しにくい事なんだけど…」


「行くの?」


「あぁ、でも心配いらないよ?すぐに戻る」


「そう…」


 そう伝えた時ずっと昔のことを思い出した、娘の目がまさにあの時のあの感じだったからだ。幼い頃のあのまま。


“ パパどこ行くの?パパ行かないで?抱っこして?ユキも行く。”


 今でも思い出す、幼い娘の不安そうな表情と今にも泣き出すであろう震えた声。


 だから俺はあの時と同じように娘を優しく抱きしめ、背中をトントンと触れながらこう伝えた。


「ユキ?パパはこれから悪いお化けを退治してくる」


「お化け?」


「あぁそうだ、お化けがユキに近付かないようにやっつけてくるからな?大丈夫だ、だって…」


 思わず言葉が止まった。

 あの頃はユキを妻に任せて外へ出た。


 でももういない。


 子供達を守ってくれた君はもう。


「ママが守ってくれる… そうでしょう?」


 ハッとした、俺が続けて言うはずだった言葉を娘に言われたからだ。


「覚えてるのか?ほんの2才くらいのことなのに」


 驚いた、それほど強く印象が残っていたのだろうか?140歳にもなるおばあちゃんの記憶力とはとても思えんな。我が娘ながら尊敬する。


「今のパパの顔を見てたらふわーっと頭に浮かんだの、フフ… 最近とても昔のこともたまに思い出す、お迎えが近いのかな?」


「よしてくれ縁起でもない、親より早く死ぬな」


「無茶言わないで」


 確かに、こんな歳まで生きているのが寧ろ奇跡だ、その上で死ねるかどうかすらわからない俺より後にしてくれというのはなかなかの無茶だろう… だが俺は謝らない。

 なぁ知っているかユキ?親より早く死ぬと親を悲しませた罪で永遠に三途の川を渡れず川原で小石を積まされるらしいぞ、しかも積み終わっても鬼が来てそれを崩すんだ、そしたらまたやり直し、その繰り返し。


「なに考えてるかわかるよ」


「なるほどママにそっくりだな」


「フフフ… そう、だからね?ママが守ってくれるから私は平気だよ?そこの引き出し開けてみて?」


 ユキに言われた通りベッドのすぐ隣にある小さな引き出しの一番上を開けてみると、そこにはまたずいぶんと懐かしい物があった。


 本当に驚いた、まだ形が残っているとは。


「御守りか… 懐かしいな」


「私があっくんに会いに行くために外の学校通うってパークを出る時、ママが持たせてくれた… それが私を守ってくれるって」


「そうか、大事にしていてくれたんだな」


「こんな大事なもの捨てられないよ?ママに託されたんだから」


 御守りは牙に小さな羽が二枚付けられた首飾り、俺の牙と羽は博士と助手のものだ、姉さんに貰ったのを真似したんだよな、懐かしいな… 妻と過ごす初めてのクリスマスに俺がプレゼントしたんだ。


 そうか… 君はいない。

 

 いないが。


 そうだ、ユキの言う通りだ。


 きっと君は俺達を見守ってくれている。


「それじゃあ行ってくる」


「気を付けてね?」


 最後にあの時と同じように娘の額に小さくキスをすると、俺はそのまま振り返ることもなくまっすぐドアへ向かい部屋を出た。


 部屋を出てるとすぐそこでセーバルちゃんが神妙な顔で壁に背を付けて待っていた。どうやら気を使わせてしまったようだ。


「シロ、もういいの?ユキは?」


「いろいろ話して、今少し待たせてる… セーバルちゃん?少し出たいんだ、ちょっと娘のことを頼めるかな?」


「シロまさか… 気付いてるの?外のこと」


 この様子だと彼女は全て知った上で俺達にはなにも伝えていないようだ、余計なことに気を向けず親子水入らずの時間を過ごさせるためだろう。そしてやはり外では何か良くないことが起きているらしい。


「ハッキリとはわからない、でも娘には近付けさせない、俺はユキの為に戦う」


「そう、止めても無駄そうだね… でもその体で戦うのは初めてでしょ?だから約束して?いい?深追いしないこと、パークにはみんなを守る為の機関がちゃんとあるからシロが無茶をする必要はない、ユキのことは任せて?でも早く帰ってきてあげて?いい?」


 無言のまま頷き彼女に背を向けると、俺は再度歩を進めエレベーターに乗り込んだ。


 彼女の反応を見るに、恐らく外にいるのだろう。



 セルリアンが。









「さて、まずは…」


 病院を出ると変わり果てたキョウシュウの姿を改めて見ることとなった。


 なんという姿だ我が故郷、まるで映画の世界にいるようだ。夜なのに明るい、ここが島のどの辺なのかすらわからない… 図書館はどうなっただろうか?森にあったロッジや、雪山の温泉は?鉱山のカフェや水辺のステージは?姉さんと師匠の住んでたあの場所は?牧場もあったはずだ。初めてフレンズの友達ができた遊園地も妻と歩いた港も砂浜も。


 正直ここまで変わってしまうと溜め息がでるが、感傷に浸るのは後だ。


 街は明るいにも関わらず閑散としている。やけに静かだが、耳を澄ますと誰かの声や争っているような音が聞こえる、セーバルちゃんが言っていた機関のことだろう。所謂セルリアン専門の警察のような。市民は避難警告でも聞いて閉じ籠ってるのかもしれない。


「あっちか」


 音と例の薄気味悪い気配を頼りに俺は走った。走りながら今の自分について考える。


 セーバルちゃんは心配していたがこの体… 戦闘をする上では今のところメリットしかないはず。


 まず例の再生、これはどんなに怪我をしても戦闘不能にはならないってことだ。敗北はあれど死なないということは後から対策を取れるということ。


 次にこのざわざわ、セルリアンを感知するのだとしたら不意討ちはほぼ完封できる。どれだけ気配を消していても相手の接近がわかるのは戦いにおいて相当なアドバンテージになる。


 それから持久力、全身がけものプラズムといことは以前のようにガス欠にはなりにくいはず。つまり俺はハーフではなく肉体は完全なフレンズと言っていい、これは即ちサンドスターコントロールがもっと豪快に使えるってことだと思う。クロのように。


 極めつけに四神の力、今の俺は4つ全ての力を持ってる。炎だけであの力だ、いざとなれば一掃できるだろう。その時は周囲の被害も甚大だろうが。


「見えた、いるのは…」


 やはりセルリアン、迎え撃つはフレンズの血統。姉を思い出すフワリとしたブロンドの髪に茶色の猫耳、尻尾。ライオンの青年だ… ハーフだろうか?


「聞いてないよ!?ハンターまで連れてるなんて!動きに注意しないと!」


 苦戦してるようだ、何か装備… 所謂バトルスーツのようなものを着込んでいる。ご大層なことだ、お偉いさんは人間は戦わせられないと見てフレンズとその血統の強化に力を注いだか。


 それから… 敵はハンター?あれは知ってる、ハンターセルと呼ばれるセルリアンだ、異世界旅行中に見た。背後から忍び寄りフレンズから無惨にも輝きを奪う、危険なやつだ。厄介なのがいるな… ビームもだしてたっけな。


「どわっ!?」


 いけない、ライオンの彼は着地を狙われ体勢を崩してしまった。ここまで敵が食い止められてると言うことは連戦で疲れが出始めたのだろう。しかしこのままではビームの餌食、今度は病院が狙われるかもしれない。


 がそうはさせん。


 力を込めて強く踏み込むと一気に青年の前に出た、それから予想通りヤツから放たれたのはビーム。


 いるのは盾、だがただ受けると貫通されるだろう。


 ならばと俺は右手にサンドスターを集め作り出した小さな光の盾を使いタイミングを合わせ…。


 弾くッ!


 バチッ!という電気が流れたような音が豪快に鳴ると盾の崩壊と共にビームは軌道を変えアスファルトへ直撃した、煙を上げ焼けるようなにおいが鼻に付く。


「あ、あれ?なんともない…」


「無事かい?」


「あれ?助けられちゃった?ありがとうございます!あなたは… ってかダメですよ一般市民は外に出ちゃ!早く避難を… あぁ危ない後ろ!?」


 勿論気付いてる、背中にヘドロ塗られてるような気分だったからだ。


 彼は尻餅を着いていたので手を貸してやりたかったが、まずは今後ろで振り下ろさんとしているそのトゲみたいな前脚を。


「フンッ!」


 上手く避けてから肩の上でそれを掴み、投げ飛ばすついでにぶった切っておく。


「!!!????」


 前足の片方をもがれ何か声か音かわからないものを挙げながら建物の壁に激突した。やがて瓦礫にまみれながらパッカン!という久し振りの破裂音が聞こえキューブ状の光が飛び散る、抱えていた前足も間もなく消し飛んだ。近くに気配は無い、危機は脱したな若いの?


「うわすっげぇ… あなたは?あのあれ?どこかで会ったかな…」


 お若いライオンの青年は妙なことを言う。

彼の手を引き起こしてやると、俺は地べたに放置されていた恐らく彼の装備であろう謎の機械を拾いそれを手渡した。


「いや初対面さ、立てるかい?ほらこれも… 多分武器か何かだろう?使い方はわからないけど」


 そう初対面、君のご先祖とは合ってるかもしれないが。まさかライじゃないよな? 


「あ!良かった壊れてない!くっそ~これさえ落とさなければ勝てたのに!」


 銃?のようにも見えるし、何て言うか… その持ち手が輪のようになってる謎の機械を渡すと、彼はすぐに動作チェックの為いろんなものを出現させていた。

 

 銃口のような穴からビームサーベルみたいなものや六角形が沢山集まった壁?みたいなものが瞬時に現れては切り替えられている。


「それは?」


「コントロールトリガーって言って、体内のサンドスターを変換して攻撃や防御に使えるって優れもんです!ガーディアンの標準装備ですよ!カッコいいでしょ?」


 おいおいまさかサンドスターコントロールを機械で制御してるってことか?はぁ… 便利なものだな?それがあればクロの使ってたバンバン撃ち出すやつとか俺の手のひらをズタズタにした大砲みたいなものもポンと出せるってことだろう?さっき使った盾も鳥捕まえるロープもだ、100年って凄いんだな。開発したのは誰だ?


「便利な時代になったんだな…」


「え?」


「でも機械に頼りすぎたから苦戦したんだ、これくらいはそれ無しでもできるようになった方がいい、ほら?」


 とサンドスターでボール状の物を作り出しそれを投げると、彼は慌てた様子でキャッチして見せた。


「え、これ今どこから出して… あ、無くなった」


「すまないが娘を待たせてるんだ、じゃあな若いの」


 次を倒しに行かなくてはならない、そのなんて言った?ガーディアン?セーバルちゃんは無理をするなと言っていたが、そのガーディアンとやらのレベルがこんなもんなら故郷が制圧されるか心配だ。倒せるだけ倒そう。


 次を倒すため走り出したその時、後ろから聞こえた。


「あちょっと!俺!レオ太郎です!あなたは!」


 レオ太郎… すげー名前だな、一周回ってそんなのが100年後では流行ってるのかもしれん。俺も走りながら叫んだ。


「シロでいい、頑張れよ太郎!」


「はい! …あ!いやそこはレオって呼んでよ!ちょっと!もぉ~セーバルさんじゃあるまいし~」







 ガーディアン… パークガーディアンと言うらしい、他にも数人苦戦してるところを助けてから聞いた。


 中には上手に戦う子達もいて、ハンターセルの闇討ちにも対応できるように例の武器でトラップを仕掛けて逆に倒していた。俺が手を出すまでもない、ガーディアンの名は伊達ではないということか。

 太郎は新米ルーキーのようだ、聞いたところ最低二人一組で動くルールらしいのだがあっちに一体向かったのを見て独断で倒しに行ったらしい。真っ直ぐだな、だがチームで動く以上輪を乱すものではない。


 しかし猫科が多いな、気のせいかだろうか?この子もそうだ。


「ありがとうございます、どなたか存じませんが… 部下を探しているところで油断してしまって」


「お気遣いなく、その部下なら多分病院の側にいた。ところでガーディアンと言うのは大型猫科の集まりなのかな?君もそうだろう、ハーフかな?」


 聞いたところ、彼女はハーフ同士の両親の子らしい。父がハクトウワシの、母がアムールトラのハーフで、母から特徴を得たので羽を出して飛ぶことはできないが、猛禽類特有の視力があるらしい。


 猫科が多い理由は、そもそもパークガーディアンの設立には百獣の王達が絡んでいるらしくその血族はガーディアンに推薦されやすい。力あるものはパークを守れという教えに基づいているということか。どーりで多いわけだ。


「戦力の分断があるように思える、一度集まった方がいいんじゃないか?」


「そのようです、ご協力感謝します」


「部外者が口を挟んですまない… 俺は先に行く、向こうにでかいのがいるみたいだ」


 さっきまでざわざわとしてた感覚が圧力みたいな感覚に変わっている、でかいのがいる。もしかするとそいつが小さいのを率いてるのかもしれない。


「そいつはシールドブレイカーです!我々と一緒に… ちょっと!聞いて!」


 シールドブレイカー… なんのことかさっぱりわからないがそいつが親玉セルリアンらしい。


 ガーディアンの子の制止を振り切り、俺は敵の待つ気配の先へ向かった。

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