第2話

チリンチリン・・・

「いらっしゃい。今日も早いですね。」

「勤務先が遠くてねぇ。いつもの小倉トーストを。」

「コーヒーでいいですか?」

「角砂糖は5つにしてくれな。」

「お医者さんに怒られても知りませんよ。」

「そう堅いこと言わないでよ。」


 こちらは甘味に目がないから甘蔵さんと呼ばれている。勤務地が遠方なため朝が早いのだが奥様をおこさないよう、朝食を当店で摂っている。転職は年齢的に難しいとか以前ぼやいていたな・・・。


 シュシュシュ・・・

 いつものように自家製のトーストを焼き、バターと粒あんを添える。今日のコーヒーはグァテマラ。苦みが少なく酸味はやや目立つが少し深煎りすることで酸味がまろやかになるいい豆だ。ビターな香りの中にほのかな甘味が混じる芳醇なコーヒーだ。

 沸いたお湯が落ち着くのを待ち、ドリップしていく。軽く蒸らし、豆が盛り上がるように優しく注ぐ。なるべく一定のスピードでお湯を注いでいく。そこまで巧くはないが、それなりのものだと自負している。


「お待たせしました。今日はグァテマラのハイローストからややシナモンよりにしています。砂糖は5つ用意していますが、少し甘味も薫る豆ですので少なめがおすすめです。こちらはいつもの小倉トースト、付け合わせにポテトサラダです。」

「・・・いつものコーヒーと変わらない気がするけどなぁ。ズズッ・・・うぅ苦い・・・。」


チリンチリン・・・

「いらっしゃいませ。」

「こちらは朝食をいただけるんですか?」

「簡単な物ですが。」

「あちらの方が召し上がっているのは何ですの?」

「小倉トーストと申しまして名古屋の方で食べられています。トーストにバターとあんこを載せて食べるものです。」

「へえ!面白そうですね。私にもください。」

「かしこまりました。少々お時間をいただきます。」


「トーストの注文をとおすと・・・」

「え!?甘蔵さん何ですかその駄洒落は?」

「いや、一見さんだからね。緊張をほぐそうと思ってね。」

「ぷふっ!あっすいません。変なツボに入りました。くっ・・・。」

「受けたようですから結果オーライといったところでしょうか。」

「ふふふ。甘い物ばかり食べているわけではないのだよ。・・・っと。そろそろ時間だな。今日もいい朝食だったよ。」

「お気を付けて。」

「旦那もな。」


チリン・・・バタン・・・

 甘蔵さんが出勤し、一見さんと二人きり。特に共通の話題があるわけでもなく、静寂に包まれる。


「あのー・・・」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、こちらは昼や夜も開いていますか?」

「モーニングは平日だけですが、朝5時から9時半までお出ししております。ランチとディナーはそれぞれ11時から14時までと、17時半から22時までです。お休みは不定休となっております。なお当店は完全禁煙とさせていただいておりますので、あらかじめご了承ください。」

「なるほど・・・。何か理由があります?」

「掃除がめんどくさいからです。」

「ぷっくくっ・・・!なるほど!確かに!」

「小倉トーストですか、美味しかったです。また使わせていただきますね。」

「ごひいきにどうぞ。それではお気を付けて。」


 ドアを開けて外を見遣れば、既に通勤時間となっていたようだ。せわしなく歩くスーツ姿や数人で鬼ごっこしながら駆けていくランドセル、かしましく会話を弾ませる制服姿。三者三様の朝の時間が駆けていく。

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