第13話 見えている物

「四界さんの体から、睡眠薬か何か出てないですか」


 当たり前のようにたずねる鍵の言葉に、キラリが目を丸くする。数坂も、これには驚いたようだ。


「何でアンタそれを」

「部屋のベッドにうつ伏せで、首にアイスピックを刺されて、抵抗した様子の一つもない。じゃあ眠ってたんだろうなって誰でも思うでしょう」


 まるで疑問に思われるなど心外だと言わんばかりに明快な鍵の返答。築根は数坂と視線を合わせ、そしてこう言った。


「四界の遺体からは、アルコールと睡眠導入剤が検出されている。幾谷いつみが処方されてるのと同じ薬だ。ただし飲まされたのは隣の六道の部屋。カーペットに酒がこぼれた痕跡がある。四界の前歯は欠けていた。無理矢理ボトルを突っ込まれて飲まされたのかも知れない」


 築根から向けられた鋭い視線を無視し、鍵は天井を見つめた。


「なら、思いっきり単純に考えれば、四界さんを殺した容疑者は二人に絞られます」

「幾谷いつみと霜松市松だな」


「四界さんの部屋にもパソコンはあった。九南さんが犯人じゃないとすれば、遺書を書き残さなかったのも理解はできる。身内じゃないんですからね。ただし」

「九南の犯行が不可能である事を意味する訳じゃない」


 築根の言葉に鍵は「ええ」とうなずく。


「そもそも、薬を飲ませた人物と、殺した人物が同一であるとは限らない。ならば」

「四界の件に関しては、あのとき祈部の家にいた者、全員が容疑者と言える、か」


「そう、私を含めて全員です」


 そして鍵はようやく築根と目を合わせる。そんな二人の掛け合いを、多登キラリは呆然と眺めていた。


 数坂は口元を押さえて考え込む。薄らと伸びたヒゲが、ジョリジョリと小さな音を立てた。


「容疑者が多すぎるな。どうやって絞り込む」


 鍵は応えて言う。


「釈迦に説法は承知の上ですが、まず常道として第一発見者が疑われます。四界さんの場合にはななみさんですね。彼女は何故、死体を見つけたんでしょう」


 それに答えたのは原樹。


「十時頃に部屋に来るよう、四界にあらかじめ言われていたそうだ」

「何の用事で」


 眉を寄せる鍵に、原樹はキョトンとした顔を見せる。


「さあ。本人は知らないと言ってたが」

「どんな用事か知らないのに、夜の十時に女の子が、男の部屋のドアをパジャマ姿で開けた訳ですか」


 数秒の静寂。そして原樹の顔は、音を立てる勢いで、みるみる耳まで真っ赤になった。


「なっ、え、いや、そ、そういう事なのか?」

「それを確認するのが、あなたの仕事だと思いますが」


「しかし、そうは言ってもな」

「あの」


 その声に振り返ると、真っ赤な顔がもう一つあった。


「それはつまり、あの二人が付き合ってたという事でしょうか」


 キラリの言葉に全員が、原樹までもが頭を抱えた。


「仕方ないっすねえ」


 笹桑が立ち上がると、キラリを部屋の隅に連れて行き、小さく耳打ちする。


「あのですね」

「はあ、はい……ええ、えっ、えーっ!」


「て事っすよ」

「酷い、男って最低!」


 キラリが憤慨している。どうやら何とか伝わった模様。


 鍵は少し考えると、数坂にこうたずねた。


「四界さんが殺されたとき、アリバイがある人はいたんですか」


 数坂は首を振る。


「周囲に他の家がない、山奥の一軒家だ。みんな寝てただの、部屋で仕事をしてただの言ってたが、それを証明なんぞできるはずがない。アリバイに関しちゃ、誰一人何もない」


「いや、証明できる人が一番怪しいって思ったんですけどね、そう簡単には行かないですか」


 それを聞いて数坂は、しばらく呆れたように鍵を見つめ、次いで築根を見た。


「この探偵さんは、いつもこうなんですか」

「ええ、そうなんすよ」


 何故か笹桑が照れ、さらに何故か原樹が身を乗り出す。


「ああ、数坂さん、褒めないでください。コイツすぐ調子に乗りますんで」

「あなたと一緒にしないでください」


 鍵は組んだ腕の上で苛立たしげに指を動かしている。いま頭の中が回転しているのだ。


「京川戸女の件はどう考える」


 築根が強引に話を戻したが、鍵は困ったような顔。


「どうもこうもないですよ。みんな見てたんでしょう――鍵だけは見ていないのだが――九南さんは真っ暗な部屋の障子を開けて、照明も点けずに戸女さんが死んでるって叫んだんです。なら、障子を開ける前から死体の存在を知ってたに決まってる。ただし」


「九南が殺したとは言い切れない?」


「九南さんでなくとも殺せる、ですね。四界さんまでは殺し方に制約があった。だから誰にでもできそうに見えて、実際のところ誰にでもは難しかったはずです。でも、お婆さんを一人絞め殺すのに何の制約もない。いつみさんと十瑠さんを除けば、これは本当に誰にだってできる。その気さえあれば、ですが」


「何だそりゃ」


 呆れたような原樹の声。


「いまわかってるのは、何もわかってないって事だけなのか」


 それに鍵は大げさに驚いて見せた。


「いつの間にそんなに賢くなったんですか」

「どういう意味だ、こら」


 バン! と机が鳴った。湯飲みが一瞬浮き上がる。築根は原樹をにらみ、鍵をにらみ、叩き付けた手を痛そうに振った。


「……容疑者を絞り込む必要がある。だが、アリバイは使えない。ならば動機だ」


 数坂が大きくうなずく。


「九南には、三太郎と四界を殺す動機がうかがえる。祈部の財産だ。しかし、戸女を殺した理由がわからない」

「何か秘密を知られたとか」


 まだ憤慨しているキラリが言う。鍵も「そうですね」とうなずいた。


「ありがちなパターンとしては、三太郎さんと四界さんを殺したのが誰か、戸女さんに気付かれた。だから犯人は慌てて殺した、ってとこですかね」

「つまり九南って事なんだろ」


 苛立たしげな原樹に、しかし築根麻耶が首を振った。


「九南にはそれが可能だが、九南以外にも可能だ。結論を急ぎ過ぎるな」

「ですが警部補」


 原樹の顔に疲れが見える。もう、頭のキャパシティが足りなくなっているのかも知れない。


「足りてないんですよね」


 鍵のつぶやきに、数坂が眉を寄せる。


「何が足りないって?」

「情報が足りてないんです。パズルのデカいピースが見つからない。これじゃ全体の絵なんか見えるはずがないですよ」


 そう言って組んだ腕の上で指を振る。まるで指揮棒を振るかのように。鍵は続けた。


「祈部邸の家宅捜索はしないんですか」

「幾谷いつみを逮捕すれば、理屈の上ではできるがね」


 面白そうな悔しそうな、複雑な表情で数坂は言う。


「何の容疑で逮捕するかにもよるな。アンタの体に穴の一つでも空いてたら、傷害の現行犯で逮捕できたんだが、いまのところは任意同行だ。それに、この件は上の方が口を挟みたがってる。現場の判断だけでは迂闊に動けん」


 それは実質的に上層部批判なのだが、部外者の前で話して大丈夫なのかと鍵は思う。すると、キラリがこんな事を言い出した。


「うちの署で動けないんなら、県警にお願いする事はできないんですか」


 これに原樹が眉を寄せる。


「手柄の横取りはちょっとなあ」


 築根も考え込んだ。


「所轄署の頭越しに動くとなると、それなりの確証が必要になる。鍵の言う通り、全体の絵が見えない段階では難しい」


 何が楽しいのか、笹桑は笑う。


「いやあ、縦割りっすねえ」

「警察も役所だからな」


 苦笑する築根を横目に、鍵は組んでいた腕をほどくと、ため息混じりにポツリ、こう言った。


「八乃野いずる君について、調べてくれませんかね」


 その言葉に、四人の刑事は顔を見合わせた。




 昼食後、一昨日から忌引きで仕事を休んでいる九南の部屋を、豊楽が訪れた。このタイミングで大胆過ぎる行動である。しかし自分の家で何の遠慮が要るものかと、豊楽には臆するところがなかった。


「何を気落ちしておるのか」


 直立不動の九南の目元には、クマができている。昨夜は眠れなかったようだ。


「……本当に、戸女さんまで殺す必要があったんでしょうか」


 いまにも泣き出しそうな九南を、豊楽は立ったままジロリとにらみつける。


「それはおまえが考えるべき事ではあるまい」

「ですが」


「おまえは、ワシの言う通りに動いておれば良い。この祈部の家を継ぐ者が、この程度でオタオタして何とする。恥を知れ」


 と、低い声で吐き捨てた。うなだれる九南に、追い打ちをかけるように豊楽は続ける。


「それよりもだ、例の件はどうだ。良い思案は浮かんだか」

「いえ、それは」


「頼りないヤツじゃのう。ワシにばかり考えさせるつもりか」

「でも父さん、あの探偵はいつみさんに殺されかけています。いまさら自殺に見せかけても警察が信用するかどうか」


 豊楽は、これ見よがしに大きなため息をついた。


「そうやって、できん理由ばかり探しておるのか。情けない。いずるは次におまえを殺すかも知れんのだぞ」


 九南は黙ってうつむいてしまった。豊楽は不意に優しげな笑顔を見せる。


「心配するな。いずるは簡単に逃げ出しはすまい。それがあやつの短所よ。おまえかワシに近付けば、それがいずるの最期になる。そしてその罪を、あの鍵とかいう探偵にかぶってもらうのだ。それが一番良い。ワシの言う事を信じよ」


 九南の耳に甘く響くその言葉は、天使の歌声か、それとも死神のささやきか。




 一連の事件は九南による犯行だ。その後ろで糸を引いていたのは豊楽。これが僕の結論。でもまだ証拠がない。さて、どうする。警察が証拠を見つけるまでここに滞在するか、それとも。


 もしかしたら、次に殺されるのは僕か千香かも知れない。その危険性を考えるなら、僕らはここを離れた方がいいのだろう。ただ、果たして離れれば安全なのか。もしかしたら、やつらは執念深く追ってくるかも知れない。ならば連中の企みを叩き潰すまで、ここにいた方がいいという考え方もある。


 足りない。まだ情報が足りていない。犯人はわかっても、全体像が見えないから証拠がどこにあるのかわからないし、判断がつかない。いまはとにかく情報を集めよう。


 僕と千香は母屋の廊下を歩いた。東側をまっすぐに進んで南東の角、十瑠の部屋。昼食の片付けだろう、ななみが膳を持って出て来た。泣き腫らした目を伏せ、うつむいたまま僕らの横を通り過ぎる。最初から開いていたのか、障子は閉じられず開け放たれたままだ。


 部屋の中では十瑠がうつ伏せで布団に入り、ノートPCの画面を見つめている。声をかけようとすると、千香が僕の前に出てこう言った。


「十瑠、ちょっといい」


 少し腹立たしげな千香の声に、十瑠は静かに振り返った。寝転んだまま。


「何です?」


 千香がムッとしたのは、後ろからでもわかった。僕は彼女の腰に手を当てながら、横に顔を出す。聞きたい事があるんだけど、いいかな。十瑠はその姿勢のままうなずいた。


 死神様はまだ増えているの、とたずねると、十瑠は天井に目をやる。


「……まだ増えてる、ような気がする」


 十瑠の返事に意味があるのかどうかはわからない。いや、たぶんこれ自体にはないだろう。だがこれも一つの情報だ。もしかしたら何かを見出す切っ掛けになるかも知れない。僕は笑顔を作ると、ありがとうと言って千香と元来た方向に戻った。




 警察から祈部の屋敷に戻り、廊下を歩いていた鍵と笹桑は、馬雲千香と八乃野いずるが十瑠の部屋の前から離れるところを見かけた。その場に立ち止まって何やら考え込んだ鍵は、しばらくそうした後、障子の開け放たれた十瑠の部屋に向かう。


 部屋の中では、十瑠が布団に寝転んでノートPCの画面を見つめていた。


「いま、いいかな」


 鍵の声に、十瑠は苦笑しながら顔を向ける。


「今日は、よく声をかけられる日だなあ」

「一つ聞きたいんだけど」


 鍵はしゃがみこみ、十瑠の目をのぞき込んだ。十瑠は不思議そうに首をかしげる。


「何ですか。答えられる事なら答えますけど」

「それじゃあ」


 笑顔を見せながら、鍵はたずねた。


「君、死神様以外に何が見えるの」




◆ ◆ ◆




 それは五年前の出来事。


 午後九時過ぎ、郊外の分譲マンションからの警察への通報。駆けつけた警察官が見たものは、胸に出刃包丁を刺されたこの部屋の住人、八乃野茂と、同じく胸に柳刃包丁を刺された茂の妻、咲子の二人の死体だった。第一発見者、そして通報者は小学六年生になる夫妻の息子、いずる。塾から帰宅したところで二人の死体を発見した模様。


 近隣住民によれば、この部屋からは時折、夫婦喧嘩の声が聞こえていたという。また少額ではない借金があった事も、捜査によって判明した。室内に争った形跡はなく、外部から侵入した様子も、外部に逃走した痕跡も見つからない。包丁から見つかった指紋は家族三人の物だけ、死亡推定時刻も通報の前一時間以内。


 これらの状況を総合的に判断し、遺書などは見つからなかったものの、警察は心中と断定した。




◆ ◆ ◆




 夕方、いずるの両親の件を鍵に伝えに来た築根たちは、そのまま祈部邸に居座った。これ以上の事件が発生しては警察の責任が問われるし、沽券にも関わる。解決まで警護の警察官を邸内に配置し続ける事にしたのだ。無論、祈部豊楽は抵抗した。


「戸女を殺されたワシらは被害者だ。何でこれ以上つらい目に遭わねばならんのか。犯人が捕まらんのは警察の怠慢じゃろうが」


 そう怒鳴り散らしはしたものの、各個室内に警官は立ち入らないと築根が約束する事で、何とか渋々納得させた。しかし邸内には微妙な緊張感が漂っている。




 まったく、これじゃおちおち屁もできない。鍵と笹桑にあてがわれた和室では、築根と原樹、数坂とキラリの四人の刑事が、ああだこうだと意見を交している。まるで小さな捜査本部だ。笹桑はどこから持ってきたのか、寿司屋のようなデカい湯飲みを皆に配り、急須で茶を注いで回っている。鍵は畳まれた布団に座って天井を見上げてみたが、動く毛玉は見えなかった。


「鍵はどう思う」


 築根が問う。眼の奥には期待が見えるが、探偵は眉を寄せた。


「何で私に聞くんですか」


 すると、ごま塩頭の数坂が、口の端で小さく笑った。


「アンタもこの期に及んで、一般市民を気取る訳じゃなかろう」

「いや一般市民ですよ、私は」


 しかし、原樹も鼻先でフンと笑う。


「ここまで捜査に首を突っ込んどいて、そんな言い訳が通じるか」

「好きで突っ込んだ訳じゃありませんが」


「そんな事はどうでもいい。八乃野いずるについて、どう思う」


 そんな事扱いするのか。築根の言葉を不満に思ったものの、それはもう言っても詮無い事である。


「……いずる君の両親の借金ですが、誰に金を借りてたのかわかってるんですか」


 いささか面倒臭そうな鍵の問いに、築根はうなずいた。


「銀行にも消費者金融にも借金はあったが、一番多額の金を貸していたのは、祈部六道だ。一千万近くになる」


 意外な名前に鍵の視線が動く。だが同時に思った。本当に意外な名前だろうかと。


「何故でしょう」

「何故?」


 首をかしげるキラリの方を見ずに、探偵は言葉を続けた。


「何故六道さんは、そんな大金を貸したんでしょうか」


 数坂が言う。


「八乃野夫妻は昔ここで働いていた。個人的な知り合いだったから、ではおかしいのか」

「六道さんは恐喝や脅迫で何度も訴えられてます。その相手は個人的な知り合いが多い。そうですよね」


「確かに、それはそうだが」

「そんな人物が、いずる君の両親に限って親切心を見せたのか。それはどうでしょう。普通に考えれば、法外な利息を取ったりするはずです」


「当時の捜査で金の動きも調べてあるが、そういった様子はないと調書にはあった」

「利息は金とは限らない」


「どういう意味だ」


 数坂の疑問に、けれど鍵は答えず考え込む。そして。


「笹桑さん」

「何すか」


 急須を揺らしながら振り返る笹桑ゆかりに、鍵はたずねる。


「祈部十瑠さんに初めて会ったときの事、覚えてますか」

「そりゃ覚えてますよ。十瑠ちゃん、可愛かったすよね」


「あのとき、十瑠さんはこう言いました。『死神様は死神なんです。だから、死神様が増えたのはたぶん、そうたぶん、この家で誰かが死んでる』と」


 すると笹桑は、軽く頭を掻いた。


「あー、一字一句までは覚えてないすけど、確かにそんな内容を言ってたっすね」


 キラリは目を剥いて探偵を見つめる。


「まさか、死神が犯人だなんて言いませんよね」

「さすがに、それはね」


 苦笑する鍵に、築根は問う。


「じゃ、何が気になったんだ」

「三太郎さんの死亡推定時刻って何時でしたっけ」


「午前一時頃だが。説明しろ、どういう事だ」


 焦れる築根から目をそらし、鍵はまた考え込んだ。


「……我々が十瑠さんに会ったのは、午後八時くらい。三太郎さんの死ぬ五時間ほど前になります」

「だからどうだと言うんだ。予言だとでも言いたい訳じゃあるまい」


「いや、予言にはならないんですよ」


 探偵は、苛立つ築根にそう返した。


「確かに十瑠さんの言葉は、予言のようにも聞こえます。でも予言じゃない。予言としては成立しない。何故なら彼女は『誰かが死ぬ』とは言ってませんから。こう言ったんです。『誰かが死んでる』と。つまりその言葉が正しいなら、三太郎さんが死ぬ前に、この家の中で誰かが死んでいたって事になります」


 これに呆れた声を上げたのは、キラリ。


「はあ? 結局はオカルト話を信じてるんじゃないですか」


 しかし鍵は首を振る。


「オカルト的に考えるなら、予言をするのは十瑠さんではなく、死神様であるべきです。でもこの場合、死神様に予言はできない。何故なら死神様は人の死を予言しませんから。死神様は金にまつわる予言しかできない。そういう設定なんです」


「設定って何ですか。人が死んでるんですよ」


 ムッとするキラリを横目に見ながら、数坂は一つため息をつく。


「とは言え、多登の言う事はもっともだ。あのお嬢ちゃんの言葉が予言かそうでないかが、そんなに重要かね」


 鍵は笹桑の入れた茶で、一度口を湿らせた。


「何かが見えていると主張する者がいるという事と、それが物として、現象として、実在してるかどうかは別の話です」

「それがわかってるんなら」


 数坂の言葉を、鍵は手を挙げて遮る。


「ならば逆もまた真なり、ですよ。実在していない物が見えると主張しているからといって、その人に何も見えていない理由にはならない。ならば、何かを見たんです」


 築根の顔に緊張が走る。


「いったい、祈部十瑠が何を見たと言うんだ」

「おそらくは」


 鍵はまた天井を振り仰いだ。


「祈部六道さんの死体です」

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