経営学を学ぶ大学生、安芸島かおる 3

「この『日付誤認』の仕掛けの目的はもちろん、『ダウト』プレイでダーリンを最高に有利にするため。大まかな内容は、プレイ中、日付が変わって一月三十一日だと思っている富賀河ふかがを、まだ三十日のままのアラバマ州に移動させること」

「私、アメリカの地理なんて詳しくないけど、メ―ブルトンってところからの移動なんでしょ? 富賀河に気づかれないでそんなこと、可能なの?」

「ふふふ……。百キロ近い距離の移動……二段階に分けます」


 安芸島あきしまは不敵に笑みをこぼす。


「まず一段階目。夕食に睡眠薬を仕込んで、三時間強ほど富賀河には寝てもらう。この間に、ジョージア州のメ―ブルトンから、アラバマ州との州境、ギリギリのところまで来ます。百キロ弱の移動だね。目指すのは、スマートフォンのGPSがギリギリジョージア州って判断してくれるところ!」

「GPS?」

「そう。この仕掛けは、私たちが今どこにいるのか、アプリが正確にAI判断してくれないと意味がないの。だから、GPSがジョージア州と判断してくれる一番端っこ。ここまでで第一移動。ここまではコンテナハウス三台で来ます。富賀河の部屋と、トイレの部屋と、食堂兼ゲームプレイ部屋。もちろん、富賀河を起こすときはこれらは連結させる」

「トイレは前段階のプレイ中、ヤツがいつ催すか分かんねーからな……」

「賭け額を上げた勝負が始まったら、スマホから私が運転士さんに指示を出す。部屋の連結を切り離して、プレイ部屋だけ移動を開始! ただし、『マイライ』設定フェーズが終わってからね」

「『マイライ』設定フェーズを……なんで?」

「いろいろパターンを思考した結果、『マイライ』設定フェーズで『規制法延期』の『ウソ』を確かめる手もあったからだよ。実際、富賀河はこの手を使ったみたい。この時点ではAI判断には東部標準時……ESTを使ってもらって『ウソ』のままにしとく必要があるから、州境越えはまだしない。に移動済みで、『明後日にアプリ規制法が施行』なんて確認されたら、『本当』のこととして『マイライ』設定を弾かれちゃう。要らない疑念を生んじゃう。富賀河にはダーリンの『マイライ』を掴んでいると、勝利を確信していてもらいたい」


 三ツ路みつろはコーヒーカップを口に運ぶ。目の前の策士な友人の話を聞いていると、どうにも喉が渇いてくる。


「もちろん俺は、『規制法延期』のことなんかには少しも触れない『マイライ』を設定して、フェーズを終了。ゲームを開始する……」

「で、第二段階目の移動。勝負部屋のコンテナだけ州境に向けて発進~! 気づかれないようにゆっくりゆっくり……時速一キロくらい。分速で約十六メートル。移動し始めれば結構大丈夫だけど、車の始動のときには少し衝撃があるだろうから……」

「俺はカオルの指示通り、足を乗っけてテーブルを揺らした」

「うん。ごまかしたわけだね~。移動中の軽い振動もごまかせるよう用意した、ふわふわなカーペットとふかふかの椅子。コンテナ底部には特注したショックアブソーバー……富賀河は見事に気づかない。で、二十分も走れば三百メートルくらい進んでます! これだけあればGPS判定でも十分にアラバマ州入り!」

「これで、完全に俺に有利な場が完成。時計を確認して、移動に十分な時間が経過したところで、『明後日は規制法が施行』される、と発言する。富賀河の『マイライを掴んでいる』というり所を瓦解がかいさせるためだな」

「それ……さっき『マイライ』設定の話の時の……」

「そう! 移動が終わった後、『明後日』という言葉は、スマホのGPSを基にしてアラバマ州の中部標準時――CSTによって一月三十日の翌々日……二月一日としてAIの判定に使われるの! 二月一日はもちろん、本来のアプリ規制法の施行日! 日本時間だと『明後日』は二月二日を指すけど、『ダウト』アプリは、発言時のスマホの位置を基準にウソを判定するッ! よって、『明後日にアプリ規制法が施行』の発言を『本当』のこととして判定するぅ~!」


――で、「……。


「俺の発言に鬼の首を取ったように『ダウト』をかける富賀河だが、『ダウト』は不成立。『明後日』が二月二日のことと思っている富賀河は、なぜ『規制法延期』が『本当』のこととして判定されたのか判らず、思考の混乱をきたす……ってわけ。『ウソ』だったはずが『本当』になっている。訳わからんよな。あわよくば『明日が規制法のはずだ』とかなんとか叫んで墓穴を掘ってくれる可能性もある……。『日付誤認』は『規制法延期』のフェイクと合わさって断然有利になるのさ」

「こうなったら、別の話題でも、直接に日付の話でも、曜日の話でも、富賀河が言ったら『ダウト』できるし、それを引き出させるような会話を振ってもオーケ―。富賀河は完全に針のむしろ。ほとんど勝てるね」

「はぁ~……えげつないですね……」

「いやあ、そんなことはないぜ」


 剣ヶ峰は、微笑を湛えて首を振る。


「富賀河にも言った通り、俺達の目的は勝ちきることじゃない。ヤツに絶望させることだ。まあ、五千万もの勝負に勝てば当然、絶望顔を拝めただろうし、そのためにこんなに罠を張り巡らしたんだけど、途中で『マイライは発言済み』だって教えてやったんだ。ヤツもバカすぎる、ってわけじゃないから判ってくれるかな、と思ってさ。そしたら狙い通り、ヤツは『規制法延期がマイライ』、『自分の勝ちパターン』、『残る勝ち目』を失って、自分が詰んだことを悟ったのか、その画像の通り、クッソ悲愴ひそうな顔をした。俺とカオルはそれで十分に満足した。あとはまあ、ヤツのひどい顔でも眺めながらタイムオーバーを迎えるか~と思ってた。そしたら……」

「うん、そしたら、ね」


 安芸島と剣ヶ峰つるぎがみねはいかにも楽しそうにお互いの顔を見合わせる。

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