経営学を学ぶ大学生、安芸島かおる 2

「私たちが富賀河ふかがに仕掛けたのは大きく三つ。『規制法の延期』のウソ。『日付を誤認』させること。ダーリンの『本当のマイライ』」


 「剣なんでも屋」事務所内、必要以上に絡みつく剣ヶ峰つるぎがみね安芸島あきしまの二人の対面のソファーには、コーヒーをすす三ツ路みつろが座っている。


 二人から富賀河、成敗の連絡を受けた三ツ路は驚いた。三カ月前に三ツ路が頼んで以来、二人から途中経過のような連絡など一切なく、三ツ路自身も忘れかけていたからだ。

 事務所に着くや目の前に、見ていて可哀そうになるくらいゆがんだ富賀河の顔の画像と三十万円が入った封筒を並べられ、三ツ路は溜飲りゅういんが下がるどころか、頭の上に疑問符がつくばかりだった。

 そのため、二人に説明を求めているのである。


「『日付を誤認』させるってのは……『一時間のズレ』を利用して、一月三十日を一月三十一日と富賀河に思わせるってことよね……。一体、どういうこと……?」

「まあ、まあ、順番にいこうよ、桜音おうねちゃん」


 ニンマリと、話の主導権を握っているが故の余裕の表情を見せる安芸島。


「まずは『規制法延期』。これの目的は『日付誤認』仕掛けの目くらましと、富賀河に五千万の大勝負に乗せさせる後押し、プレイ中の戦略を『待ち』にさせること。そして、あわよくば墓穴を掘ってもらうため」

「目くらましってのは、ワザとニセモノと気づくような大げさすぎるニュースで、別の何かを仕掛けているんじゃないかと考えることをはばむわけだな」


 剣ヶ峰が、頷きながら安芸島の講義に続く。


「そう。ニセモノだと気づけば、考えるでしょ? 『なんでこんな仕掛けを』って。で、『マイライ』に設定する、に考えが行き着く。相手の『マイライ』を知った気になったら、もうそこからは別の仕掛けについてはなかなか考えが及ばない。『ダウト』は相手の『マイライ』を知ってたら俄然がぜん有利だからね~。『マイライ』さえ待ってたら勝てると思っている富賀河は、自分の体質での『ダウト』ゲームの有利さも手伝って、五千万の勝負に乗る。そうして、誘導されたとも知らず、待ち状態でプレイする」

「富賀河を待ち状態にさせることには、何か意味があるの?」

「それは、『日付の誤認』の仕掛けが完成するまでの時間稼ぎと、完成してからはダーリン主体での会話をしやすくするため。アイツがしゃべくってる最中に、突然別の話題を出したら不自然でしょ? こっちのいいように事を運びたいし、仕掛けが完成したらプレイの残り時間はそれを有効に使いたいからね。富賀河には基本、黙っててもらう。仕掛けの完成と時間稼ぎって部分は、あとで説明するね」

「……墓穴ってのは?」


 これには剣ヶ峰が口を開いた。


「『日付誤認』の仕掛けが完成したら、日付と連動する『規制法延期』の話題は、『ダウト』材料の山になる。つまり、『規制法延期』が『ウソ』だとバレようがバレまいが、『日付誤認』を把握してなければ、『規制法延期』の話題自体が危ないのさ。『延期』自体は、直接『ダウト』対象だし、俺に『規制法延期』を言わせようと、遠回しに日付や、『明日』、『明後日』なんて言葉を使ってきても、ちょっと間違えば簡単に『ダウト』の対象になっていく。富賀河もタイムオーバーが迫れば、『規制法延期』の話題から俺の『マイライ』を引き出させようと、水を向けるはずだしな」

「へえ……コレ、剣ヶ峰さんが考えたんですか?」


――そんな、策士的な風には見えないけどなぁ……。


「私だよ~」


――やっぱり。


「ただ、アイディアはダーリンのもの~。富賀河の『不自然な勝利』のタネを知ったダーリンが、『俺も富賀河に、ウソを本当に、本当のことをウソと思わせたい』って意趣いしゅ返しのリクエストしてね」

「だって卑怯ひきょうすぎんだろ、アイツ……」


――その程度の言葉では、アイディアとは言えない……かな。まあ、完全にカオルが煮詰めたんだろうね……。

 

 安芸島という人間は、とぼけているようでどこか抜け目ないから付き合っていて面白いのだ、と三ツ路は友人をほんの少しだけ誇った。


「次は『日付を誤認』させる。これは今回最大の仕掛けだね~」

「金もクッソかかったぞ、コレ。どうやってあのクソ親父に返してくんだよ……」

「五千万も勝ったんですよね?」

「下調べ費用、メ―ブルトンの別荘の改装、衝撃吸収に重点を置いたオーダーメイドコンテナハウス三台の製造費に牽引車の運ちゃん人件費だろぉ……。州境の現場をならす土木工事にフェイクニュース作成費、仕掛けのテストプレイや、事前に富賀河を飢えさせるために協力してくれた『ダウト』プレイヤーへのギャラ……挙げたらキリがない。五千万じゃ全然、足りないっつーの」

「いいじゃない、ダーリン。二人で『剣なんでも屋』で頑張ってこーよ。そのために私、大学行ってるんだから!」

「そうだな~。そうすっか~」

「ふふ~」


 頭をでられて満面の笑みの安芸島。

 おほん、と一つ咳払いをする三ツ路。


「で、『日付誤認』はどうやったんですか?」

「あ、うん……」


 安芸島は剣ヶ峰にもたれかかり、うっとりした様子のまま話し出す。

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