毟り取る男、富賀河透流 12

「自分をいつわる演技ってのは、『ダウト』されるとどうなるんだろうな? 富賀河ふかがぁ」


 安芸島あきしまに肩を揉まれながら、剣ヶ峰つるぎがみねは薄笑いを浮かべる。


――なんだ、コイツ……。急に態度が変わって。


「その顔、まだ判ってないようだな。今まで、丁寧語で、気弱そうで、金持ってそうなヤツだった甘ちゃんは全部、演技。お前をおとしいれるための演技だったんだよ」

「ダーリン、賞とれちゃうよ! ノーベル主役賞!」

「カオル……多分、ノーベル賞に主役賞はないぞ」

「や~ん!」


 目の前でじゃれ合う二人を見ながら、富賀河は考える。


――落ち着け、落ち着け……。


 剣ヶ峰がお坊ちゃんの演技してたからってそれがなんだってんだ?!

 五千万のゲームは開始された。俺がヤツの「マイライ」を把握してる事実は依然として変わっていない! 依然として俺は勝利が約束されたままだ!


「……剣ヶ峰サン。いや、剣ヶ峰」

「ン?」

「すっかりやられたよ。クソダセェ男だなと内心、思ってたんだ。今のアンタ、サマになってるよ……」

「それはそれは、ドーモ……」


 剣ヶ峰が演技していたことなんてどうでもいい。下手に騒ぎ立てる必要はない。

 今のヤツ……アレは、「規制法延期」の仕掛けがあるからイキっているに過ぎない! 俺の勝ちがより確実に約束されただけに過ぎない!

 そして……。


「その、テーブルに足なんか乗っけてると汚れるぜ? それも本当はアンタの趣味じゃねえ、お高いヤツなんだろ? もったいないな~」


――ゲームはもう始まっている。俺のも出していくぞ……!


「ククッ」


 剣ヶ峰が顔を伏せて笑っている。

 富賀河に言われたから、というわけでもなさそうだが、剣ヶ峰はテーブルから下ろした足を組み直す。


――来い! 飛びつけ! 


「ダウト……」


――いょしッ! ヤツのダウトチャンスはこれで一個減っ……


?」

「ッ?!」

「そんなあからさまな『ウソ』……誰が『ダウト』するもんかよ。どこがグレイなんだ。どう見たってじゃねえか……お前、焦り過ぎだろ」


――なんだと?! 何故「ダウト」しない! 「ウソ」だと考えてるなら、なおさら何故しない?!


 ここで、富賀河は目を見開く。


――まさか。



 富賀河は平静を装うが、無意識に生唾を飲み込んでいた。


「お前、あんまりだろ? それもあってか不整脈気味だし、平均体温も高い……」


 剣ヶ峰は自身の左手人指し指にはめている銀色の指輪をしげしげと眺める。


「この『アイ・リング』から送られる身体からだのデータ……発汗や脈拍なんかの身体の反応でAIが判定をかけるような、『主観的なウソ』。お前は、AIことを悪用してる」

「……ッ!」


――俺の体……そして判定のこと……。バレてる……ホントに知ってやがる!


「本勝負の前段階では一般的な事実で判定される『客観的なウソ』――『浦島太郎の方がカメを……』とかだな。これらを使ってお前も負けるということを演出する。だが、ここ一番の勝負では相手が気づきやすい『主観的なウソ』を会話にバラまいて、『。そうして、相手のダウトチャンスを消費させ尽くして勝つ。それがお前の手。時には、アホみたいにあからさまな『ウソ』までいてな」

「……そんなわけ……ないだろ」

とぼけてもムダだ。こっちはどんだけお前の下調べしたと思ってんだよ。この手……ちょっと注意を払えばパターンがバレるから、お前、初対面の相手としか『ダウト』ゲームをプレイしないようにしてただろ?」


 富賀河はスキンクリームをテーブル上に出す。動揺を少しでも落ち着かせるため……だが、剣ヶ峰はそのクリームを指差し、「そのスキンクリーム」と言葉を続ける。


「最初は、お前が頻繁ひんぱんに塗ってる。それが指輪に誤作動を、とか突飛とっぴな考えも起こしたが、『ダウト』ゲーム中以外でも塗っているところを見て、お前の通院歴を調べた。皮膚科に通ってるな? 富賀河サン。乾燥しやすいんだろ、常人の比じゃないくらい……」


――本当だ……本当に調べてやがる! ヤツは、


「AI判定九十九・九パーセントの外側……。富賀河、お前はさしずめ、千分の一の奇跡の男ってところか?」


 自身の必勝パターンを赤裸々に暴かれ、富賀河は剣ヶ峰をにらみつけた。対する剣ヶ峰は、不敵に微笑ほほえみを浮かべている。

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