毟り取る男、富賀河透流 10

『ダウト成立! ユーウィン!』


「も~……ダーリン負けちゃったぁ~」


 安芸島あきしまは自身のスマホを操作する手を止めると、頭をガックリとらし、ため息を漏らした。


 これで四戦が終了。

 すべてに「観戦者」が一人ついていたが、これは安芸島なのだろう。「観戦者」は珍しい、という連想から、三カ月前もそうだったな、と富賀河ふかがは思い出していた。

 ひとまずのところ、これで戦績は富賀河の三勝一敗。収支はプラス八十万。

 

「……やっぱりダメでしたか」

「運転しなさそうだからな、剣ヶ峰つるぎがみねサンは。『一般道の制限速度』の話なんて違和感だらけだぜ。あと、親切で教えてやるけど、『ダウト』で数字の話が出たらまず『マイライ』を疑う。コレ、基本な」

「はは……。ご教授、ありがとうございます」


 この四戦は、富賀河はいつものパターン……序盤のをしなかった。これは賭け額を上げるためにやるのだが、今回は「規制法延期」の「マイライ」が使用されるタイミングを剣ヶ峰に委ねるため、賭け額のアップを富賀河から持ち出す気はない。

 事実、これまで「ナマジュウ」から「サンジュウ」、「ゴジュウ」と額が上がってきたが、その話を切り出してきたのはすべて、プレイルームの「マスター」をつとめてきた剣ヶ峰だ。


「さて……日付も変わりましたね」


 剣ヶ峰が壁に掛けられている時計を見上げる。つられて、富賀河も時計を見た。

 針は盤面の頂点を周り、零時二分。

 続けて、ルーム準備中のため表示がされている、スマートフォンのステータスバーも見る。


【一月三十一日 零時二分(EST)】


「どうです? 富賀河さん」


 剣ヶ峰が富賀河の顔色をうかがってくる。


「『規制法が延期』されたことでズレてしまいましたが、『ダウト』ゲームを満喫まんきつできる本来の最後の日を迎えたことですし、ここで『入室条件』を一気に上げてみませんか?」


――……。「規制法延期」の「ウソ」を使う気だな。ご丁寧に印象付けまでしてやがる。


「どれくらいだ?」

「……『ナマゴセン』」

「……五千ッ?!」


 『ナマゴセン』は……現金、五千万。


「……もしかして、『ダウト』アプリ運営に対する振込上限解除の銀行手続き、していませんか?」

「いや、一応してあるが……ちょ、ちょっと考えさせろ」


 富賀河はスキンクリームを取り出すと、心を落ち着かせるように、それをゆっくりとした手つきで手のひらに伸ばし始める。


――五千万だとッ?! もし……万が一負けたとしたら、俺の口座の中身は全て吹っ飛ぶ……。


 いくらなんでも上げすぎだが、逆に言えば、ここでまず間違いなく「ウソ」を使ってくるってことだ……。長い間でやっとこさ稼いだ五千万……同額を一晩で手に入れるチャンス。

 ヤツの「マイライ」を知っている俺は十中八九は勝てるはず。いつものもある。勝利は確実と言ってもいいくらいだが……。


――あと一押し、一押し何か確証があれば……。


 富賀河は一分ばかり、勝利をより確実にする手はないものか、と思索しさくふけった。そんな彼に、突如とつじょ天啓てんけいが降りる。


――俺の「マイライ」設定フェーズを使って確かめればいい! を!


 よくよく考えたら「規制法延期」が「ウソ」だってことはトモからの情報でしか判断してねえ。「マイライ」の判定にかけてこれが「ウソ」だってことを確実にすればいい!

 そんな「ウソ」をわざわざ大金かけてまで用意した剣ヶ峰。「マイライ」に「規制法延期」を使ってくる。ヤツはのうのうと「マイライ」を発言してくる。俺はそれに「ダウト」するッ! これで決まりだッ!


 富賀河は天啓によるひらめきにひとりうなずく。


「……いいぜ。『ナマゴセン』……やろうじゃないか」

「……さすが富賀河さん」

「すごい、すっご~い! 大勝負だね、ダーリン」


 安芸島が剣ヶ峰の背後から腕を回し、至近距離に顔を近づけている。


「今度は勝ってよね、ダーリン」

「ああ、富賀河さんの胸を借りるつもりで頑張るよ」


 そのやりとりの後、剣ヶ峰と安芸島の二人は口づけをした。


――クソバカップルが!


「富賀河さん。先にトイレとか、大丈夫ですか?」

「ん…ああ、大丈夫だ。五分程度なら……」

「あ、それですが……プレイ時間は三十分にします。せっかくの大一番ですから、長く楽しもうと思いまして。ダメですかね?」

「……ダウトチャンスは?」

「三回のままです」


――ならばいい。予備策としてではあるが……俺が使う必勝パターンには、からな。むしろ助かるぜ。


「……オーケー。それでいい」

「よかった……。それで、トイレは大丈夫そうですかね?」

「ああ、全然そんな気配はない。ルーム作ってくれ。入室するぜ」


ポーン


 富賀河は「ナマゴセン」の入室条件の支払いを済ませ、ルームに入室した。


「では、始めますね」

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