第10話 真綿で首を絞められない

あのミニスカートを履いたキラーマシンが去ってから既に3時間以上が経過していた。

あれが一体なんだったのかは結局今でも分からない。

時刻表示は既に7:25となっており、ゲーム時間の4分の1以上が経過していた。

まだ、たったの、ほんの4分の1とも言える。


俺はといえば、相変わらず口の中の真綿から唾液を吐き出す作業を続けていたが、徐々に慣れてきた気がする。

真綿に十分に唾液が染み込んだら、舌を使って上顎に押し当てて、ジュワーと唾液を口の外に吐き出す。

もちろん真綿をどうにかして吐き出せれば一番楽なのではあるが、『出すな』とアカリに厳命されている以上、それは我慢しておく。

我慢できることでアカリの機嫌を損ねて死にたくはない。

鼻呼吸であれば十分に呼吸はできていたし、それで今は良いのである。

数時間後のことを色々考えたところで、俺の想像の範疇に収まるはずがないし、むしろ死にたくなるだけである。

むしろマジで死ぬのかもしれないが。

いずれにせよ、るを知る。そういうことである。

俺はここに来て何かを悟った気分になった。


――それにしてもお腹が空いた……。

と俺は思った。

ここに運ばれて来たのが何時かわからないが、俺の体内時計では、そろそろ夜な気がしている。

根拠は全く無いが、何となくお腹の空き具合からしてそうだと思う。


時刻表示が7:30を回った頃、唐突にドアが開いた。

すると、今度はセーラー服姿のアカリが入ってきた。

しかも、先ほどキラーマシンが履いていたような、濃紺のミニスカートに薄手のニーソックスを履いていた。

ニーソとスカートの間の絶対領域である肌色がとても眩しかった。

ロリ体型であるが、ニーソの太ももへの食い込み具合から適度な太さと肉付きが感じられて、健康的なセクシーさという一見相反するものが両立していた。

俺は思わずじっと見入ってしまった。

――さすが現役アイドルだぜ……。キラーマシンとは違うな……。


アカリは銀色のカートを押してドアから入って来た。

ちょうど高級ホテルで食事を運ぶ際に使われるような、手押しの2段になっているカートである。

そして上の段には、まさに食事と思われるものが一皿だけ乗っていた。

その中身は銀の半球状のボウルで蓋をされていたためにわからなかったが、俺は待望の食事らしきものに胸が高まった。

が、しかし、すぐに今はデスゲームであることを思い出し、ロクでもない中身だろうと考え直した。

期待しない方が落胆した時のショックも小さいのである。


そして銀色のカートの下の段には謎の薄い桃色の布が畳まれていた。

――なんだろうか……。


ドアを閉めて、銀色のカートの横に立つと、こういった。

「みなさん、元気にしてましたか?」

朗らかに柔らかい笑顔で、セーラー服姿のアカリが屈託なく言った。

もちろん俺を含めて、アンダー3人は一切反応をしない。俺たちは人形だからな。

もちろん散らばっている大量の人形も一切反応をしない。人形だからな。


「ちゃんと、良い子にしてましたか?」

アカリはもう一度問いかけて来た。

もちろんこれにも反応をしない。


すると唐突にアカリは頷いて、「うんうん、えー、だれ?」と1人で人形と話し出した。

やはり無視が正解だったらしい。

アカリはさらに続ける。

「えー、そうなんだー。他の子は何か知ってますか? 元気ない子がいるようなのですが……。あ、はい、そうなんです、教えてください。……、ふむふむ、緑と黒の市松模様の子ですね。ありがとうございます。緑と黒の市松模様は……」


俺は唐突にアカリと目が合った。

しまったと思って、すぐに目を逸らしたが、アカリは俺にロックオンをしたのか、俺の方に近づいて来た。

そして、なぜかアカリは、銀色のカートの下段に合った、薄桃色の布を持ってきた。

「あなた、元気無いんですって? ごめんなさいね。あまり構ってあげられなくて、拗ねてしまったんでしょう。今から遊んであげますからね〜」


アカリはそう言うと、おもむろに襟首を持って力任せに引っ張りあげた。

そうして俺を無理やりに立たせると、手を縛っていた布をはずした上で、俺の緑と黒の市松模様の半纏に手をかけて脱がしてくれた。

「まずはこっちに着替えましょうね〜」

どうやら着せ替え遊びのようだった。

つまり、持ってきた薄桃色の布は俺が着る服ということである。

学ランの前面には唾液がべっとりとついていたが、アカリは全く気にする様子もない。


手足を縛っていた布を外した上で、学ランのボタンを外していった。

そして中に着ている白シャツもなすがままに剥ぎ取られて、あとは肌着だけになった。

さらに続いて、白いベルトにも手をかけて外し、そのまま脱がしにかかった。

俺は思わず「っ……」と声にならない音を出してしまったが、その瞬間にアカリが凄い勢いで俺の顔を上目遣いで見上げてきた。

「んー? 何か言いましたかー?」

先ほどまでの緩い雰囲気のまま、黒く爛々と輝く目で、こちらに問いかけてきた。

口元は緩く微笑んでいたが、目は全く笑っておらず、黒い炎が瞳の中に見えた。


――何でもないよ……。

と、言いたかったが、もちろん何も言わずに無視をする。

俺の粗探しをしているのか、ぐるりと目線を俺の全身に這わせた。


「そうですかー」

アカリは一気に黒い学生服ズボンは下までおろした。

かろうじて、俺はグレーの見覚えのあるパンツを履いていた。

――良かった……。

と思ったのも束の間、アカリは無理やりズボンを力任せに引っ張った。

人形として心理的に大きく動けない俺はバランスを失い、それでもなおアカリは無理やり引っ張った。


俺は背中から地面に倒れていった。

――あ、やば……。

と思ったが、床にある大量の人形がクッション代わりになったため、ケガはせずに済んだ。


危ないところだった……、と思っていると、アカリは薄桃色の布を持ってきた。

その布には正三角形を三等分した黒い線が一面に描かれており、いわゆる麻の葉模様を描いていた。

それを広げると、どうやら女性用の着物のようだった。


アカリはそれを俺に羽織らせた。

そして、適当に前を合わせると、紅白の市松模様の帯で適当に結びつけた。

アカリは着物を着付けたことが無いようで、体の前に帯の結び目が出来てしまっていた。


そして、ここまで着せ替えをされて気付くことがあった。

――このピンク色の着物に、さっきの緑と黒の市松模様の学生服……、めっちゃ昔のアニメキャラのだよな……、あの鬼を刃で滅するタイプの……。あれ、でも、このピンク色の子、何か咥えていたような……。


と俺がそこまで思い至った瞬間、アカリは近くに落ちていた巨大なテディベアの切れた右手首から巨大な真綿を引きちぎり、一気の俺の口の中に突っ込むと、突然、緑色の細めの若竹を俺の口に噛ませた。

そして、竹から伸びていた紐を俺の首に手際よく回した上で、ギュッギュと紐を固く縛った。

ちょうど口枷をはめられたかのような形になり、俺は何も噛めず、竹で舌の動きも封じられ、口に真綿をいっぱいに詰められ、ヨダレもひたすらに流れ出るままという状況になった。


「これで彼も元気になるでしょうね〜」

アカリは声のトーンを高めに言った。すぐにでも歌い出しそうな機嫌の良さだった。

そんなに嬉しいことがあるのかと思ったが、それ以上に、口呼吸が完全に出来なくなったことに俺は気づいた。

これはヤバい。

鼻から呼吸ができるのが救いだった。

――もしこれが塞がれたら……。


「あれー、いまいち元気になってませんねー」

そう言うとアカリは、今度は小さめに真綿をちぎった。

するとそれをコネコネと小さくして、俺の鼻の穴に奥まで突っ込んだ。間髪入れずにもう片方にも。

鼻呼吸をしていた俺はびっくりしたが、とにかく呼吸を続けた。

ギリギリで息は通った。

本当にギリギリである。


「どうですかー?」

アカリは俺の髪の毛をガッと掴むと、俺の顔をかがみ込んで見てきて、目の奥を覗き込んできた。

何かを見透かそうとしているようだったが、ただただ俺は息苦しかった。

ゆっくりとゆっくりと細く長く呼吸を続けていた。

口は完全に塞がっていた。

「綿と竹は美味しいですかー?」


俺は目の前のロリ顔少女が悪魔に見えた。

いくらアンダーとはいえ、目の前で人間が苦しんでいるのである。

それでも冷静に、むしろ面白がって、弄んで、苦しむ様子を、ひたすら無邪気に楽しそうに見ているのである。

アカリの目は笑っていなかったが、これは楽しんでいる。そう確信出来る瞳だった。


「そうですか! 良かった!」

俺の恐怖の表情に満足したのか、アカリはそう明るく言うと、ようやく俺の髪の毛を離して横に倒すと、再度手足を適当に布で縛り上げた。

ひたすらに息苦しかった。

それでも、まだ助かったと言えるのかもしれないと思った。


「あー、あの人に美味しいご飯あげたからって、皆さんそんなに拗ねないで下さい。今からあなたたちもご飯にしましょうね」

そう言うと、冒険者風の衣装をきたおじさんに近づいた。

さっき右手を切り落とされて口に入れられて蹴られて気絶したサトシである。


「あれー、サトシさん、どうしてさっき差し上げた食べ物を食べ残しているんですかー?」

そう言うと、すでに口内から落ちていたサトシの右手を拾い上げた。

手首の断面には血がべっとりついていたが、そのほかに歯形が親指の付け根あたりにくっきりと跡になっていた。

先ほど口内に入れられて蹴られた時についたのだろう。


サトシはやはり無視をしていたが、何か言いたげな目だった。

何かを訴える目だった。

しかし何も言えない状況であった。

「お残しはダメですよー」

アカリは優しくサトシに言った。

しかしその内容は、要するに『自分の右手を喰え』と言うエゲツないものだった。

あくまでゆるふわな顔で、楽しそうに、当たり前のようにアカリは言った。


アカリはサトシの頭を掴むと、顎に手をかけて、下に引っ張った。

先ほどの膝蹴りで顎の骨が折れたために上手く動かないようだったが、そんなことはお構いなしに、アカリは無理やり口を開けさせた。

「ぁがっ……!」

サトシは思わず呻き声を上げたが、アカリは「何ですかー? よく聞こえないですー」と無視をした。

そして持っていたサトシの右手を、再度サトシに口内に突っ込むと、今度は顎を下から殴りつけた。

アカリは全くためらいも躊躇も容赦もなく、力強くアッパーで殴りつけた。

歯が切断された右手に食い込んだようだった。


「このまま食べなさい」

サトシは恐怖と苦悶の表情で細かく首を振ると、アカリはにっこりと笑って「また戻ってくるからね」とだけ言い残して、最後に俺と同じように手足を適当に布で縛って動けないようにした。


そうして、最後にミニスカメイド服を着たお兄さんが残った。

アカリは銀色のカートに乗った皿を持って、お兄さんに近づいた。

「お腹すいたよねー」

やはりミニスカメイドも無視をした。

いくら無視をされても、アカリの口元には常に微笑みが張り付いていた。


「おにーさんのために、こんなのを私が山から採ってきたんですよー」

と言って、銀色のボウル状の蓋を取り上げると、そこには包丁が一本とキノコが山のように盛り付けられていた。

そのキノコは毒々しい赤色に白い斑点がいくつもついたもので、普段食べているキノコとは違い、明らかに見た目が警告を発しているタイプのキノコである。

もしかしたら毒は無いのかもしれないが、普通ならば食べるのを躊躇う色と模様であった。


「これ、とーっても美味しいらしいんですよー。特別にさっき採ってきたので、食べさせてあげますね」

アカリはそう言うと、メイドの口を開けさせて、毒々しいキノコを三本一気に引っ掴み、口の中にガバっと突っ込んだ。

メイドは目を閉じて、何も見ないことにしたらしい。ある種の現実逃避である。

そして顎を下から押さえつけると、無理やり口を閉じさせた。

メイドは少しだけ顎に力を入れて拒否をしようとしたようだったが、結局、ゆっくりと口を閉じた。


「噛め」

アカリは冷たく命令口調で言うと、そのメイド観念したように目を閉じたままゆっくりと咀嚼し始めた。

口が細かく震えていた。

アカリはその様子を興味深そうに見つめていた。

観察する冷たい視線だった。


「飲め」

アカリは再度冷たく命令口調で言った。

メイドは汗をタラタラと流しながら、目を閉じたまま喉を動かした。


「開け」

もはやメイドはアカリのなすがままだった。

命令通りに口を開くとまたしても、三本のキノコを引っ掴み、一気の口の中に投入した。


「あ、そうそう」

急にアカリは冷たい口調ではなく、声のトーンを上げて話し始めた。

まるで、自分達、ミニスカメイド以外にも会話の内容を聞いてほしいかのようだった。

「あの辺に包丁を置いておくので、もし、楽しくなってきたら使って、みんなにも幸せを分けてあげて下さいね」


アカリはそういうと、持ってきていた包丁を少しだけ離れた場所におくと、銀色のカートに持ってきたものを全て載せて、ドアを開けて退場して行った。


――最後、どういうことだ……? 楽しくなったら……?

と俺は少しだけ思ったが、既にかなり息苦しくなってきており、徐々に思考が回らなくなってきた。

それ以上はまともに考えられなくなっていた。

最初は鼻息で、鼻に詰まった真綿を取ろうかと思ったが、かなり奥まで詰まってしまっており、また完全に詰まっている訳でも無いため、全然取れる気配がなかった。

むしろ勢いよく吐くためリキむと、さらに息苦しくなってしまう。


――これは……、もう……。

ドア上の時刻表示は8:10を示していた。

俺が鼻に真綿を詰められて既に30分以上が経過していた。

そして、どうも、最初に詰められた時から、徐々に鼻が詰まっているような気がする。

『気がする』というよりも、息苦しさがどんどんと増しているから、きっと徐々に詰まっていると思う。

これはきっと、綿がどんどんと鼻の中の水分を吸っているのだと、おぼろげな頭で考えた。

俺は細く長く息をするように心がけていったが苦しさは増す一方だった。

酸素がどんどん少なくなっていくのが感じられた。

どんどん何も考えられなくなっていった。

吸って吐く、これがいかに難しいか。

すー、はー、すー、はー。

まだ大丈夫だった。

息が細く吸える。

でも次の呼吸は。

無理かも。

しれない。

あ……。

……。


目の前に光の斑点がたくさん現れてきた。

ピンクや薄緑、水色など、パステルカラーの斑点だった。

世界が綺麗な色に包まれていった。

目の前にあったグロテスクな人形の群れがどんどん視界から消えていった。

気味が悪いものが塗りつぶされ、綺麗な光だけが満ちていった。

そうして、全てが光に包まれると、俺は意識が無くなった。

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