第3話 ボス戦を仕組むのも楽じゃないっ!

ある時、どこかの大統領が唐突に言い出した。

「我々は不平等を認めなければならない。それによって真の平等が達成される」と。

後世の哲学史家によれば、これが今の『平等』概念に繋がる最初の一歩だったとのこと。


そう、不平等。

人間はそもそも不平等である。

顔立ちも体型も体格も、髪の色も目の色も肌の色も、性別も血液も遺伝子も、両親も祖父母も親戚も、家庭環境も家族の資産状況も、能力も才能も才覚も、技術も経験も知識も、全て違う。

人間は全員違うのに、昔の時代は『同じだ』と決めつけて、むしろ『同じ』でなければならないものとして扱われてきた。

『同じ』であることを前提に取り扱われてきた。

今から思うと本当に不思議な話である。


そのせいで、どういう訳か全人類が平等に持つという『人権』という概念が『発明』されることになり、全ての人間は普遍的に、生きる権利を持つだの、食べる権利を持つだの、幸福を追求する権利だの、信仰をする権利だの、学校に通う権利を持つだの、経済活動をする権利だの、財産を持つ権利だのと、全く根拠の無い主張が行われてきた。


そんなものは紛い物に過ぎない。

全人類が平等に『人権』なんて持つ訳がない。

だって本質的に人間は不平等なのだから。


そして気づく。

その人の『価値』に従って扱われることこそが真の平等である、と。

つまりその者の『価値』が高ければ高いほど、優遇されて扱われるべきである。

逆に、『価値』が低ければ低いほど、冷遇されて扱われるべきである。

そして『価値』がゼロを下回るアンダー場合は……


――そう、生きる『価値』が無い。


 ***


私と水瀬はお昼をさっさと食べ終えて、迷宮のあるスタジオに戻った。

そうして状況を確認すると、先ほどお昼に確認した時よりも移動をしているアンダーの数が1人減っていた。


「あれ、1人死んだの? 罠が動いた通知は無かったけど……」

私は近くにいた撮影機材担当の林に話しかけた。

長年にわたって撮影を担当するベテランスタッフである。

「あ、お疲れ様です、小鳥さん。あの大岩の罠が発動して、女性は隅っこに逃げて避けられたんですが、その後デブのアンダーが何故かこけてそのまま死にました」

「……、そうか……」

私は思わず不服そうな顔で返事をした。


そして、私と水瀬でモニターの前に移動し、その問題のシーンを見ると、女性が大岩を避けた後もそのデブはしばらく斜面を走っていたが、唐突に脚をつんのめらせて勢いよく顔面から地面に激突し、そのまま大岩に潰されて死んでいた。

女性の思いがけない大岩の避け方と比べて、あまりにも映像として華の無いめちゃめちゃダサい死に方だったが、よくよく考えてみると、これこそまさに当初想定していた死に方だと言うことに気づいた。

――いや、まぁ、折角作ったトラップで死んでくれたんだ……。ありがたいと思わないといけないが……、それにしても……、なぜ、こんなに納得出来ないんだ……。

私は頭を抱えた。


「……、大岩は今回限りで無しかな……」

「はい……、同感です」

「まぁ、でも予定通り、これであと3人か……」


しばらくモニターを眺めていると、次のエリアにつながる謎解きが完了したようで、1人は左手を負傷しつつも3人で休憩をし始めた。

あえて謎解き回答入力をしないでおくことで、その回答をするためのスペースで安全に休憩ができるということのようだった。


「お、そろそろ、例のアレか?」

と私は水瀬に話を振った。

「そうですね」

「いや、本当にありがとね。新社会人としての最初の仕事がこれの調達手伝いって、結構大変だったと思うけど……」

「いや、本当に大変でしたよ……、環境省に厚生労働省に保健衛生局まで、色んなところに問い合わせて、たらい回しにされて、だーれも知らないんですもん……。いっぱい誓約書を書かされて、最終的にアレですからね……」

水瀬は脇に置かれた細長い機械を見て言った。

「まぁ、アレは使わないように祈ろう……」

「ですね……。まぁこれも仕事ですし、実際、官公庁対応でめっちゃ勉強になったので良いんですけど……」


そんなことを話していると、ようやく3人は立ち上がり、閉ざされたドアの横にはめ込まれているタブレットに謎解きの回答を入力した。

すると、正解を示す音がなり、次の道が開いた。


3人はゆっくりと通路を進むと、急に通過したドアが閉められて、前に進むしか無い状況となった。

そうして3人は真っ暗の広場のような空間に出た。

まるでRPGのボス戦が始まるような場所だった。

――まぁ実際にボス戦のようなものが始まるんだけど。


唐突に周辺に等間隔に置かれていた松明に火がつくと、3人の目の前にライオンのような『何か』がいた。

そのライオンもどきは、全身が全て統一された黄色で、目玉の奥すら黄色で、その毛並みには染み一つとして見えなかった。

そして、何より変なのが、細い線のようなもので全身が編み込まれているようだった。


「おおー、やっぱりめっちゃ格好いいね、この粘菌とライオンのキメラ」

私は手放しで褒めた。……自画自賛なのだが。


当初の私の計画では、いつも通り、普通のライオンがこの部屋に配置される予定だった。

しかし昨年度末の3月上旬、私はとある研究所で動植物の融合実験を行なっていることを突き止め、このデスゲームに使えないかと交渉をしたのだった。

最初は「そんなことのために使えないよ」と渋っていた研究者ではあったが、札束で頬を引っ叩くと急に従順になった。

きっと研究費でいつも苦労をしているのだろう。ご愁傷様である。


そして、見せてもらった実験体の中でも一番ピンときた、この真っ黄色な粘菌とライオンのキメラをここに連れてくることになった。


水瀬には、このキメラに関する法的規制や各種法律上の安全基準があるかを、調べてもらった。

動植物融合キメラに関する実験については各種審査基準や実験手順等は決まっているのだが、まぁ当然のことながら、実験体としての扱い方しか決まっていないので、どうやって運ぶのか、どうやってスタジオ内で安全を確保するのか、粘菌がどこかから漏れてキメラが分裂したらどうするのか、どうやってヒトを食わせるのか、などなどが全く良くわからない状況だった。

そこで水瀬は新人として配属されてから、このようなことを片っ端から電話で(イマドキ電話って!!)担当官公庁に問い合わせてもらった。

こんな問い合わせ電話を受けてしまった官公庁の担当者もご愁傷様と言いたい。


ちなみに、粘菌ライオンの安全対策としては、最終的にはやばくなったらこの火炎放射器をぶっ放せば粘菌は燃える、と研究者に言われたので、火炎放射器だけは準備した。


このことを保健衛生局の担当者に言ったら、『それでいいんじゃないですか?』と言われてしまったので、まぁこれが一応は国のお墨付きの安全対策と言えるだろう。

それが今、私と水瀬の足元にあった。


――まぁ、こんなのをこのスタジオ内でぶっ放したら、確実に火事になると思うんだけど……。

とも思ったが、そんなうるさいことを気にしていたら、この仕事はできないのである。


モニターの向こうでは3人がこれみよがしに広場に置かれていた剣や盾を手に取っていた。

そうして真っ黄色の粘菌ライオンに向けて剣を構えつつ、いつ来るのか、いつ来るのか、来ないで欲しい、と思いながら、ジリジリとした時間を送っていた。


私は撮影担当に「ちゃんと粘菌ライオンの勇姿を撮った?」という意味を込めて目くばせをしたところ、頷かれたので、そのまま罠担当に向かって頷いた。

すると、唐突に粘菌ライオンの鎖が解かれ、3人に向かって駆け出していった。


3人は剣を振るうと粘菌ライオンの体を引き裂いた。

かのように見えたが、瞬く間に剣がライオンを構成する真っ黄色の細胞群に包まれ、くるまれ、そのまま吸収されていった。

3人の剣がライオンの体内へと音もなく吸い込まれていった。


「おおーめっちゃ凄いっすね……。格好良いし、これは頑張った甲斐がありました……」

自分が調達に関わったキメラが、こうして番組の演出に上手くハマったのを感じて、少しだけ水瀬は元気になったようだった。

大きな初仕事が報われた瞬間と言えるだろう。

「よかったねー」

私は新入社員時代の気持ちを思い出して、目を細めて言った。

「良かったです!」

やはり仕事が報われるというのは、いいものである。


そうこうしているうちに、女性が不意に伸びてきた粘菌に腕を掴まれ、そのまま黄色いネバネバした物体に包まれて、ライオンの体内へと引きずり込まれていった。

女性は床に引きずられつつ脱出しようともがいていたが、黄色い腕のようなものが何度も何度も咀嚼するように本体の方へと引っ張っていった。

そうして、最終的に伸びてきた粘菌がライオンの左腹の中へと戻っていき、女性の全身がライオンの中に吸収されてしまった。

ゲップ、と言う音が聞こえると、その吸収された左のお腹の部分に一瞬だけ女性の顔のような模様が現れたが、それも一瞬で消滅した。


2人の男性だけが残った。

お互いに絶望的な表情で顔を見合わせた。

「ど……、どうする……?」

「どうするって言われても……」

そう言っている間に、粘菌ライオンから二本の黄色い腕がそれぞれに伸びてきた。

どうにか避けつつ、床に転がっていた盾をライオンに投げつけると、それに三本目の腕を伸ばしてきた。

すると、本体の粘菌の量が少なくなったためか、床にあからさまな丸いスイッチがあるのが見えた。


これに気付いた左手を怪我した男性は、もう一度落ちていた盾を粘菌ライオンの方へと投げつけると同時に、そのスイッチを押すために粘菌ライオンの方にダッシュして行った。

そうして、何とかスイッチを押した瞬間、次のエリアへのドアが開き、同時に四本目の粘菌の腕がその男性を頭から飲み込んでいった。

その男性も粘菌の黄色いネバネバに捕らえられ、咀嚼運動と共にライオンの体内へと引きずり込まれていった。

かろうじて残った男性1人だけが、色々なものを飲み込んで気を取られている粘菌ライオンの脇をすり抜けて、次のエリアへと走って移動していった。

必死の形相だった。


「閉めて!」

私は罠担当に叫んだ。

粘菌ライオンがあの部屋から逃げ出さないようにである。

あとは、粘菌ライオンを再度広めの密閉された檻に入れて、研究所に返すだけである。

――いやー、良かった……、火炎放射器の出番がなくて……。

と思うと同時に、上手くライオンが活躍して本当に良かったとも思った。


私はひとしきり安堵すると、水瀬に言った。

「最後のキラーマシン、操縦してみたら?」


水瀬は最初はどこか気が進まなそうにしていたが、キラーマシンの主観映像を見ながらコントローラーを握って、適度に煽りつつ、適度に消耗させつつ、残り1人の男性と鬼ごっこをしているうちに、どこか気が晴れたのか、楽しそうに追いかけるようになった。

そうして、最終的に男性を捕まえて四肢をもぎつついたぶって殺すと、晴れ晴れとした笑顔でこういった。

「めっちゃ楽しかったですー!」


――それは良かった。

と私は思った。

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