第2話 映画の世界は現実に持ち込めないっ!

目が覚めたら俺はエジプトの地下遺跡のような場所にいた。

岩だらけの無骨な祭壇が後ろにあり、目の前に道があった。

そこ以外に移動できる場所はなく、まるでそちらに進めと言わんばかりの構造であった。


――あれ、どこだここ?

なぜか二日酔いのような症状がして、軽く頭痛がした。

普段ならお酒を飲んでも二日酔いになんてならないのに。


昨日の夜のことを思い出そうとしても、あまり良く思い出せなかった。

なぜか記憶にフタがされているような感覚だった。


――確か四畳半の自宅で、いつも通りワンカップ酒をツマミ片手に飲んで……。

それ以降はよく分からない。寝た記憶も無い。

よく分からないなりに、この感じはどこか見覚えがあるような気がした。

こんな遺跡に見覚えなんてあるはずがないのに。

ひたすらに嫌な予感がした。


俺の周囲には俺の他にも4人いた。

全員が横に寝転がらされており、眠っているようだった。

一見したところ年代は20代から60代くらいまで、男2人、女2人と性別も年代もバラバラのようだった。


暫く周囲を観察していると、1人起き、2人起き、だんだんと眠りから覚めていくようだった。

ただ、暫くは皆、頭がぼーっとしているようで、会話をしている人はおらず、それでも今の自分の状況に不思議がっている様子だった。


そして、全員が目覚めたところで、唐突に声がした。

耳に心地良い男性の低い声だった。

「おはよう諸君」

その声を聞いた瞬間、俺は『やっぱりか……』と思った。

幼少期によく見ていたデスゲームのアナウンスにそっくりだった。

いや、というか、まさにそれなんだろう。


アンダーや底辺層で、色々な噂には聞いていたが、俺は何も言えなかった。

俺以外もアンダーも似たような反応だった。

『まさか、自分が』と思っているのだろう。

俺もそうだ。

――まさか子供の頃から見ていた番組に、まさか出る側になってしまうとは……。


「目覚めの気分はどうかね……。……只今より、君たちにはでしゅゲームを……」

アナウンサーが噛んだのが聞こえた。

おいおい、なんだよと思うも、なぜかこの笑ってはいけない状況で、不思議とお腹の奥がむずむずし始めた。

横隔膜が微振動をしているのが感じられた。

笑ってはいけないと思うほどに、先ほどの『でしゅゲーム』と言うイケメン低音ボイスが脳内をループし始めて、その横で自分のミニチュアが『なんやねん!』と脳内ツッコミを入れていた。

お腹に収めていた笑いが口元まで迫っていた。

唇もむずむずとし始めた。


すると、いつの間にかアナウンスが全て終わっていたらしい。

『でしゅゲーム』以降、何も聞いていなかった。

しまった、と俺は思ったが、もはや後の祭りだった。


すると、唐突に右奥にいた、60代くらいの若造りをしているおっさんとおじいさんの中間みたいな生物が喚き散らし始めた。

――おいおい……。死ぬぞ……。

俺は思った。


 ***


「今日って最初にあのうるさいアンダーを殺す予定でしたよね?」

「そうだね」

「……なんかウルサイですし、もうここでっておきません?」


私が見つめるモニターの向こうでは、60代くらいの男性が気が狂ったように喚き散らしている。

曰く、早くここから出せ、俺がここに連れてこられるのは間違っている、アンダーになんてなっていない、俺は総務省にはコネだってあるんだぞ、トップとは知り合いなんだぞ、俺が出るところに出ればお前らなんてすぐに潰せるんだぞ、弁護士だってヤクザだって俺の味方をしてくれてるんだぞ、などなど。

自分の現在の立場を全く理解していない

まぁ典型的なすぐ死ぬやつのセリフであった。

番組の演出的にはやはり最初にこういうわかりやすいアホなキャラがいると盛り上がるのでオッケーである。

むしろ仕込みが疑われるレベルだが、まぁこの番組に限って言えば仕込めないので、視聴者もその辺は分かっている。


「最初は普通に恐怖を植え付けるために殺すんですよね。それなら今やるのが番組的にも盛り上がるしちょうどいいんじゃないですか?」

「まぁ、確かにそうねぇ。本当はもう少し後のトラップで引っかかってもらう予定だったけど……。ってあれ、水瀬さん、まだトラップを動かしたことないよね?」

「無いです!」

「それじゃ、ちょうどいいか。動かし方はわかるよね。『テスト』を外して、さっきみたいに動かすだけ。ちょっとやってみようか、何事も経験だね」

「いいんですか! ありがとうございます!」

「うん、今度はミスらないでね。大事なシーンだから……」

「……はい」


モニターの向こうでは相変わらずおっさんが喚き散らしていたが、だんだんと罵倒のパターンも使い尽くしてしまったようで、単純な言葉を吐いていた。

早く出せ! 死ね! クソ! 顔を見せろ! バカ! ふざけんじゃねぇぞ! どうしてくれるんだ! 出るとこ出てやるぞ! 死ね!


そんなおっさんの様子を他の4人のアンダーは怯えながら見ていた。

いつこのおっさんが死ぬのかとハラハラしているようだった。


水瀬はブース内の座席を移動して、迷宮内に仕掛けられたトラップを発動させるスイッチに手をかけた。

そして、『テスト』が外れていることを確認してから、迷宮内の天井からのリアルタイム映像を見つつ、モニターに映っている目標の赤い線とおっさんの頭部の中心が重なるように調整をした上で、なんの躊躇いもなくスイッチを押した。

――おおー躊躇なくイクねぇ……。

と私は感心した。


すると唐突に赤いレーザー光線が天井から瞬時に放たれ、おっさんの体を横なぎに通過していった。

先ほどまで汚い言葉を喚き散らしていた口から、鮮血を飛び散らせ、そのまま腹部と背部に剥離した。

まるでおっさんが前後2体に分離しつつ、そのまま前後にそれぞれ倒れ込んだように見えた。

倒れ込んだ衝撃で内臓や肺や脂肪や筋肉や脳味噌やそのほか良くわからない分泌物が四方八方に飛び散った。


「おおー! ……!」

水瀬は非常に感動していた、ように見えた。

そのまま水瀬はモニター越しにアンダーらの様子を監視していたが、私は横目で水瀬が少しだけ戸惑いの表情をしていたのを見逃さなかった。

少しだけ、感動の喜びの中に、恐怖心のような光が水瀬の瞳にあったような気がした。

――まぁ通過儀礼みたいなもんだからな……。


 ***


お昼の時間になり、私は水瀬を誘って食堂にやってきた。

デスゲームの撮影中とはいってもお腹は空くし、それに今はアンダーが移動をしながら謎解き中であるため、休憩に最適の時間帯であった。

放映時はこういう冗長な場面は大体カットされることが多いため、その点でも特に監視しておく必要なく、全く問題はない。

デスゲーム・クリエイターも忙しく大変な仕事だが、まぁ、ご飯を食べる時間くらいはある。


入口に設置された機械に社員カードをかざして、メニューの中からボタンを押せば、その場で瞬時にトレーに注文の品が乗せられて出てくるという仕組みである。

今日は美味しそうなトマト煮込みハンバーグランチセットを選択した。

水瀬を待って、そのまま眺めの良い窓際に向かい合って座った。水瀬はかけそばを選んでいた。

どうやらアッサリとしたものが食べたいようだった。


水瀬は私の血のように赤いトマト煮込みハンバーグを見て、何か言いたげにこちらを向いた。

仕方がないのでまずは私からその話を振ってみる。

「……、今日、初めてトラップでアンダーを殺したんだよね。大丈夫?」

すると、水瀬は少しだけ苦い顔をしてバツの悪そうに答えた。

いつもの元気さはどこかに行ってしまっていた。

「いやー、あっはは……。想像よりキツいっすね、通過儀礼」

「まぁ、アンダーだからといって割り切れないヤツも多いからねぇ。こればかりは慣れるしかないかな……」


デスゲーム・クリエイターとしての最初の関門が、トラップでアンダーを殺すことで、それをこの部署では通過儀礼と呼んでいる。

将来的には美術や制作としてトラップを動かすことなく、仕掛けのみを考える裏方に徹することも出来なくはないが、とかく新人の頃は雑務も多く、その雑務の中にはトラップの発動ももちろんある。

これが出来なければ、このデスゲーム課で満足に働くことはできない。


「先輩はどうやって克服したんすか?」

「私は……、特に苦しまなかったな……」

「でしょうねぇ……」

「……おい、どういう意味だ?」

「いやいや、褒めてるんですよ」

「……まぁいいか。参考にならなくてすまないな」

「いやー私も自分の性格上大丈夫だと思ってたんですけどねー……」

あまり大丈夫そうではない声色だった。


「まぁでも結局慣れだと思うよ。何人もハメてれば、特になんとも思わなくなるし、私みたいに直後に真っ赤な煮込みハンバーグも美味しく食べられる」

「ですよねぇ……」

「午後もチャチャッと片付けてみようか。そんな暗い顔しないでよ。そもそも生きる価値が無い奴らなんだからさ。元気出して」

「……はい」

「あ、そうだ、今日は一応全滅エンドの予定だから、最後にキラーマシンの操縦でもしてみる? 主観カメラで相手の顔を見ながらじっくりれるよ?」

「……、考えておきます……」

水瀬は少しだけ血の気の引いた顔色で、明るくなく、楽しくなく、元気そうでなく言った。


「まぁ、考えておいてよ。慣れるとスカッとするから……って、おっと、罠が動いたな……」

そう言って私はスマホの画面を水瀬に見せた。

その画面では今の迷宮内の様子がリアルタイムで確認できるようになっていた。


そこでは、直径2メートル近い球形の大岩が傾斜した坂道を物凄いスピードで転がっていた。

その坂道はちょうど大岩の直径と同じ幅をしており、横に避けることはできなかった。

また大岩は非常に重く、もし追いつかれたら轢き潰されるのは必至と思われ、生存者のアンダー4人は急いで坂の下まで走って逃げる必要があった。


「お、今回のメインディッシュその1が動いた。これ、前からやりたかったんだよねぇ……遺跡を冒険するタイプの古い映画に良く出てくる感じで、やっぱり迫力とスリルがあるよね」

「なるほど……確かに原始的な罠って感じで、迫力がありますね」

水瀬はきっと元ネタを知らないだろうが、とりあえず褒めてくれたのでヨシとする。


「今回のデスゲーム、この大岩トラップに予算を結構使っちゃったから、他はメイン2以外は微妙にチープになっちゃったんだよね。まぁでも仕方ないかな。ロマンだからね。大岩」

「なるほど……」

水瀬は分かったのか分かってないのか、という生返事だった。


私はウキウキしつつ、水瀬は気が乗らない雰囲気を滲ませて、スマホの映像を確認し続けた。

4人のうち、最後尾にいた痩せ型の女性は、ここまでのトラップで脚を捻挫したらしく、ぴょこぴょこと走っていた。

必死に全速力で逃げてはいたが、もう少しで大岩に追いつかれそうになっていた。


――よしよし、無事に1人れそうだな……。予算を使って、誰も死ななかったら悲しいからな……。

そう思いつつ、私は期待の眼差しでそのスマホの映像を見ていた。

やはり一生懸命に作った仕掛けは、そこで死んでもらえるのが、考案者冥利に尽きると言うものである。

そして、あと少しで大岩が轢き殺すぞ、と待っていたら、唐突にその女性は床にダイブして寝そべり、通路の壁に極限まで体を押し付けた。

すると、その女性の横を大岩が何事もなく通過していった。

要するに断面が四角形の迷宮を球状の大岩が転がっていったため、四角形の通路の隅に三角形の隙間が出来て、そこに女性は綺麗に収まったのである。


それを見て、私は思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。

「……、なるほどなぁ……、だからこれまであんまりこの仕掛けは使われなかったのか……」

映画は所詮、フィクションだったと思う瞬間であった。

職場の食堂に2人の暗い顔が並んでいた。


――デスゲーム・クリエイターも楽じゃないっ!

私は改めてそう思った。

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