第21話 覚悟の在処は

「山よ、起これ」


 何度目か分からない、地揺れが起こる。


 この揺れに対して、二つの足で立っていられるほどの力は既にない。

 片膝を立てまま、片手も地面に着いた。胴体も太腿にくっつけるようにして、少しでも体を休ませる。どのくらい良くなるかは、分からないが。


 周囲は文字通りに山が出来上がり、この地が盆地のようにも思える。もちろん、盆地と言うほど広くは無いのだが。いや、盆地に大きさは関係ないのか?


 この世界だからかドウォパショだからか。

 どちらにせよ、これだけの力を押さえつけるのは無理だろう。もしかすれば、でもやってみたのだが力攻めは無理だったな。

 今度はもっとしっかりと考えてから力攻めの決断をしよう。


 違う。


 今度は無い。


 二度とごめんだ。二度と命を懸けて戦いたくない。


「さてさて。正髄は山を作ってどうするのやら」

「崩すんじゃない? いつもは元からあった土壌をだけど、今は無いからそのための斜面でしょ?」


 朱音さんがこれまでと同じく軽い調子で言った。


 崩されるのはごめんこうむりたいな。

 山に植物でも生やしてやれば崩されないか? いや、結局は力比べ。諸共崩されるのがオチか。


「随分と余裕ですね。崩れれば、朱音さんにも土砂が押し寄せるんじゃないですか?」

「どうだろうねえ。私だけを完全に封じるなんてモノが簡単に作れるのかしら? 大概、どの攻撃も防ぐんじゃない?」

「外からの衝撃も、内からの衝撃にも耐えるなんてモノ、作れるんですか?」


 山がどんどん大きくなっていってはいるが、もう少し大きくするようで。

 正髄が口を動かして何やら言い続けている。


「外から壊されて私が出てしまえば、正髄にとっては折角の犠牲が意味なくなるでしょ? それに、ピグキキゾの攻撃も防いだのよ」


 小さく頷いて、返す。

 巨人の攻撃は、確かに通ってなかったな。すっかり忘れていたよ。


 口元を隠していた手を外す。鼻血は止まったようだ。

 普通はこんなに早く止まるものではないと思うけれど、これもゴケプゾの使用によるもの、なのだろうか。


「ま、私はあの男程度の攻撃で滅することはないからっていうのもあるねえ」


 楽しそうに朱音さんが笑う。


「ずるいなあ」

「代わる?」

「遠慮します」


 自分が捕まっても、大した価値は無く殺されるかも知れないですし。


「あら、そう」

「代わるならせめて男になってくださいよ」


 女性の体は、いろいろと勝手が違いすぎるだろうから。

 ちょっと、入りたくはない。


 そう言う変わるではないのだろうけれども。


「やーよ。私、女性の神だし」

「神様にも性別があったんですね」

「神を何だと思っているの?」

「いえ。性別があるのか無いのかすら知らなかったので」


 地鳴りが止まる。

 こちらを睨みつけるように見てくる正髄を無視して、リュックに手を伸ばした。持ち手に指をかけて、引っ張る。


「崩れろ! 飲み干し、窒息させ給え!」


 正髄が高らかに宣言した。

 地面が揺れ、山が崩れる。四方から押し寄せるように、土砂が臓腑を揺らしながら迫りくる。


 ゴケプゾを開く。


 自分の血管から草が湧き出て、植物人間と化したような右手をゴケプゾの上に置いた。


「ぼぬでみドロ」


 防壁を呼び出す。

 同時に、体が焼けるように熱くなる。熱は胸に移動して、そのまま右手に移動してゴケプゾに移ったようだ。


 何だ、これは。


 これも副作用か? 


 時間が無いのか?


 くそ、分からないことが未だに多すぎる。

 分からないことは多いが、地面に深く根差した防壁は完成した。天井も多い、半円のドームを作り上げる。地面も、一応覆って。


 牢獄の周りにも防壁は出したが、床を覆うにあたってある程度隔絶された。


 次に、ドームの周りに小さな空洞の防壁を次々と作る。クッションの役目を果たしてくれるのかは分からないけれど、無いよりマシだろう。


 予定数が完成するかしないかのタイミングで、衝撃が走った。


 激突したのだろうか。

 スマホの充電を確認する。残り六十七パーセント。十分だ。


 スマホを植物に渡し、リュックから短槍を手に取った。一つだけ袖に隠し、もう一本を近くに刺す。



 音がうるさい。


 違う、息がうるさいのか。自分の呼吸がうるさいのか。

 右手で胸元の服を握り、軽く叩く。落ち着く動作らしいと、小学校の時のコーチが言っていた。だから高校球児がみんなやっていると。


 本当かは知らないけど、自分は、そう信じてやってきた。落ち着くためのルーティーンの一つとして行ってきた。


 触れば分かりそうだった鼓動が、やや落ち着いてくる。


 やるしかない。やるしかないんだ。


 怪我を負わせ、猿轡をはめる。

 正髄は言葉を口に出して指示をしていたから、これである程度無効かできるはず。


 本当は柔道とかの締め技で意識を飛ばせるのが一番なのだろうけれど、それはできない。素人すぎるから首を絞めれば殺しかねない。


 どうやって本を閉じさせるかは、それから考えよう。


 深呼吸を繰り返す。繰り返しながら待ち、呼吸を整える。


 十回を超えたあたりで地鳴りが止んだ。


 大きく息を吐いている間に、次はリズムが変わった揺れが訪れる。一発ずつ殴るような、規則的な揺れ。

 土砂崩れ、ではないだろう。

 となると、防げた、と言うことか?


 スマホを植物に渡し、地面に埋めて動かす。


 植物たちに意識を向けると、埋まったりもしているが、一帯に散らばるように、炊き込みご飯の具材のように点在していた。

 固まって埋まっている物よりもそっちが多いと言うことは、土砂崩れに埋められたわけではないのだろう。その後の、何らかの攻撃によって削られている、と。


 よく耐えられたな。


 かと言って、防壁を作った分の消耗が大きすぎて立ち上がることは出来ないわけだけれども。


「穴を開けろ!」


 正髄の肩で息をしているかのような声と共に、防壁に小さな穴が開いた。

 穴の向こうには正髄のジーパンが見える。ジーパン、と言うことは正髄からは自分のことが見えてはいないのだろう。


 槍を手に取る。

 突き刺しても、抜かなければ出血多量にはならないだろう。突き刺して、折って、抜けなくする。そのまま意識を落として病院に運ぶ。


 これだ。


 これしかない。はず。


「壁を破壊しろ」


 喉が荒れているかのような声で正髄が言った。足は動いていない。

 直後に黄土色の土が伸びてきて、植物の防壁にくっついた。植物が伸び、水分が落ちて繊維だけが薄く繋がっている。透明に近い繊維は相当な強度があるのか、伸びはするが簡単には断絶しない。


 やがて、土がぼろぼろと崩れ始めた。

 明らかに、植物の強度が上がっている。


 これは、確かに。

 怪物を下手に動かせば植物が食い込んで、作り直しか犠牲が無駄になると思うだろう。


 植物だけが要因でもないか。


 正髄は、少なくとも今日はほぼ一日自身の世界を稼働させている。襲って稼働させるのにどれだけの時間がかかるかは分からないが、直近もしばらくは使っていたのだろう。


 自分よりも慣れているとはいえ、疲労も大きいことは想像に難くない。

 足が動かないことも、納得がいく。


「やるしか、ない」


 槍を握りしめ、穴から見える太ももに照準を合わせる。

 やるんだ。刺すんだ。やるしかない。やらねば死ぬ。やるしかない。

 刺せ。刺せ。刺せ。

 死にはしないはずだ。肉を刺すだけだ。竹串で、煮込み料理を確認するのと同じだ。

 肉に刺すだけだから、感触は、良い、はず。


「くそ」


 震えるな、手。


 目の前に、自分を殺そうとしている奴が居る。灰色の時と同じだ。

 あの時は、刺せただろ。


「やるしかない」

「武器よ」


 自分の声と、正髄の声が重なった。

 顔を上げた先で、防壁にうっすらとかかる影が高く伸びる。何かを握っているように。


 転がるのに邪魔な槍を捨て、防壁の中で横に転がった。直後に、何かが防壁を真っ二つに切り裂く。何かは剣だ。銀色の刃で、真ん中が灰色になっている剣。


 あれが正髄の持つ禁書、ドウォパショの作る武器なのだろうか。


「どけろ」


 土が下から隆起した。

 そのまま手のようなものができて、ねじれるように植物の防壁を排除する。


 うねりはなおも続き、朱音さんが囚われている牢獄も露わにした。朱音さんの予想通り、牢獄には一切の土が入っていないようだ。


 植物が守っていたからかも知れないけれど。


 目を、肝心の正髄に戻す。

 正髄の左手には盾。灰色が基調であり、絵のような紋様が入っている。形も縦に長く、架空武器としてよく見る剣が仕舞えるタイプの盾にも見えた。

 右手にはもちろん、剣。


「正統派の騎士、と言う感じですか?」


 Youtubeで、日本刀を片手で振っている人は見たことがある。

 修練が必要であるが、学びを禁書から得られ、材質も現実世界の理と異なるモノならば。

 正髄の武術の腕がどうあれ、自在に振るってくることもあるか。


「どちらかと言うと、剣闘士だな。おのが身を賭け、奴隷からの脱却を目指した、高みを目指した男の形。私にぴったりだろう?」


 正髄が肩を大きく上下させながら胸を張ってくる。


「そうなんですかねえ」


 手から細い蔓を出し、槍に巻き付けた。

 持ってくる途中で槍が簡単に両断される。


 木でできた物だからか。ドウォパショの作った世界で構成された物だからか。

 どのみち、打ち合うことは出来ない、と。


 正髄と目を合わせたまま、膝を曲げ切った姿勢で自分の武器である黒い棒まで移動する。

 やらなきゃやられる。

 待つのは死。

 死にたくはない。

 これは、優先事項の高い感情だ。


「やるしか、ない」


 バットのグリップより少し太いそれを、握りしめた。

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