第20話 命の掘削

「なあ、その皮は、誰の皮だ?」


 ゴケプゾを手に取りつつ、正髄に尋ねる。


「答える必要があるか?」


 まだ呼びかけに答えてくれる、と言うことは圧倒的な有利を悟っているからか。それとも正髄洸太という男の性格か。


「まあ、無いよな」


 朱音さんを母親なら一発で拘束できたはずだと言っていたな。


 ならば父親の皮で余裕でコントロールできたか。


 おじさんか従妹を使って支配できたから朱音さんも一人で足りると思った可能性もあるか。


「肩で息をしているようだが、話しかけてくると言うことは体力に限界が来ているのか?」


 正髄の言葉で、肩が動いていたことが自覚できる。

 通りで肩の痛みが続いていたわけだ。


「疲れているのは否定できないな。普通に生きていれば命を取り合うなんて場面ないだろ?」


 正髄も会話に参加してきてくれたおかげで、ゴケプゾにイメージを伝え終わる。


 扱うモノが扱うモノだからな。

 イメージを正確に詰める必要があったんだよ。


 本当に、助かった。


 キョウチクトウをイメージして作られた植物は、この場面には最適だからな。もちろん、イメージであるため、本来のモノとは遠いだろうが。


「死んだら疲れることも感じ取れないからな。今のうちに、大事にすると良い」


 巨人が動き出した。


「名前、何だっけな」


 呟きながら、朱音さんのいる方へ下がる。


「ドウォパショ? それともピグキキゾ?」

「ああ、それそれ」


 助かります。割とマジで。

 なんだかんだ言って頼りになりますね。


 狙いは正髄。ピグキキゾに気づかれても問題はない。むしろ、これまで通りにピグキキゾを呼び戻してくれた方が助かるまである。


「だふぁみょ、ペピグピ・ドプグゾピしゅじょがねごドロ。ぃばぎなくぇごドロ!」

『花よ、正髄洸太を捕えよ。縛り上げよ!』


 ごっそりと体からまた何かが減る。めまいがして、思わず膝をついてしまった。


 それでもきっちりと発動はし、正髄とピグキキゾの間からピンク色の花が首元をかすめるように伸びた。細長い葉が切り傷を作るように正髄に迫る。植物ならあり得ない動きで正髄を巻き取ろうと動き出す。


「巨人よ。全てを消し去れ」


 巨人の腕が花を根っこから引き抜き、炎が植物を焼いて煙が起こる。

 自分も、片膝をついたまま口元を袖で覆った。夏だから、正髄は半袖だもんな。


 まあ、どんまい。次からは森に入るなら長袖を用意しなよ。


 煙の中ですら悠然と立っていた正髄が、数秒もすれば口元を抑えてかがみこんだ。


 両手を地面について、嘔吐しようとしているようにも見える。

 眼光だけがこちらを睨んでくるが、濡れているように光を多量に反射しているようだ。


「俺は別にお前を殺したいとは思っていないからな。特別に教えてやる。世の中には、燃やしても毒を発生する植物があるってことをな」


 耐火性は、言わない方が良いか。


 念のために付加させたけど、あの巨人、ピグキキゾには意味が無さそうだし。


「少量食べただけで家畜が死んだ例もあったりするけど、身近にも咲いているそうだ。おそろしいな。お前だったら、全部処分するのか?」


 正髄が顔を地面につけるように低くした。

 謝っている、とかではないだろうな。


 そう言えば、避難訓練で火事の時は低い姿勢になるんだっけ? 違うっけ?


「はな、れろ。きょじん」


 ピグキキゾが植物を手にしたまま、正髄より後方に下がっていく。


「だねドロ」


 ならばと、見た目は同じで毒性のない植物を正髄の周りに生やした。

 ポケットからネズミ花火を三つ取り出し、順に火をつけていく。


「おっと。手が滑った」


 正髄に向けて投げた。


 届きはしなかったが、三つの内二つが正髄の方へと駆けだす。


「全部捕まえろ!」


 土がうねって、植物事包み込んで地面に沈めていく。

 新しい土も現れて、床を多い、植物を完全に隠した。


「開放しろ!」


 続く正髄の怒号で、監獄が解体され空が見えるようになる。狭かった廊下が広くなる。


 朱音さんの牢獄だけを残して、監獄が土に還って、自分達が外に出されたような状態になった。

 溜まっていた煙もどんどん霧散していき、正髄は下を向きながらもここからでも分かるほどに大きく肩を揺らしていた。呼吸も荒い。


 煽るのは、やめておくか。


 ここではみっともないし、効果もないだろう。


「やってくれたな」

「こっちのセリフだ。惣三郎を勝手に人質に取りやがって」


 正髄が、何かに気が付いたように肩を動かした。


 もう、遅いけどな。


「悪いが、最初に何も起こらなかった言葉。あれ、別にゴケプゾに言ったわけじゃあないんだわ。お前に壊された人形を再起動させるためなんだ。悪いね」


 正髄が顔を上げて、鼻筋を引くつかせた。


「弟を探すためか」


「そ。流石に、察しが良いですね」


 この話を出したと言うことは、既に見つけたと言うのもバレてはいるだろう。

 人形と感覚を完全に同期させる。


「ふぁしょじ、ふぇヴぎしゅふぉぞヴふぁが、にょむぶじゅきゃぉげしゅまふぁねみょぬ」

『汝、眠りを望むなら植物がそれを叶えよう』


 正髄が本を手繰り寄せ、睨んできた。警戒しているのだろう。ただ、こちらは何も起きず。人形の右の掌に、一輪の桃紫の花が咲いた。


 意識を失っているような惣三郎に近づけて、念のため眠らせる。


「ぉふぉぇまにだ、らげふぃヴぉのまぁげふぁに、しゃじゃぃらめふぉぇまに。ぬめにげご、ゴケプゾ。ぃしゅにょむぉみょ、ゴケプゾ」

『その世界は、誰にも侵されない、私だけの世界。受け入れろ、ゴケプゾ。侵食せよ、ゴケプゾ』


 人形を起点に、ゴケプゾが世界を開いた。


 人形と言う異物が既に侵食している、と言うのが上手くいったようで。正髄のドウォパショの中にゴケプゾの世界があると言う形になる。おかげで、代償、と言うよりもとりあえず母さんは無事にゴケプゾの中に確保したまま。代償として支払わずに済んだ。


「ははっ。そこまで身を切るか。ならば、私と君は同じではないか」

「は?」


 正髄の意味不明な言葉に、怒りを含めて返せば口の中に何かが垂れてきた。鉄の、地の味が広がる。

 慌てて吐き出しつつ、口元を拭った。液体が手に着く感触がする。手を離せば、赤かった。


 血、か?


 そう言えば、鼻の下から何かが垂れているような気も、しなくもない。


 再度左手で拭う。

 手が真っ赤になった。


 マジかよ。


「朱音さん、これは、どう解釈すれば?」


 自分で考えても、良くないことしか浮かばない。

 最悪、命を削ってしまった、とか。

 それならもう逃げ出したい。


 駄目か。


 逃げれば、代償が発生しちゃうのか。くそったれが。


「言っていいの?」


「構いませんよ」

「やっと休眠から覚めれるようになったのに急に成長させられて土壌が一気にやせ細った感じ? ああ、ごめんごめん。そんな怖い感じじゃなくて、目覚めた直後に多用しすぎて体が疲れてる感じ、と言えばいいかなぁ?」

「治るんですか?」

「治せるよ」


 なら、いいや。


 とりあえずの目的は達成できたわけだし。自分を大事に思ってくれていれば、二人を逃がす代償に自分は成れるだろう。


 死にたくは無いが、まあ、あのままだと二人を巻き込んでしまうからね。死にたくはないけど、致し方ないという諦観も、ままある。


「肝心なところで詰めも甘ければ、運もないな。君は」


 正髄がドウォパショをひっつかむようにして立ち上がった。

 まだ毒は残っているからか、正髄がふらりとよろめく。それでも充血した様子が似合う目は本の上をなぞり続けているようだった。


「のぃじゅぶぇ」

『押しつぶせ』


 また体からたくさん力が持っていかれるが、植物の群れが現れ、正髄に殺到した。

 正髄の体勢が崩れている内に。気絶ぐらいは、させておきたい。


「防げ。砕け。力の差を見せつけろドウォパショ!」


 正髄の叫びの後、「うっ」と言う老婆のうめき声が朱音さんの牢獄の方から聞こえた。


 目をやると、朱音さんは違うと首を振る。となると、倒れていた人は生きていた、ということか。


 後ろ髪を引かれながらも正髄に目を戻す。


 ゴケプゾで出した植物は、どんどんちぎれて、宙を舞い、至る所に散らばっていっていた。


 植物を増量して、質量で対抗する。されど、土がどんどん植物をちぎり、食べかすのようにあたりに撒かれていった。


「肝心なところで力押しに頼るか。残念だよ。本当に」


 そう言われても、こちらの小道具は気を逸らすための物ばかり。

 ネズミ花火なんかは乱発してしまったので、もう効果は薄いだろう。あとは、携帯を紛失防止用のアクセサリーと連動させて鳴らすことぐらいだが、近くにスマホを落とせないと意味が無い。


 ウォッカ程度では劇的な火炎の広がりは期待できないし、槍系列では本当に死んでしまいかねない。そもそも接近しなくてはいけない。

 自分自身が槍を使える場面は接近して禁書を突くとか、太ももに突き刺す程度の使い方しかできないけど。太ももでも下手すると死んでしまうんだよな。


 どの血管が切れるかによって。確か。


 あとはウォッカによる目つぶし、口に含んで、宴会芸のごとく吹き付けるとか。

 残念ながら用意していた策のほとんどは遠距離で互いの位置が良く分からないうちに高い効果を発揮するものか、死んだフリなどをして接近すれば使えるものばかり。

そもそもが向かい合っての戦いになった時点で不利だからな。逆転の策がホイホイ転がっているわけではない。


 殺すことになる策は、一つだけ、あるのだけれども。


 向こうは日本語による指示、こちらはきちんとルールに則った言語による指示。

 その差で正髄が先に力尽きてくれないかとも思ったけれど、そうもいかないか。


「くそ」


 追加で呼び出した植物は、明らかに細くなっていた。

 案の定、あっけなくバラバラになる。


 ゴケプゾを閉じ、一度振るっただけで放置していた黒い棒を引き寄せた。手には、取らない。


「終わりか?」


 鼻血を拭うように手をやり、口元を隠す。

 肩で呼吸しているのはバレているから、この際、口元を隠して大口で呼吸してやろう。


「また休ませると思ったか?」


 正髄が禁書を高々と掲げた。

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