第3話「神童な王女様」

 異世界のアリーシャ=ベルゼウスへと転生を果たした"元"少年は、自分が別の世界の王女様になれたと実感した後、この世界で生きていくと決心を固めていた。


 その決意は、王である父と、王妃である母の前で行った宣言にも表れていた。


「私、一杯勉強するっっ!!」

「アリーシャは偉いな~」

「本当ね~」

「私、もっと可愛い服が着たい!」

「山ほど買ってやるからな~」

「もっと可愛くなってしまうわね~」


 朝食後の平和な一時。


 紅茶を美味しそうに飲むアリーシャを和やかに見つめていた王と王妃は、最強に可愛いくなった娘の言葉を全て受け入れる勢いであった。


「だから……学校に行きたい!」


 元々マジメで勉学が好きだった元少年。当然この世界でも勉学に励みたいと思うのは自然な事だった。


「それはダメだっっ!!」

「勉強なら、城でも出来るじゃないっっ!!」


 まさかこんなにも反対されるとは思ってもみなかったアリーシャは、二人の顔をキョロキョロと小動物のように伺うしか出来なかった。


 反対の理由は明確だ。

 こんなにも可愛い娘が、心配だった。

 ただ単純に、過保護なだけである。


 目の届く範囲かつ、アリーシャに危険が及ばない事なら、二人も二つ返事で頷いていた事だろう。


「何故、ダメなのですか?」

「うっ……」

「くっ……」


 涙目で訴えるその姿は、可愛さも相まって相当な威力だ。なんとか説得しようと思案する過保護な両親だが、キュン弾を喰らってしまいそれ所ではなかった。


 もう少し冷静であったならば、王女が学校に通う危険さと、どんなマイナスな影響があるかなど説明出来ただろう。


 しかし、今の二人からは、まともな回答は期待出来そうにない。


「あ、あれだ……貴族達が通う学園の入試テストに受かるレベルであり、城で雇っている専属教師からOKが出れば考えてやろう!」

「そうね! それと、国一番の騎士に剣術で勝てるほど強い女性であり、賢者にも勝る魔法の使い手を従者に出来れば考えない事もないわね!」


 絞り出すような王と王妃の答えだったが、アリーシャは一つの希望を見いだしていた。


「でしたらっ! 入試テストが受かるレベルである事を示し、専属教師からの承諾を貰い、国で一番強い騎士を剣術で倒せる女性で、賢者を圧倒する魔法使いを従者に出来るなら、貴族達が通う学園に行っても良いのですねっ!」

「あ、ああ……」

「そ、そうね……」


 まくし立てられた勢いで了承してしまった王と王妃だったが、 言ってしまった事は、国の王として易々と撤回出来る事など出来ないのだ。


「スキップして行ってしまった……ルンルンのアリーシャも可愛いのう」

「今なら目の中に入れても痛くないわね……」

「さて……思わず了承してしまったが、学園の入試テストに受かるレベルなど無理であろう」

「そうね。専属教師から、『あの子の知能は、五歳児と同レベルです』と、不名誉なお墨付きを頂いていましたものね」

「それに、国一番の騎士を剣術で倒せて賢者を圧倒する魔法使いなんているのか?」

「いないですわね」

「であろうな」


 "無理難題"だと、たかをくくる過保護な両親。娘には悪いが、"可愛い子には旅をさせろ"など糞喰らえだと、心の中で悪態をついていた。


 しかし、この二人は、今のアリーシャが秀才かつ超

 がつくほど優れた記憶力の持ち主である事を知らず、もう一つの難題である"最強の従者"が現れてしまう事も、今は知るよしもない……。



「ねえねえっ、聞いてエミリー! 私、貴族が通う学園に行けるの!」

「それは良かったですね、アリーシャ様」


 朝食を済ませ、王と王妃の元をスキップで後にしたアリーシャは、侍女であるエミリーにルンルンで報告していた。


 因みに、アリーシャの放つキュン弾に耐性がつくまで謹慎を言い渡されていたエミリーだったが、心の中で絶叫して耐えるという荒業を習得し、復帰を果たしていた。


「制服可愛いと良いな~」

「そうですね(そのままで、十分過ぎるほど可愛えぇぇですっっ!!)」


 もう既に行く気まんまんのアリーシャだが、そのための条件を忘れた訳ではない。


「だから、今から一杯勉強しないと!」

「良いお心がけだと思います……あっ」


 気合いが入るアリーシャを、ほっこりとした気持ちで見守る侍女エミリーだが、女の子らしく変わる前のアリーシャは、超絶バカだという事を思い出してしまった。


「どうしたの?」

「いえっ、なんでも……」

「変なエミリー。あっ、そう言えば、お城に書庫はある?」

「も、勿論ございます!」

「よしっ、先ずは自習してこの世界の知識を吸収しないとっ! エミリー! 書庫まで案内してくれる?」

「りょ、了解致しました」


 やる気があるのは良い事だと思いつつ、あんなにバカだったのに付け焼き刃でどうにかなるのかと、侍女エミリーに不安が過る。


 しかし、馬鹿から秀才へと変わったアリーシャの頭脳が、その不安を吹き飛ばしていく事になる。



「歴史の本はここで全部?」

「そうでございます」


 書庫の棚の一部に並ぶ歴史の本達。一部と言っても、ざっと数えて百冊以上は並んでいる。


 その他にも、薬学や算術、魔法について書かれた本が、埃臭い書庫にずらずらと保管されていた。


「うーん、読み応えありそう! 先ずは端から全部読もう!」

「全部でございますか!?」


 字もろくに読めないのに大丈夫かと心配する侍女エミリーを他所に、アリーシャは棚の端から歴史の本を取り出しては、読書をするために置かれたテーブルへと重ねていく。


「こんなに読めるのですか!?」

「うーんと、だいたい一冊五分もかからないからまだまだいけるよ!」

「五分!? 一冊ですよ!? 五ページじゃないですからね!?」

「まあまあ、見ててよ♪」


 半信半疑で煩い侍女エミリーを納得させるため、積み上げた本の中から一冊手に持ち、ペラペラと捲り始めるアリーシャ。


 それから丁度、五分が経った頃。


 最後のページを閉じたアリーシャは、満足気な顔をして読み終えた歴史の本を、テーブルへと戻していた。


「面白かった! さあ、エミリー! 今私が読んだその本を手に取って、何ページの何行目か指定してくれる?」

「は、はぁ……では、105ページの四行目で」

「……草木が枯れるように滅ぶ国もあれば、春の芽吹きのように立ち上がる国もある」

「え……?」


 まさかと思い、自分が指定したページと行に書かれた文字を確認していく侍女エミリー。


 そこには、アリーシャが発した言葉と一語一句同じ事が書かれていた。


「どういう事でしょうか!? まさか、あんな短時間で全て暗記なさったのですか!?」

「まあね~♪ 凄い?」

「凄いどころではありませんっ! 超凄いですっ! アリーシャ様は神童であらせられたのですねっっ!!」

「へへっ、神童は言い過ぎだよ~」


(照れているアリーシャ様可愛すぎですぅぅーっっ!!)


 アリーシャは、その後も本を読み進め、夕方になる頃には百冊あった歴史の本を全て読破。


 今ではすっかり歴史博士を名乗れるほどの知識を吸収していた。


 しかし、書庫にはまだまだ沢山の本が揃っており、アリーシャの知識欲は尽きる事はなく毎日のように書庫に通う日々が続いた。



 そんな日々を重ねること二週間が経った日、いつものように読書に励んでいたアリーシャは、突然本を閉じて立ち上がった。


「全部読んだっっ!!」

「さすがでございますアリーシャ様っ! では?」

「うんっ! いざ出陣よっっ!!」


 侍女エミリーを連れ出陣するアリーシャ。

 向かう先は、城が雇った専属教師の元。


 待つのは蛇か鬼か、それとも仏か。


 アリーシャの頭脳は五歳児並みだと思っている専属教師を『参りました』と言わせるべく、いざ出陣の時ーー

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