第2話「フリフリ王女様」

 王女様が女の子らしくなっているっ! 城を揺るがす大ニュースに、城内は騒がしかった。


 ある者は、呪いだと。またある者は、重い病ではないかと様々憶測が飛び交っていた。


 そんな中、アリーシャの異変を聞いた王と王妃は、アリーシャの部屋へと飛び込んでいた。


「アリーシャが女の子らしくなってしまったとは本当かっ!?」

「なんて事なのっ! まさか恐ろしい病にかかってしまったのかしら……」


 普段口煩く王女らしい振る舞いをしろやら女性らしい所作をしなさいと言ってきた王と王妃だったが、いざ娘が女の子らしくなってしまったと聞くと、気が気ではなかったようだ。


 顔面蒼白な二人がベッドの端にちょこんと座るアリーシャの元へ駆け寄ると、アリーシャは花のような笑顔を二人へと返していた。


「ご機嫌うるわしゅうございます。お父様、お母様」

「なんだと……」

「これは一体どういう事かしら……」


 まさに可憐という言葉が相応しい立ち振舞いで王と王妃へ挨拶をするアリーシャに、二人は面食らったような表情をしていたが、すぐに顔を緩ませていた。


 こんなに可愛い子が自分達の娘なのかと疑わしくなったが、照れながらもふりふりのドレスの端を持ち、上目遣いで挨拶をするアリーシャの姿に、侍女と同じくハートを鷲掴みされてしまったのだ。


 普段のアリーシャならばドレスを捲し上げ、裾を結んだとても王女らしからぬ格好で食事の間へやってきては「親父とお袋、おは。調子どう?」と、片手を上げながらふてぶてしく言っていた。


 そんな光景を間の当たりにしていた王と王妃。


 美しい所作でナイフとフォークを使い、普段の半分以下の食事しかとらず、食事の終わりには、紅茶を音を立てず上品に飲む姿に見とれるしかなかった。


「まるで夢を見ているようだよ」

「そうですわね……」


 可愛らしく可憐なアリーシャにうっとりとする王と王妃。息子は三人いる二人だが、娘はアリーシャただ一人である。


 男まさりな娘しか見た事がなかったため、娘とはこんなにも可愛いものなのかと、感動すら感じていた。


「私の顔に何かついておりますか?」

「いや、そういう訳じゃないんだ」

「ええ、ただ可愛い娘を焼き付けておきたいのよ」

「もう、お父様もお母様もからかってっ! 恥ずかしいですわ……」


 照れて顔を紅くするアリーシャに、王や王妃だけではなく、その場にいた侍女や召し使い全員が魅了されてしまっていた。


 中には、あざとい演技で計算として可愛いを演出する者もいる。


 しかし、アリーシャが魅せるそれは、とても演技とは言えない自然なもので、天然の可愛いなのだ。


 "可愛い"は正義。国や人種、世界の壁を越える事がハッキリと証明された瞬間だった。


 何故突然このようになってしまったのか、不安に陥っていた王と王妃だったが、今となってはどうでも良かった。


 そして、この日から王と王妃は、これが娘の真の姿であったと確信し、可愛い娘に戻してくれた神に感謝するのが日課になってしまったのは、言うまでもない。


 アリーシャは、食事が終わると侍女を引き連れ、城や庭をふりふりのドレスで散策していた。

 城の者とすれ違うと、花のような笑顔で挨拶していく。


「ご苦労様です。お体に気をつけて下さいね」

「は、はいっっ!! 有り難きお言葉、感謝に絶えませんっっ!!」


 挨拶をされた方は、度肝を抜かされると同時に、なにか不浄なものが浄化されるような気持ちにされていた。


 イライラしていた者、怒っていた者、落ち込んでいた者。マイナスな気持ちになっていた者達は、別人のような可憐で可愛いアリーシャに出会うと、気持ちが晴れていくのを感じていた。


「王女様っ、あぶのうございます!」

「あっ、ありがとう、エミリー!」


 躓きそうになったアリーシャを抱えた侍女に、飛びきりの笑顔と感謝を返すアリーシャ。


 普段ならアリーシャに触れることさえしなかった侍女だったが、何故か手が出ていたのだ。


 余計な事をするなと怒られる覚悟をした侍女だったが、天使のような笑顔と感謝を返されるとは思いもしなかった。


 侍女は何か込み上げるものを感じ、叫び出したい気分だった。


 こんなに可愛いものが存在するのか?

 女性が女性に惚れるのは、倫理に反するのだろうか?


「どうしたのエミリー? か、顔が近いよっっ」


 侍女のエミリーは、気づいたらアリーシャに顔を近づけていた。


「はっ、も、もうし訳ありませんでしたっ!!」


 侍女のエミリーは、一瞬にして血の気が引いていた。

 第一王女に対する不敬。

 即死罪にされても文句は言えない。


 誰かに見られれば終わりだ。それに、アリーシャ本人に首を落とされる可能性さえあった。


 アリーシャは剣の稽古を怠らず、今や達人と並ぶ技量の持ち主。人の首を落とすなど造作もないとも言われていた。


「エミリー?」


 自身を呼ぶ声に、地に伏せていた侍女のエミリーは恐る恐る顔を上げた。


「どうして手を地面に付けているの? 汚れちゃうよ? ほら、これで手を拭いてあげるね」


 自らのハンカチーフを取り出し、侍女エミリーの手を拭くアリーシャの姿は、とても慈愛に満ちた女神のようだったと、後に侍女エミリーは仲間達に語っていた。


「王女様のハンカチーフが汚れてしまいますっっ」

「いいのいいの。それより、こんな綺麗な手が汚れちゃう方が悲しいよ……」

「王女様……」

「もうっ、王女じゃなくてアリーシャでいいよ! よしっ、綺麗になった。さ、行こう、エミリー♪」


 無邪気に侍女エミリーの手を取り、歩き出すアリーシャ。


 突然繋がれた手。柔らかく、フワフワの羽に包まれるような感触だと、侍女エミリーは昇天しかけそうな気持ちだった。


「私は勘違いしておりましたっ!! 愛に性別や形など関係なかったのですねっっ!! 私は、一生王女様に着いていきます! そして、私は……王女様のものでございますっっ!!」


 とても危ない事を熱弁する侍女エミリーだったが、当のアリーシャは、意味が良く分かっていなかった。


「よくわかんないけど……ありがとぉ、エミリー♪」


 小首を傾げ、不思議そうな顔をしたかと思えばふいにくる花のような笑顔。


 これでやられない者はいないのではなかろうか。


 当然、侍女エミリーも、胸がもげるようなキュン弾を喰らい悶絶していた。


「ア、アリーシャ様ぁぁーっっ!! 萌え尽きてしまいますぅぅーっっ!!」


 その絶叫は、晴れた空に良く響いていた。そして、同じような絶叫が城内のあちらこちらで鳴り響くのは、時間の問題であった。


 ドレスをふりふりさせ、ふらふらと楽しそうに散策するアリーシャの姿は、城内の癒しとなっていく。



「なんだか、眠りたくないな……」


 その晩、キングサイズのベッドの周りをふりふりのピンクの飾りにしてもらっていたアリーシャは、切なそうに呟いていた。


「こんな素敵な夢、もう二度と見れないかもしれないのに……」


 小さい頃、母に毎晩読んで貰っていたお姫様の物語。


 そんな世界に、夢だとしても来れたという幸せと、終わってしまうという絶望を、同時に"少年"は感じていたのだ。


 そう、少年は、これが夢だと思っていた。


 朝目覚めたら女の子になっていただけではなく、女の子なら一度は憧れる、お姫様になっていたのだ。夢だと思うほかないのかもしれない。


 出来る事なら眠りたくない。


 そう思いまぶたを閉じる事を我慢していた少年改め"アリーシャ"だったが、夢のような出来事の連続と散々散策したせいで、心と体は思った以上に疲れていた。


 抗い続けるアリーシャのまぶた。それを、『大丈夫。夢のような明日はきっとくるよ』と、小さな天使が諭すように包んでいく。


 次の日、


「アリーシャ様……朝でございます」


 愛らしい寝顔を晒すアリーシャに、侍女エミリーは、かぶりつきたくなる衝動を抑え、落ち着いた声で起床を知らせにきていた。


 その声に、アリーシャは飛び起きる。それは、大切な夢のような世界が終わってしまったという焦りだったのかもしれない。


「あれ……エミリー?」

「おはようございます。アリーシャ様」


 冷静を装う侍女エミリー。

 しかし、その冷静は直ぐ崩れてしまう。


「ゆ……夢じゃなかったんだっ! 夢じゃなかったよエミリー! 私、女の子に、お姫様になれたんだ! エミリー大好きっ!」


 あまりの嬉しさに、侍女エミリーに飛び付くアリーシャ。少年はやっと、自分が別な世界にやってきたという事実に気付いたのだ。


 その嬉しさに、天にも昇る気分だった。

 だが、実の両親と離れた寂しさはやってくるだろう。


 それでも、幼い頃から抱えていた性の不一致が解消され、憧れのお姫様になれた喜びは、他のどんな喜びにも変えられなかった。


「エ、エミリーッッ!?」


 アリーシャに飛び付かれ、『大好き』という、特大のキュン弾を喰らった侍女エミリーは、鼻血を吹き出し倒れてしまった。


「誰か助けてーっっ!!」


 大声で助けを求めるアリーシャの声に、王や王妃のみならず、前日にキュン弾を喰らっていた城内の全員が駆けつけたのは、アリーシャも予想外だった。


 そして、侍女エミリーが皆に叱られ、耐性が出来るまで侍女を交代させられたのは、可哀想の一言である。


「王女様ぁぁーっっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る