14 教会

 お茶請けとして聞いていた、冒険者上がりだというマノスの話は、とても刺激的で面白いものであった。

 冒険者への依頼は、人探しから荷物の運搬、護衛など多岐にわたり、魔物の討伐であっても、素材目的から駆除依頼など、言わば『なんでも屋』のような扱いであるらしい。


「さて、そろそろおいとまするわ」


 思っていたより話し込んでしまったが、丁度良く『呼び出し』を受けたようなので、皆がお茶を飲み終えたところで席を立つ。


「そうか。一応確認しておくが、協会の不可侵対象への追加は構わねえな?」


「好きになさい。こちらの目処が立ったら、引き抜きにでも来るわ」


 不可侵対象というのは、冒険者協会が、組織として敵対を避けたい存在を定めたものらしく、基本的に国であったり、マリー教団のような組織が対象となっているようだ。


「勘弁してくれよ。ここの椅子は結構気に入ってんだよ」


「そう、残念だわ。それじゃあね」


「お邪魔しました〜」


 こうして、冒険者協会を後にした。


 観光とは違ったかもしれないが、得る物のある有意義な時間であった。それに、冒険者協会の会長にも興味が湧いたので、これからの楽しみが増えたとも言えるだろう。


「この後はどうされますか?」


「教会へ行くわ」


 日も傾き、薄暗くなってきたところだが、呼び出されたからには行くしかないのだ。


「でしたらこの近くですね。私も週に一度は礼拝に来ておりますので、エキナ様と祈りを捧げられるなんて光栄です!」


 戦闘職にあるものは、教団の世話になる事が多い為、信者が多いとは聞いていたが、イリーナも例によって信心深いようだ。

 しかし、エキナと一緒で光栄というのはよくわからない。そんな私の疑問を感じ取ってか、エキナが説明をしてくれた。


「あ〜、位階を持たない信者の中での噂話みたいなものですねぇ。位階が高い者程、マリー様がよくご覧になられているので、一緒に礼拝することで祈りがマリー様に届きやすいらしいですよぉ」


 アイドルに認知されたがるオタクをイメージしてしまったが、なるほど、案外理にかなっているのではないだろうか。

 教団の仕組みを知ってのことではないだろうが、マリーに届きやすいというのは事実である。


「マリーに祈りを届けても何があるわけでもないでしょうに」


「いつもお助けいただいてますから、せめて感謝の気持ちがお伝えできたらなと思いまして」


 それはそれは、なんともまあ敬虔けいけんなことだ。

 そんな話をしているうちにマリー教団ティアミス教会に到着した。


 教会は領主館より更に大きく、巨大な礼拝堂に修道院、そして遠目にもかなり大きな尖塔があり、豪華な装飾があるわけではないが、白を基調とした壁面に精緻せいちに施されたレリーフが美しく、神聖さを感じさせる建物であった。


「お待ちしておりました。ご案内させていただきます」


 門の前で挨拶をしてきたのは、質素な修道服の少女で、遠目から見えていた五分程前からずっと頭を下げたまま微動だにせず待っていたようだ。


「こういうの嫌いなのよね」


「こればっかりは何を言っても変わらないと思いますよぉ」


 教団員の異常なまでのへりくだり様は、思考領域の一部をが占有しているために起きるのだが、教団の仕組み上、避けようが無いのだ。言ってしまえば、狂信者しかいないということだ。


 礼拝堂へ向かう途中、助祭じょさいであるらしいその少女に出自などを聞いてみたが、別の街の教団運営の孤児院にいたらしく、それ以前の記憶は無いらしい。

 やっていることは慈善活動なのだが、結果を見ると、孤児を拾っては狂信者に育て上げる恐ろしい組織である。


 たどり着いた礼拝堂の重厚な扉を少女が開くと、そこは巨大なステンドグラスの窓から差す光によって照らされた、幻想的な空間があった。


「ようこそお越し下さいました。リアリス様、エキナ様のお役に立てる事、当教会の一同……」


「そういうのはもういいわ」 


 柱一つとっても細やかに意匠が刻まれており、それらの彫刻や座席の角度、室内の光の反射に至るまで、その全てが最奥に立つ女神像を称えるために存在している。


 この礼拝堂を言葉で表すのはあまりに難しい。強いて言えることは



「ありがとうございます。私共がマリー様にお返しできることは祈ることでございます。全ての教会では、その祈りを少しでも多く集めるための設計がされております」


 教会に威厳いげんが必要な理由がよくわかる。きっと、信徒でなくともこの空間に来るだけで膝を折って祈りを捧げてしまうだろう。


「ああ、ベルトンだったわね」


「覚えいただけていたとは、光栄でございます」


 あまりの光景に忘れていたが、司教しきょうのベルトンが扉の前で待機していたようだ。そして、座席として並べられている木製の長椅子には、助祭じょさい司祭しさい、修道士達が並んでいる。


「準備はできておりまので、いつでも始められます」


「そう、ならさっさと終わらせましょうか」


「あ、あの!私はここにいてもよろしいのでしょうか……?」


 さっさと用事を済ませてしまおうと、祭壇へ向かって歩き出そうとしたところで、場違い感に耐えられなくなったのか、イリーナが小声で尋ねてきた。

 この子はどうしてこうも仕草が愛らしいのだろうか。


「構わないわ。大したことはしないし、適当な場所で見てたらいいわよ」


「えっと、重要な儀式なのかと思ったものでして……」


 重要なのはその通りだが、イリーナがここにいることで問題が起きるわけでもないので、気軽に眺めていれば良いと思うのだが。


「礼拝にくる人にとっては、司教って結構なお偉いさんですからね〜。雰囲気もありますし、居心地が悪いのかもですねぇ」


 そういうものか。確かに礼拝堂内は、私やエキナこそ場違いに感じられるほど、静謐せいひつおごそかな空気が満ちている。


「ちなみに、これはなんの儀式なのでしょう?」


 そういえば、教会に行くとは言っていたが、何をするかは伝えていなかったのであった。


 といっても今回は試験的なものなので、成功するとは限らないのだが。


「そうねぇ……名前を付けるのであれば、『』といったところかしら」

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