「美」とは

 あの日以来、足立君はずっとあの光景のことを考えています。登校中も授業中も下校中もずっとです。


「なんであんなに美しいと感じてしまったんだろう……?」


 足立君自身は気づいてませんが、あの日から、彼はもう夢中になれるものを見つけてしまっていたのです。


 彼は家に帰ると、いつものようにコップとジュースを持って自分の部屋に向かいますが、以前なら使うはずもなかった箸も持っていきます。何膳も持っていくと家族に不審がられるので一膳だけに持っていきます。


 いつもの彼は、適当にネットサーフィンしたり、ベッドで横になりながら雑誌や漫画を読み漁って夕飯時だけリビングで食事をとって部屋に戻ってまたネットサーフィン……といったような過ごし方をしていました。


 いまの彼は、自分の部屋にこもって、ひたすらコップと箸の前で唸ってばかりいます。

 そしてずっと問い続けます。


「なんで、これは美しくないんだ?」


 あの日の光景を再現してみようとするのですが、何故か上手くいきません。


「そうだ。キッチンじゃないとダメかもしれない」


 そう考えた足立君は、親がいないタイミングを見計らってキッチンへ向かいました。あの日と同じように、食後の洗い物をする時と同じマグカップと箸を使って同じ構図を再現するためです。ところが、同じ光景のはずなのになぜか美しく感じなかったのです。


「なんでだ??」


 行き詰った足立君は、部屋に戻ってからネットで色々な芸術論を調べたのですが、ネットには難解な芸術論ばかりが並べられていたせいで足立君はイラだちました。


「僕が知りたいのは、こんなことじゃない!!」


 それでもとにかくいろいろ検索してみると「華道」の説明ページに辿り着きました。そこには難解な用語は無く、基本的な概要しか書かれてませんでしたが、


「花は人の心である」


 の一言をみて足立君はひらめきました。


「あれは僕の心だったのか!!」


 もちろん花と箸は全然違う別物です。だけど足立君は足立君なりの理解をしたのです。あの光景の中に、足立君は、足立君にとって理想の「美」が表現されていたことを。


 気付きを得た足立君は、自分自身がどんなものに対して「美しい」と感じるのかを徹底的に記録することにしました。

 もちろん、足立君はどう記録していけばいいのか全く分かりません。今までの足立君の人生の中で、「この光景を記録しなければ」なんて思いに駆られることなんてなかったのですから。

 足立君はわからないなりに、手探りで、そして無我夢中になってとにかくノートにメモをしました。わからないなりに、とにかくノートに記録していきました。どうしても言葉にしてメモするのが難しい時は、足立君の持ってる少し古いスマートフォンで写真や動画を撮って記録しました。


 そんな生活を一年過ごした足立君ですが、以前と比べて自分自身が「美しい」と感じるものがなんなのか理解できるようになりました。


 高校3年の6月のある休日の朝、朝食後に食器類を洗うためキッチンに向かった足立君は見つけます。淡い水色をしたコップに深緑色の箸が入っているのを。


 それを見た足立君は


「美しい」


 と思いながらそれらを洗って食洗器の中に収めるのでした。

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箸を生ける アイスティー・ポン太 @icetea_ponta

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