第25話


 相川と二丁目で別れてから、紅葉と彩葉は言われた通り駅構内に併設された喫茶店に来ていた。

 落ち着いた雰囲気で、注文したメロンソーダも美味しいというのに、紅葉の気分は依然として晴れることは無い。


 結局は人任せになってしまったことへの自己嫌悪と、もしこのまま帰ってこなかったらという不安で気は滅入ってしまっていた。


 「めいちゃん」


 心配そうにのぞき込まれて、咄嗟に笑みを浮かべる。上手く笑えているかは分からないが、どうにか場を取り繕いたかったのだ。


 「無理しないで」


 ギュッと、手を握りこまれる。紅葉が不安な時、いつも彩葉はこうして励ましてくれる。

 その優しさが心地よくて、彩葉がいれば本当に何でもできるような気がするのだ。


 「ごめん……私、初がいなくなったらどうしようって……」

 「きっと大丈夫だよ、相川くんを信じよう?」


 ね?と顔を覗き込まれて、素直に首を縦に振る。きっと、きっと大丈夫だと自分を励まし続けた。


 それからどれぐらい時間が経っていたのだろう。店内に流れているジャズのBGMは幾つも変わり、永遠とも感じるほどの長い時をジッと待ち続けた。

 

 注文したメロンソーダの氷は溶けてしまっていて、最初よりは若干淡くなってしまっている。味の薄まったそれを一口飲みこめば、炭酸もかなり弱まった微妙な味が口内に広がった。


 一つため息を零した時だ。カランという鐘の音と共に、入り口の扉が開く。咄嗟に振り返れば、そこには紅葉がずっと待ち続けた彼らの姿があった。


 「めい……」


 どこか申し訳なさそうに、斜め下を向いた初の姿。場所は彩葉が相川に連絡を入れたと聞いていたため、それを頼りにここまで来てくれたのだろう。


 隣に立っている相川にお礼を言ってから、初の方に向き直った。


 「初……」

 「めい、ごめん……」

「よかった、このまま帰ってこなかったらどうしようって……嫌なこと言って、ごめんね」

 「いや、めいは何も間違ってない。謝るのは俺の方だ」


 ごめんと頭を下げてから、続いて、初は彩葉と相川に声を掛けた。


 「二人にも迷惑かけた……本当に、ありがとう」

 「あたしからも、ありがとう……。二人がいなかったら、たぶんもう、ダメだった」


 お礼を言えば、二人は優しげに口角を上げて見せた。初もどこかすっきりとした表情を浮かべていて、きっと彼の中で間違いなく何かが変わっている。


 そのきっかけを作ってくれた相川には感謝してもしきれない。同時に、きっとこれでもう大丈夫だと一安心することができた。




 駅からの帰り道を、初と二人で並んで歩く。何度も見てきた光景だというのに、あんなことがあったせいか、どこか感慨深く感じてしまう。

 こうして、再び初と歩けることが嬉しくて堪らなかった。


 初の家までの通り道にあるコンビニエンスストアに立ち寄ってから、夜食代わりの食べ物を購入する。初はフライドポテトで、紅葉は塩味の焼き鳥。夜中にお腹が空いたときの定番メニューだった。


 「……なあ、俺さ」

 「どうした」

 「勉強する……大学、行こうと思う」

 「え…⁉︎」


 驚きで、咄嗟に声を上げてしまう。あれほど赤点ギリギリであれば良いと言っていた初が、一体どういう心境の変化があったのだろう。


 確かに、初はもとから勉強が苦手では無かった。どちらかといえば容量が良く得意な方で、高校受験の際にも初から勉強を教わった思い出がある。


 家から通えるために交通費が掛からず、都立なので制服や入学金などの費用を抑えられる今の高校は、二人の希望する条件にぴったりだったのだ。


 「なんで……?」

 「そんなに苦手なわけではないし、今から勉強すれば国立だっていけるかもしれない。今楽したら、絶対後悔すると思うから……」

 「そっか……」

 「たぶん、いまはめいの方が勉強できるからさ……その……」


 そこで初が言葉を詰まらせる。あんなことを言ってしまった手前、恐らく言いづらいのだろう。


 力いっぱいに込めて、初の背中を叩く。彼に鼓舞を入れるために、思い切り力を入れた。

 痛いことは明らかだというのに、初は少し呻いたのみで大袈裟に反応はしなかった。


 「うん、一緒に勉強しよ」

 「……ありがとう」


 どこか照れくさくて、つい頬を掻いてしまう。初が良い方向に変わってくれたことが純粋に喜ばしかった。


 今から勉強をすれば、初であればきっと希望する進路に進むことが出来るだろう。

 そこで、紅葉は一体どうするのだろうと、心の中で疑問が生じた。紅葉は初と違って、大学に行きたいと思っているわけではない。


 国立といえ学費は掛かるし、それを払ってまで大学へ通いたいと思えるほどの志もないのだ。

しかし、叶えたいと思う程の夢があるわけでもない。


 自分のことだというのに、いままでずっと見て見ぬふりをしていたのだ。一体、紅葉はこれからどうなりたいのだろうという、将来への不安。


 その焦りから逃れるように、紅葉は初との勉強に励む日々を過ごしていた。勉強をして、問題を解いている間は余計なことを考えないで済む。

 悩む時間を、分からない問題に頭を働かせた方が精神的に楽だったのだ。

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