第25話 外交デビュー

「それでは今から二国間貿易協議の場へと向かいます。お二人とも準備のほどはよろしいですね?」

「ええ」

「はい」


 俺達はついに外交デビューをすることになった。

 これまでも電話を通しての祝辞の言葉や挨拶をしてきたわけだったが、これから直接会場へと出向き相手と面と向かっての話し合いをすることになる。


 その場所はもちろん海外……っと言いたいところだったが、日本国内で取り行うことが既に決まっていた。

 それは警備上の問題はもちろんのこと、任期が1年という極短い期間の就任のため侮られていたのかもしれない。これから会う人物は国トップではなく、外交官代表なのだ。


 もちろんその相手とは日本の外交の中でも一番重要な相手のアメリカである。

 尤も今日は本格的な話し合いというよりも、互いの顔合わせが目的であるとみやびさんからは事前に聞いていた。


 だが一瞬たりとも気が抜けないのが外交というものである。

 何故なら挨拶一つ取ってみても相手の国はもちろん、周りでサポートしてくれている人達に全員に見られているわけだ。


 そして話し合いの公平を期すため、テレビ局はもとより新聞社やラジオ果てはネット関連のニュースを生業とするマスコミ関係者なども当然集まっている。

 そこでもし言葉に詰まったり噛んでしまったり動揺したりすれば、当然の如くその醜態は世界へと配信されることになる。これも情報戦の前哨戦にあたり、その結果によって貿易協定への主導権を握ると言っても決して大げさではない。


「コンニチハ。ハジメマシテ、アカリシュショウ」

「ハローハロー。マイネームイズ、アカリィ~ツキノォ~ッ。オーイエース~ッ、イエ~スッ」


 今朱莉が握手をして片言交じりで挨拶をしてきたのは、アメリカを代表する外交官代表である。

 そして何故だか朱莉までも日本語が片言になり、適当な英語を口走りながらも自分の名前を告げている。しかも語尾長めのアゲアゲ調子である。もう完全に発音が間違っているのは言うまでもなかった。


 もちろん両陣営の傍らにはちゃんとした通訳官が控えているが、あくまでも最初の挨拶だけは自分達の言葉でしなけれならなかったのだ。

 朱莉には当然第一秘書で英語も堪能なみやびさんが、そして相手の外交官代表の脇にも長いブランドヘアが何とも魅力的なみやびさんに負けないくらい美人なお姉さんがいた。


 一瞬そのあまりの美しさに目を奪われそうになるが、ガチガチに緊張している朱莉の声にハッと我に返ることが出来た。


「え~っと、それでですね……日本とアメリカの貿易取引について、ははは、話をしたいと思いましゅ」


 どうやら緊張のあまり朱莉は声が震え、そして語尾までも可愛らしくも噛んでしまう。

 相手の外交官は特に笑ったりもせず、むしろ娘を見るように微笑ましくも通訳から耳打ちされ何度も頷いていた。


「Japan is closest allies and I'd like to tie FTA or TAG over the early stage by all means.」

「はいはい……」


 そして今度は意見があるのか、目の前に居る外交官の男性は通訳に何かを話していた。

 俺が居る席からではやや遠く何を話しているのかさえ耳には入らない。もっともそれも、英語なので聞こえていても理解できなかったのは秘密である。


「ローレル外務官は『日本とは友好国であり、是非ともFTAもしくはTAGを早期のうちに結びたい』と仰っています」


 FTAとはいわゆる『自由貿易協定』の略称で、一般的には二国間上で結ばれる物品の輸入量割り当てや関税緩和もしくは撤廃を目的にその適応範囲項目は投資やサービスなども含まれているため、かなり自由を主とした協定である。

 対してTAGとはいわゆる『日米物品貿易協定』の略称で、これは日米間のみで行われている農林水産物や工業製品などの物品のみに関税撤廃または緩和が適用され、投資やサービス等は対象外となる協定である。


「わ、ワタシ達日本側としてはTAGを最優先事項として念頭におき、度重なる協議をしてきました」

「FUMU……」


 朱莉の言い分に少し思うところがあるのか、ローレル外務官は背もたれに深く腰を下ろしてから溜め息をついた。

 それもそのはずアメリカ側としてはTAGよりもサービスや投資を含めたFTAを是が非でも推したかったのだ。一応の建前としてTAGの名も口には出していたが、それはあくまでも選択肢としてあるだけで本命はなんと言ってもFTAである。


 これも事前予備知識としてアメリカ側はFTAをゴリ押ししてくるだろうとみやびさんは予想し、あくまでもTAGのみに留めるべきだと助言してくれていた。


「Why doesn't Japanese Government like FTA this to there?」

「はい……ローレル外務官は『何故、日本政府はそこまでFTAをそのように嫌うのですか?』と聞いています」

「an……FTA is more freer.」

「あっはい……それと『FTAのほうがより自由である』とも」


 相手の外交官は口調こそやんわりとしているのだが、その真意は断固としてFTAしか見据えていないようにも感じる。


「すぅ~っ、はぁ~っ」


 朱莉が何故か深呼吸をはじめているのが目に入った。

 そして何を思ったのか、徐にこう口を開いた。


「Japan isn't a large country to there like the United States.(日本はアメリカのようにそこまでの大国ではありません)。And a Japanese proverb has such word. That a fact is bungled since everything is impatient.(それに日本のことわざにはこんな言葉があります。何事もいては事を仕損じる、とね)」

「a……a……a……」


 まさかここで通訳官を一切通さずに朱莉自身が自らの口で英語を話すとは思ってもいなかった。それは俺だけでなく、みやびさん他相手のローレル外務官も同じのようだ。

 彼は口をアングリと開け放ち、固まっている。


「FUFU. When such chit taste can speak English of official interpreter astonishment in skilled, is the appearance so startling? Hey, laurel foreign affairs authorities?(ふふっ。見た目こんな小娘風情が、通訳官顔負けの英語を堪能に話すことができると、そんなに驚きますか? ねぇ、ローレル外務官?)」

「FUU. If I was absorbed, I came. We probably seem to have despised you.(ふぅーっ。こりゃまいったな。どうやら我々は貴女のことを侮っていたようだ)。Excuse me, but are they able to redo this meeting from the beginning again? "Ms.Akari Prime minister "?(すみませんが、もう一度始めからこの会談をやり直すことは可能でしょうか?“朱莉首相”?)」

「Yes, there are no every problems with me with that. "Laurel foreign affairs authorities"(ええ、私はそれで何の問題もありませんよ。“ローレル外務官”)」

「FUHAHAHAHA」

「ふふっ」


 俺には二人が話しているのが英語のみの会話だったので、その意味をよく理解することはできなかったが二人は陽気に笑いながらも椅子から立ち上がると、そのままガッチリとした握手を交わしていた。

 どうやら事が上手く運んだみたいだった。そして仕切り直しとばかりに互いに笑いながら、まるで談笑するように話はトントン拍子に進んでいるようにも見えた。


 そして時折ふざけているのか、朱莉が「イエース、イエース」と完全に日本語調の英語で返事をすると、相手までも何故か笑いながら「イエース、イエース」と一緒の真似事をしていた。

 たぶんそれによって意思の疎通を取り計らっているのかもしれない。


 こうして朱莉首相の外交初デビューは成功のうちに終わることになった。

 もちろんそのきっかけを作ったのは朱莉本人である。


 最初はロクに英語を話せずに適当な日本語交じりの英語で話をしてから、本当は堪能であることをまざまざと見せつけ相手を引き込んでしまったのだ。

 もしかするとそれすらも最初から計算のうちに入っていたのかもしれない。


 後日どうして英語があんなに話せるようになったか尋ねてみると、朱莉は呆気なくもこう種明かしをしてくれた。


「ああ、アレね。実は“最初から”何を話すかは事前に決めていたんだよ。相手の対応も含めて、ね。だからみやびさんに翻訳してもらって、それで必死に暗記して……あとはその場の勢いだよっ! 適当にイエースイエースとか言って握手をしたり、相手の肩をフレンドリーに叩いたりすれば万事解決! 何の問題もナ~ッシング! それにそれにゲームのヒロインだってこう言ってるじゃないの、押してダメなら押し倒せっ! ってね♪」


 どうやらこれらすべては事前準備の賜物と適当さとゲームに出てくるヒロインの助言のようだ。

 いいのか、これで……本当に日本の将来は安泰なのか? 俺は心内にそんな思いを潜ませることしかできなかった。

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