飢え

斐古

第1話

 私の名が呼ばれる。

 私は個室へと足を運ぶ。そして中にいた人物と、少し会話を交えると、カーテンの下がった白い台へと案内される。


 白い台の上に寝かされた私の腕に、一本の針刺さる。

 針は私の脳に一瞬だけ、鈍い痛みを感じさせる。


 そして針に繋がれた細い管の先……吊るされたパックの中から少しずつ液体が滴り落ち、徐々に私の身体なかへと流れてきた。


 ──ポツリ、ポツリ……。


 静かな部屋に、一滴一滴……液体の落ちる音が響く。


 ──ポツリ、ポツリ……。


 落ちると共に、液体それが少しずつ私の中に流れ込むのが分かる気がしてならない。


 ──ポツリ、ポツリ……。


 白い天井に、蛍光灯が眩しい……私は思わず瞼を閉じる。


 ──ポツリ、ポツリ……。


 視界を塞いだせいか、音がさらに鮮明に聞こえ、私の鼓膜を侵食する。


 ──ポツリ、ポツリ……。


 一切の乱れのない、一定のリズムを刻みながら。液体は尚も落ち続ける。


 ──ポツリ、ポツリ、ポツリ……。


 どれくらい、私はこうして落ちる音を、静かに聞き続けていたのだろう。

 瞼を開けて視線を上げれば、パックに入った液体は、ようやく半分ほどなくなっていた。


(まだだ……、まだ終わらない……)


 私は再び瞼を閉じる。


 そして私は気づくのだ。己の身体の異変に。


 口が、喉が──今まで経験したことの無いほど、渇いていることに。

 事前に話は聞いていた。だがこれほどだったとは、想像もつかなかった。


 この渇きはまるで灼熱の中、砂漠をさまよい歩き、たった一滴の水を、オアシスを探している旅人のような気分だ。


 私は己の舌を軽く噛んで、反射的に出る唾液を飲み込む。


 そうしてこの乾きを潤すことにしたのだ。


 ──ポツリ、ポツリ……。


 そんな私を嘲笑うように液体は落ち続け、尚も私の身体なかへと流れ込む。


 ──ポツリ、ポツリ、ポツリ……。


 渇きは増すばかりで、一向に潤うことはない。


 その時私は、ふと考えるのだ。私の身体なかへ流れ込むこの液体は、劇薬か……それとも毒薬か?


 ──ポツリ、ポツリ、ポツリ……。


 私の身体が、臓器が、細胞が。この液体によって新たに作り替えられていくような、そんな錯覚さえ起こす。


 ──ポツリ、ポツリ、ポツリ……。


 私の思考を遮るように、液体は尚も──。


 落ちる。

 堕ちる。

 墜ちる。

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