3−2「財団法人・スターライト」

「…少し、落ち着きましたか?」


 しばらくしてから加藤さんが小さな箱を持ってきた。中に入っていたのは色とりどりの高級チョコで「社員には内緒ですよ」と一つ選ばせてくれる。


「疲れた時には甘いものが良いですからね。私も頭を使った時にはこうして机に隠してあるお菓子をこっそり食べているんです…えへへへ」


 そう言って照れた様子で箱を机に隠す加藤さんは【師匠】に支部長と呼ばれていたがとても若く見え…と、顔を見ていたのがバレたのか「あ、こう見えても、私は40近くなんですよ」と20代のような笑顔を向ける。


「数年前に、希望して支部に入るまで海外の大学で生物学を専攻していたんです。今は研究者と支部長を兼任してますが、櫻木さんにはお世話になっていて…あ、櫻木さんは佐々木さんが【師匠】と呼んでいる方の本名ですね」


 人気のないビルを電子キーで戸締りをしていく加藤さん。


「身分にこだわらず上の名で呼んでくれれば良いということで甘えさせてもらっているんですが…あの人は困っている人を見ると放っとけない性格でしてね」


 そして加藤さんは「じゃあ、順を追って話すついでに、近くの美味しいご飯屋さんに行きますか」と車を出す。


「…櫻木さんはシャイなので言いませんでしたが【財団法人・スターライト】の創設者でもあるんです。資金援助や役員の割り当て、50年間で支部も都道府県で合わせて100近くあって、私たちに経営を任せてくれています」


 夕食に選んでくれたのはおしゃれなイタリアンレストラン。

 窯焼きのマルゲリータを私の皿に取りながら加藤さんは続ける。


「そして、ここに勤める職員は全員です…この意味がお分かりですか?」


 私はそれを聞いて思い出す。


 …そういえば、【師匠】が怪獣を見る人は心が弱っている人だと言っていた。

 加藤さんは「そうです」と言って器用にピザを丸めて口に入れる。


「基本的に職員になるのは怪獣に遭遇した人たち…心のケアを終えてかつ今後も働きたい人たちがここに来ます。でも、いきなり現場から始めるのもキツイので、最初は在宅ワークで書類の打ち込みなどリモートで本人が出来る範囲の仕事から徐々に慣らして仕事の適性を見ながら配置する形をとっているのですが」


 基本的な会社と同じ施設の維持管理業務や社員食堂のパート及び清掃職員。

 怪獣産の鉱物やバクテリアなどの副産物の分析と活用方の研究。

 完全に予測はできないものの担当地域の怪獣出現予測、及び周辺調査。


 …聞けば、その内容は多岐にわたる。


「そして、いざ怪獣が出現した時は、櫻井さんの…いえ、今は佐々木さんですね。サポートとして現地までの送迎や周辺地域の情報操作、場合によっては怪獣が出た時の記憶を消す作業も行なったりします」


 パートを含め、職員はボーナスありの福利厚生付きで手取り一律月30万円。

 土日完全休日で希望をすれば社員寮や宿舎も借りれるとのことであった。


 加藤さんは、スープを飲むと「えへへ」と笑う。


「ちなみに、担当地域に怪獣が出現した場合は、支部の職員全体にボーナスとは別の特別手当が支給されるので、今回みたいに皆が頑張っちゃうんですよね」


 そう言って、プリンタルトにフォークを入れる加藤さん。


「そもそも櫻井さんが財団を作ろうと思ったのも心の弱った人たちが怪獣被害を受けてしまう現状から自立できるように始めたのがきっかけだそうで、私も最初は普通の会社に勤めていたんですが周囲に馴染むことがどうしてもできなくて、うつ病を患って人生を諦めかけた時に…櫻井さんに助けてもらったんです」


 加藤さんが助かったのは、まさに間一髪。

 橋から落ちて川の中に潜んでいた怪獣に食われる寸前だったそうだ。


「周囲から見れば入水自殺以外の何者にも見えなかったでしょうね。幸い、人をまだ食べていなかったので怪獣は転送されていきましたが…」


 その後、加藤さんはしばらく櫻井さん監修のカウンセラーと相談し、回復してきた頃に「何かしてみたいことはないか」と聞かれ、こう答えた。


「私は昔から生物学者になりたかったんです。でも学習障がい持ちで、どうしても必要な教科の勉強ができなくて。それでも櫻井さんはカウンセラーの人と一緒に行ける学校を探してくれたり私に合った学習方法をしてくれる家庭教師をつけてくれたり…両親への説得や資金援助も含めて本当にお世話になりました」


 店を出た加藤さんは私のほうを向く。


「きっと櫻井さんは佐々木さんのことも考えてくれていますよ。あの人はいつも個性を見抜いて尊重してくれる人ですから、きっと悪いようにはしません」


 そして車に乗り込むと彼女はポツリとこう言った。


「でも、今回は櫻井さんの声が聞けてよかったです。私も一時は彼がいなくなってどうなることかと思いましたから」


(…いなくなったとはどういうことだろうか?)


 私は質問しようと口を開ける。しかし、その直後に車はアパート前に止まってしまい…結局、聞けずに加藤さんと別れることとなった。

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