×ファーストアント

3−1「素通りと心残り」

 私は怪獣に関わりたくて【弟子】になった。

 …でも、怪獣を殺したくてなったわけではない。

 

「今回の怪獣は、後天的に死体を操作する能力を獲得したようです。近隣住民の話から情報収集を行い、ある程度の目星はつけてはいましたが、このような形で佐々木さんを巻き込むことになってしまい…本当に申し訳ありませんでした」


 革張りのソファ。向かいに座る女性が頭をさげ、机の上に置かれたスマホから『…まあ、あの場合仕方がないさ、加藤くん』と【師匠】の声が流れる。


『今回の怪獣は【隠密型】と呼ばれるタイプだ。空間を通っても感知しにくく、そのまま地球の生態系に馴染んでしまうことも多い。しかし長い年月を経て能力を開花させ周囲の生態系に影響を及ぼすこともある』


 【師匠】の説明も頭を素通りしていく。


 …まるで、心にぽっかりと穴があいてしまったようだ。

 もらったカップに淹れられたカフェオレの味すらわからない。


 土蜘蛛と呼ばれたあの猫を消滅させてから一時間。


 【師匠】が世話になっているという【財団法人・スターライト】。

 その23支部ビル内で私は職員の女性に連れられ応接室に来ていた。


『怪獣には危険レベルというものがある。人を食って味を覚えてしまったものや、人類や生態系を滅ぼしかねない特性やウイルスを保有するものを【上】は消滅させる。今回は死体を操作する能力と操作された死体が生態系を脅かすほどの自己増殖機能を持ちかけたことからの判断だ』


 【師匠】はそう言うとため息をつく。

 

『【上】は、我々とは価値観も判断基準も違う。被害を及ぼすと思われる怪獣の出現地帯を予想し、我々に知らせることもあるが基本動かず、今回のように迅速な行動が必要でありかつ操作する側の心理にブレが生じた場合、操作する側の意思に関係なく強制行動をさせることもある』


 その言葉を聞き、私の体に震えが走る。

 …それはあの時、私が使いものにならないと判断されたということだ。


 怪獣であろうとも、手段が間違っていたとしても主人を待ち続けていた猫。

 【上】が判断したら今後もあの猫のような怪獣を殺さねばならないのか。


(でもそれが、私に与えられた仕事であって…)


 そこまで考えたところで、私の目頭が熱くなり膝に涙の跡がついた。


『いかん、加藤くん。頼む』


 【師匠】が言う前に加藤さんが私の隣に座り、背中をさする。


『…すまなんだ、お前さんにはまだ荷が勝ちすぎることだったな』


 謝る【師匠】に加藤さんは背中をさすりながら私に頭をさげる。


「辛いですよね…たった一人で重い役割を背負って。でも、貴女のおかげで先月から行方不明になっていた女性二人が見つかったんです…残念なことに、生きてご家族のもとに帰すことはできませんでしたが」


 それを聞いて思い出す。


 …そう、あの猫を消滅させた後。

 周囲には蜘蛛化の解けた鳥や猿…そして人の死体も見つかっていた。


 窪地の中に横たわる女性二人の遺体。

 彼女らの首には鋭い爪で裂いたと思しき跡があった。


(…?私の主人とはなっていただけないのですか?)


 巨大な蜘蛛となった猫の足先には鋭いかぎ爪があった。

 …つまりはそういうことだったのだろう。


 でも、私は【師匠】に言わずにはいられない。


「…荷が勝ちすぎるなら、辞めさせれば良いじゃないですか」


『それは』と言い淀む【師匠】に私の言葉は止まらない。


「こんな判断力に乏しい人間、使えないと思いませんか?スマホで怪獣に照準を合わせて殺すだけなら、誰だってできる仕事じゃないですか…なのに、どうして【師匠】は私を選んだんです!今だって、一度として姿も現そうとはしないで、よくそんなこと言えるとは思いませんか?」


 …八つ当たりにも近い言葉。

 胸が詰まって涙が溢れ出し、応接室は静まりかえる。


『…加藤くん』


 加藤と呼ばれた女性職員は「はい」と静かに答える。


『悪いが【弟子】を家まで送ってほしい。明日は彼女を家に連れて行くから朝のうちにタクシーを届けてくれ…彼女を家に送った後はそのまま帰るように。まだ残っている職員がいたら、速やかに残業時間の記入と退勤をさせるよう指示をしておいてくれ…くれぐれも残業をさせないように』


「わかりました」という加藤、ついで【師匠】は私に声をかける。


『お前さんも辛いだろうが、明日は少し付き合ってくれ。止めていた車はここの職員が家に届けているはずだ。こっちは少し思うところがあるから、帰りは加藤支部長に任せる…明日はゆっくりと話そう』


 プツリと切れる通話。

 そして、応接室には泣き腫らした私と加藤さんだけが残された。

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