第27話 27日目

「まずは事件の概要を振り返ろう」

 岩崎くんはぼくたちを見渡して、「さて」と言った。

「君は、本当にこの中に犯人がいると思っているの?」

 ぼくがそう聞くと、彼はゆっくりと首を横に振って目を閉じた。

「思っていないからこそ、みんなを集めて謎解きをするんだよ」

「そっか……」

 それを聞いてぼくは少しだけ安心した。

 だってぼくたちの中の誰かに犯人がいるだなんて思いたくないもん。

「いずみん、安心するのもわかるけど、実際に死体がある以上、誰かが殺したことに間違いはないんだよ」

「……」


 高林君の言う通り、ぼくたちの目の前には死体があった。

 全身の骨が折れ、一目で死んでいるとわかる無残な死体が、横たわっていた。


「事件当時のことを順番に思い出していこう。とはいっても、思い出すほど何かがあったわけじゃないが」

 岩崎くんが事件の起こる少し前からの状況を振り返り始めた。

「まず俺たちは十六時三十分にこの部室を出て購買に向かった」

 一同が頷いた。

 俺たち、というのは今ここに集まっている五人のことだ。

 岩崎くん、ぼく、高林くん。そして翠子さん、蒼乃さん。

 大学一年生が三人と、三年生が二人だ。ぼくたちの関係を述べると長くなるので割愛する。仲のいい五人組だと思ってもらえれば結構だ。

「部室の鍵を持っているのは俺だけで、俺は鍵を閉めて購買に行った。それを見ていた奴はいるか?」

 ぼくが手を挙げた。

「岩崎くんは几帳面だから部屋から誰もいなくなる時いつも鍵をかけるよね。スペアの鍵がないことも含めてぼくが保証するよ」

「いずみんは鍵を持たされていないんだね」

「うん。ぼくが部室にいる時は大抵岩崎くんもいて、別に不便はしていないから」

 岩崎くんが言葉を続けた。

「購買から帰ってきて、当然俺が鍵を開けた。そしてそのまま死体を発見したわけだ」

 茫然と後ずさりをする岩崎くんの肩越しに部屋の中を見ると、全裸の男が倒れていたのだ。

 ぼくや翠子さんが目を覆う中、岩崎くんはずけずけと男に近寄って、「死んでる」と言った。そのあとすぐに「高林! 窓の鍵を確認しろ」と指示をした。

「見ての通りここの部室はワンルームで、出入り口は入り口の扉と向かいの窓だけ。窓の鍵は高林が閉まっていることを確認した」

「そうだね、窓の鍵は閉まっていたよ」

 その言葉を受けて岩崎くんは人差し指をびし、と立てた。

「事件当時、この部屋は完全に密室だったんだ」

 ぼくたちの間に戦慄が走る。推理小説でよく見るその文字は、しかし現実には相応しくない響きを持っていた。

「現場に残されていた不審なものは二つだ。一つ目がプラスチックの破片。そしてもう一つが、謎の布切れ。俺たちの部室に物は多いが、どこに何があるかは把握してあるからこの二つが完全に外部から持ち込まれたものだということは確信がある」

「その二つが密室に関係しているのかな。布……なんだろう」

 そうやって布の用途を考え始めた瞬間、蒼乃さんが手を挙げて待て待てと割り込んできた。

「お前らさ、もっと大きな二つの問題から目を背けるのはやめようぜ」

「……」

 ぼくたちは顔を見合わせる。

 そう。蒼乃さんが言った通り、この事件にはもっと大きな謎が二つあった。

 一つ目が、ぼくの肩に乗っている存在のことだ。

「事件当時、扉も窓も閉まっていたのは認めるけどよ、“それ”が出入りできるような隙間はあったんじゃないのか?」

 蒼乃さんがぼくの肩を指差しながらそう言うと、“それ”は大きく首を振って否定した。

「わっワタシにはそんなことできませんよ」

「そうか? そのサイズだったら例えば換気扇からだって侵入できるだろう」

 

小さいおじさん。

その姿を見たことがあるかはわからないけれど、その噂を聞いたことがある人は多いだろう。アイドルや芸能人がよく目撃する存在で、文字通り手のひらサイズの小さいおじさんだ。幸せを運んでくれるわけでもなければ、不幸をもたらすわけでもない。それは疲労からくる幻覚だと言われているけれど、実際目にしてみると、もっと興味深いことが分かった。

「ワタシたちは、もとは人間なんです」

 とそのおじさんは言う。

 仕事で失敗したり、家庭環境がうまくいかなかったりして現実に嫌気がさしたおじさんたちがとある儀式を行うことで、俗世から解放された小さな姿になれるらしい。

 抱えているものが重い。姿がポップだから許されている感じがするけれど、失踪した男性の成れの果てだと考えると「あたし小さいおじさん見たんですぅ」とか言って注目を浴びようとするアイドルが許せなくなる。


 蒼乃さんが続ける。

「お前やお前の仲間が換気扇から侵入して、その男のを」

「蒼乃さん、待って!」

「……」

 ぼくが蒼乃さんの言葉にカットインをすると、ジロリと睨まれた。まるで、くだらない意見だったら許さないよと言わんばかりの目だ。

 ぼくは臆しながらも言う。

「小さいおじさんが他にもいるとして、換気扇から入ってどうするの? この小さい状態で成人男性の全身の骨を折るなんてどだい無理だと思うけど……」

「……それは、不思議パワーだろ」

「ワタシにはそんなものありませんよ!」

「……」

 小さいおじさんの反論を信じていないのか、蒼乃さんはいじけた顔で「可能性としては覚えておけよ」と言った。

 翠子さんが口を開く。

「じゃあいよいよ、もう一つのわけわからない謎に着手するとしようか」

 岩崎くんが頷いて、死体を指差した。


「これ、誰?」


 そう。

 ぼくたちは誰一人として、この男性に見覚えがないのである。


「もう一度だけ事件を最初から振り返ってみようか」

 訪れた沈黙を、岩崎くんが手を叩くことで無理やり破り、話し始めた。

「俺たちが部室に戻ってきたとき、この部屋は間違いなく密室だった。そしてその真ん中で見知らぬ男性が全身の骨を砕かれて全裸で死んでいた」

 とりあえず、迷惑な死に方だよ。

「三つの可能性が考えられる」

「みっつ?」

「ああ。事件が起きたタイミングの話だ。俺たちが部屋を出る前に殺されたのか、購買に行っている最中に殺されたのか、もしくは俺たちが部屋に戻ってきてから殺されたのか、だ。こうやって状況を場合分けしようと思う」

 事件のタイミングの場合分けか。

 でも……、その場合分けって危険じゃないか?

 と思ったら案の定蒼乃さんが問題を指摘した。

「なあ岩崎。この部屋を閉めたのはお前だったよな。そして鍵を開けて死体を発見したのもお前だ。これ、ひとつ目と三つ目の場合分けの両方が、お前が犯人だっていうことを指さないか? というより、お前以外の全員が容疑者から外れるって言った方が正しいか」

「……」

 岩崎くんは無言で唇を噛んだ。

 しかしなおも蒼乃さんの追及は止まらない。

「それにもう一つ。真ん中の場合だ。うちらが購買に行っている間に殺人が起きたとして、扉と窓は閉まっていた。となると、その小さいおじさんか、もっと現実的なトリックで密室を破った可能性が高い」

「そうだね」

「でも、もう一つ可能性があるんだよ。扉が開いていないなら開ければいい。お前、さっき「鍵は俺が持っている一本だけだ」って言ったよな。その言葉が嘘の可能性は? いずみが知らされていないだけで、合鍵がある可能性はあるだろう。そうしたら、そんな余計な嘘をついた岩崎が怪しくなるんだ」

「……」

「お前、自分で自分の首を絞めたな」

 蒼乃さんは岩崎くんを睨み、言葉を区切る。

 岩崎くんが犯人? いや、そんなはずないよ。だって。

「犯行方法は?」

 ぼくが問いかける。すると蒼乃さんは真剣な表情で言った。

「犯行方法は不明でも、犯行可能な人物が一人だけなんだったら、そいつが犯人じゃねえのか?」

「……」

 彼女の言うことは最もだ。

 でも、それは犯行方法を蔑ろにしていい理由にはならない。

 だってまだ、第三者が何らかのトリックで密室を破って犯行を行った可能性だって残っているんだから。

「ぼくは犯行方法についても考えたい。明らかに不自然だもん」

 全身の骨が折れている全裸の男性。

「本当に岩崎くんが犯人だとしたら、何らかのトリックで部屋の中にいるこの人を殺したか、超絶早業で殺したっていうことだよね」

 ぼくたちが部室から出る時も入るときも、岩崎くんはもたもたしたりと不自然な様子はなかった。部屋から出る数秒間で全身の骨を折ったのなら話は別だけど、それは今から展開する論で論理的に否定できる。

「この人は全裸だったんだよ。服はどこに行ったの?」

「……服?」

「そうだよ。この人が部屋に入ったのは間違いない。だったら、全裸なのはおかしいよ。今考えられている案では、犯人が服を処理する時間はなかった。犯人が全裸のままこの部室に入ってきたんだったらつじつまが合うけど、それはそれで目撃証言とかがあるはずだよね?」

「くぅ……確かに、犯行方法は話し合う必要があるな」

 蒼乃さんは納得した表情で両手を挙げた。

「確かに。服の謎がある限り、ワタシに超絶パワーがあってもなくても犯行は無理ですね。換気扇から侵入したとして、服は換気扇から出せませんから」

 小さいおじさんが言う。

 何当たり前のように議論に参加しているんだ、と思ったけどまあいいや。


「だから今回の事件の謎を解くカギは、密室でも見知らぬ人の身分でもない。どうしてこの人が全裸だったのか、なんだ」


 何とも締まらない事件のカギだった。カギだけに。

「……あ」

「……ん」

 翠子さんと高林くんが同時に声をあげた。

 二人の方を見ると、翠子さんが転がっていた布を見つめていて、高林くんが透明なプラスチックを持っていた。彼はプラスチックの破片をパズルのようにくみ上げて、綺麗な立方体の箱を作っていた。

 それを見た岩崎くんが、「あ!」と声をあげた。

 ぼくと蒼乃さんも遅れて気が付く。


「謎は全て解けた!」



「被害者は小さいおじさんなんだ」

小さいおじさんは元々本物の人間だ。何らかのきっかけで呪いが解け、元のサイズに戻った。

そうすると全裸の謎が解ける。あれは、急激な体の大きさの変化のせいで服が破けて全裸になったんだ。死体の発見現場付近に落ちていた布の正体が衣服。

そうすると、透明なプラスチックの謎も解ける。あれは高林くんがくみ上げた通り透明な立方体の箱だったんだ。

何らかの理由でぼくの肩にいる存在とは別の小さいおじさんが箱の中に入り、呪いが解ける。

こうすることで、箱の中で急激に大きくなったおじさんが全身の骨を砕かれ最後には箱と服を粉砕する。

その結果、あの奇妙な密室ができあがったというわけだ。

手のひらサイズの立方体が部室に置かれていても、見落とすのは仕方がない。

そして、タイミングよく小さいおじさんの呪いを解き、密室を作り出すことに成功できたのは、同じく小さいおじさん事情に精通している小さいおじさんしかいない。

小さいおじさんがゲシュタルト崩壊してきたよ。

「犯人は、お前だ」

 ぼくたちはその小さいおじさんを摘まみ上げ、一斉に見下ろした。



<『ち』いさいおじさん>

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