第25話 25日目

「落ち着いて状況を整理しよう」

 ぼくはそうだね、と小さく頷いて、周囲を警戒しながら腰を下ろす。

「そもそもの起源はどこぞの宗教や儀式だが、それが創作物を通じて大衆に広まったのは一九三〇年代の一本の映画だ。まあこの時はまだ、一番の特徴は確立されていなかったんだがな」

「待って、誰がそんな概念的な状況を整理しろって言った? ぼくは今この場の状況を整理しようって言ったんですけど?」

 ぼくはなるべく音をたてないように、そしてなるべく物陰から顔を出さないように気をつけながら、手に抱えた大きな塊を握り直した。

ひんやりとした感触が広がる。

茶色いグリップにバナナ型のマガジンがついた、黒い塊。

AK47。

恐らく世界でもっとも有名な自動小銃だ。

開発後、数々の戦争で使用され、世界で最も多く使われた軍用銃としてギネス世界記録も所持している。その一番の要因は、部品ごとの許容公差の大きさだろう。AK47は戦時下の劣悪な生産環境を想定し、部品の公差を大きくとることで圧倒的な信頼性と生産性を獲得した。

また、極力部品がユニット化されていて素人にも組み立てやすいという特徴がある。

もちろん上記の事情故集弾率は他の自動小銃に比べてやや劣るが、それを補って余りあるほどの長所を持っていた。

「いやいや、概念のルーツを知るのは大切だぞ。それによって弱点がわかるかもしれない」

「それはそうだけどさ……じゃあわかった。話の続きを聞かせて」

 ぼくは物陰から少しだけ頭を出して様子をうかがう。

 薄暗い室内は障害物が多すぎて、視界が宛にならない。聴覚や嗅覚、第六感までをも使いながら、ぼくは“やつ”の気配を感じ取ろうとする。

「次にブームが来たのは六十年代から七十年代。お前も名前くらいは聞いたことがあるだろう、ジョージ・A・ロメロ監督が撮ったとある映画が、今日では当たり前になったあの性質を持ち込んだんだ」

 カサッ。

 カサッ、カサッ。

「!」

 微かだが、足音が聞こえた。

 ぼくは慌てて頭を伏せて、岩崎くんにアイコンタクトを送る。

 足音の主が生き残っている人間だとは思えない。

 もしそうなら、ぼく程度に聞き取れるような足音を立てて移動するわけがないのだから。

 ザッ。

 ぬっ、と地面に影が落ちる。

 そしてその影が、ゆっくりと顔を出した。

「『ナイトオブザリビングデッド』。その映画が、“噛まれた相手もゾンビになる”という吸血鬼さながらの性質を描いたんだ」

 その影、“ゾンビ”はぼくらがいる物陰を一瞥して、ニヤリと笑った。


 見つかった。


「ロメロ監督と言えば、ドーンオブザデッドが一番有名か? 名前くらい聞いたことがあるだろう。邦題は『ゾンビ』。ショーンオブザデッドじゃないぜ? あれのパロ元だと言えばわかりやすいかな」

「御託はいいからいったん退くよ!」

 ぼくは岩崎くんの肩を掴んで、物陰をすばやく移動しながら、ゾンビから距離をとる。

 振り返り際にAK47の引き金を引き、ゾンビに銃弾を浴びせるけれど、効果があるようには見えない。

「どうして! バイオハザードでもラスアスでも銃は有効だったじゃん」

「ゾンビには色々いるんだよ。例えばあのゾンビはさっき笑っただろ? 人間を見つけたら全力疾走してくるゾンビもいれば、兵器を操るゾンビもいる。『リビングデッドの呼び声』に至ってはゾンビ関係ないからな」

「岩崎くんが何を言っているのか全然わかんないよ!」

 息を切らしながらぼくはキレた。すると岩崎くんはゾンビの方をちらりと見てから言う。

「ゲーム脳のお前にわかりやすく言うと、あれはブラボ世界観のゾンビだ」

「そりゃあ銃弾が効かないわけだ」

 ぼくにしかわからない言葉で話してくれた。サンキュー。

 でも、そんなことが分かったからと言って状況は一向に改善しない。

 ポヒュン。

 その時、間抜けな音とともにぼくの耳元を空気の塊が通過した。

「!」

 慌てて後ろを振り返ると、ゾンビが銃を構え、照準を覗き込んでいた。

「~~~~~!」

「兵器を扱うゾンビは近年普通に出てくるからな。それよりも重要なのは、果たしてあのゾンビが仲間を増やすタイプのゾンビなのかどうかだ」

「馬鹿なこと言っていないで伏せて!」

 ガバっと彼の頭を下に下げる。

 しかし岩崎くんは半ばあきらめた表情で「もういいよ」と言った。

「どうしてそんなこと言うの?」

「いやさ……」

 岩崎くんがゆっくりと目を閉じる。

「別にBB弾が当たったところで死ぬわけじゃねえし」


 サバゲ―。

 サバイバルゲーム。主にエアガンとBB弾を用いて行われるリアル対人シューティングゲームのことである。フィールドの種類は屋内、屋外など多岐にわたり、ルールも様々だ。

 その中で、最もやってはいけない行為がある。

 それが、ゾンビ行為。

 サバゲーは当然非殺傷の道具を使うため、リアルな戦争のように打たれても怪我したり、死んだりすることはない。ビデオゲームのようにダメージゲージが出るわけでもないので、“弾が当たった”かどうかは、自己申告制である。

 つまり、当たっているのに当たっていない風に振舞うこともできる。

 撃った側もよっぽどの至近距離でない限り当たったかどうかなんてわからないので、サバゲーは信頼のスポーツと言える。

 カードゲームとか麻雀もイカサマし放題だけれどやらない、というのと似ている。

 このように、死んでいるはずなのに“死んでいない”と偽る行為をゾンビ行為という。

 自信満々に「当たっていないが?」と言われたら、「本人がそういうならそうなんだろうなあ」と引くしかないところがこの行為の恐ろしいところだ。

「だから俺はこのゲームを投げるよ」

「岩崎くん……」

「ま、お前はせいぜいがんばれ」

 岩崎くんの言うことも最もだ。それでもぼくは、卑劣なゾンビ行為に負けるわけにはいかないんだ!

 岩崎くんはゆっくりとゾンビの方へ歩き出していった。

「岩崎くん!」

 瞬間、彼がハチの巣になる。

 そしてゾンビが、岩崎くんの耳元で何かを呟いた。

 先述の通りサバゲーは銃弾が当たったら申告をしなければならない。右手を大きく上げて「ヒットォ!」と叫ぶのだ。ダサい。

 ゾンビに打たれた岩崎くんも、当然「ヒットコール」をしなければいけないはずなんだけど、一向にコールをしない。

「……?」

 すると岩崎くんは、ぼくのほうをみてニヤリと笑い、銃を構えた。


「仲間増やすタイプのゾンビじゃん!!!!!!!」


 このあと、一緒にサバゲーをしていた友人たちに滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。



<『ぞ』んび 撲滅>

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