第24話 24日目

 ザザ、とモニターにノイズが走った。岩崎くんのプレイしていたゲーム画面が一瞬だけブレて元に戻る。ぼくはオフラインアクションゲームの出身なのでその程度のアクシデントは何も思わなかったけれど、彼は今オンライン対人ゲームをやっていて劣勢だったので、「クソモニターが!」「モニターのせいで劣勢だよ」とあらぬ罪を着せていた。

 劣勢なのは岩崎くんの腕前のせいでは? と思ったけれど、ぼくは大人なので何も言わない。

 案の定敗退した彼は、コントローラーをぽんと放り投げてからモニターの上部を叩いた。

「ちょっと! 調子の悪いモニターを叩くなんて昭和の人間?」

「八つ当たり九割のなおってほしい気持ち一割だな」

「見栄を張らないところは好きだよ……。でもブラウン管テレビならまだしも現代社会に叩いて直る機械なんて残ってないよ」

「まあでも、俺ァブラウン管の前で評価されたくないから」

「そんな尖ったバンドももうどこにも残ってないんだよ!」

 そんなバンドもちゃんとずっとここにいるから。

「まあモニターに当たっても仕方ないよな」

 岩崎くんが珍しく顔に反省の色を浮かべた。

 わかってくれたのならなによりだ。

「疑うべきはモニターじゃなくてケーブルだもんな」

「君のゲームの腕前だよ!」


 ぼくが立ち上がって罵声を浴びせた瞬間、部室の扉がガラッと開いた。

「おっす、いずみん」

 来訪者は、同じ学科のミキタカ君。先日彼女と別れたばかりで、最近ようやく傷心が癒えてきたらしい。授業で見かける頻度も増えてきた。

 いや、授業は毎日出ましょうね。

「どうしたの? こんな辺鄙なサークルに何か用?」

 辺鄙なサークル、と言った瞬間に岩崎くんが「訂正しろ!」と叫ぶのが聞こえたけれど無視だ。民間伝承研究会なんて、辺鄙なサークルに決まっている。

 ここは、民間伝承という名を借りて、色々な怪奇現象や都市伝説を解析、解決するサークルだった。学内では少し有名なため、時々怪奇現象に巻き込まれたという依頼がやってくる。

「いやさ、この前友達になったこいつが、なかなか不思議なことを言うやつでさ。いずみん、こういうの好きそうだから紹介しようと思って」

「ふうん、それが彼?」

 ミキタカ君の隣には、彼と同じくらいの背丈の見たことがない青年がいた。

「そう。三条くん」

 よろしく、とぼくは頭を下げた。

 岩崎くんが退屈そうに「で、ミキタカぁ。早く本題を教えろよ」と言う。

 ミキタカ君は小さく頷いて、両手を広げた。

「三条くんさ、人の前世が見えるらしいんだ」

「人の」

「前世ェ?」


 話してみると、三条くんはいたって普通の男の子で、人の前世が見えるだなんて痛々しいことを言いだすようには見えなかった。

 それだけに信憑性があるというか、ちょっと話を聞いてみようと思わせるような空気を纏っていた。

「じゃあさっそく俺たちの前世を見てくれよ」

 岩崎くんが言った。

 話を聞くと、どうやら「あんたの前世はマリーアントワネットだ!」と断定できるわけではないらしい。その人が前世で見た音や映像が頭の中に流れてきて、その映像から前世を推定するという手法をとるらしい。

 よくわからなかったけれど、やってみればわかるでしょう。ぼくたちは椅子に座った。

「じゃあまずはいずみさん」

「はい!」

 ぼくは元気よく、それでいて神妙な面持ちで手を挙げる。

「……」

「……」

「『黒』」

「黒?」

「『黒い……暗い。そこにもはや光はない』」

 ……光はない、だって?

「もしかして、どこかに監禁されていたり!」

「興奮するな、最後まで聞こうぜ」

 岩崎くんにたしなめられて、ぼくは落ち着く。

「『感覚だけを頼りに動き、生きていく。暗い世界に包まれても、不思議と不安はなかった』」

 なんだかポエムじみてない?

「『どうしてだろう。優しさ、愛情。そう言ったものに包まれている気がする。それはまるで母親の愛のようで』」

 わけがわからなくなってきた。

 どうして暗い箱に監禁されているのに、そんなに愛情を感じられるんだ?

「『その寵愛を一身に受けながら、砂利を啜った』」

 ……ん?

「ふう。こんな映像が見えました」

 三条くんは満足げに額の汗を拭った。

 ん?

 光の届かない世界で砂利を啜る?

 母の愛……母……生命の母と言えば、海。

「……」

「……」

「………」

「ぼくの前世、カニ!?」

 みんな気まずそうに目を逸らした。


 そうか、地球上には数百億どころじゃない生命体がいる上に、それらは日々生まれ、死んでいく。人間が人間に生まれ変わるという可能性は少ないのか。

 しかし、カニかぁ。

 いや、いいんだけどさ。美味しいし。

 ……カニかぁ。

 ぼくが項垂れていると、岩崎くんが「じゃあ次は俺の番だな」とウキウキした様子でいた。

「じゃあ、見るね」

「おう!」

「『……歓声が鳴る』」

「!」

 岩崎くんがにんまりと笑って、「これ人だろ、俺の前世、人だろ」と言い出す。

 まだ決まったわけじゃないよ、と言ったらカニが喋るな、と怒られた。理不尽!

「『飛び散る汗、荒い鼻息 鳴りやまない歓声と罵声』」

「なんだなんだ、戦士か? 戦の最中か?」

「『苦しい、辞めたい、立ち止まりたい。それでも勝利を目指して前へ進む』」

 え、ずるくない? かっこいいやつじゃん。

 そう思っていると、突然風向きが変わった。

「『背中に重みを感じながら』」

「ん?」

「『君は荒々しく、蹄を鳴らす』」

「馬じゃねえか!」

 岩崎くんが勢いよく立ち上がった。

「岩崎くん、落ち着いて。最後まで聞こうよ。どうどう」

「馬を宥めるかのようにやるな! まあでも、戦場をかける馬って言うのも格好いいかもな」

 確かにぼくの前世よりは格好いい。カニだけに。


「『そして君は、一番でゴールした』」

「競走馬じゃねえか! 俺の生まれ変わりスパン短くない!?」

 競馬が西暦何年からあったのかは知らないけど、突っ込むところそこ?

 そんなわけで馬崎君の前世が判明したところで、ミキタカ君が「な、おもしろいだろ?」と嬉しそうに言った。

「いやあ、ありがとう。すごい面白いや。たとえ嘘でもこういう面白い嘘なら大歓迎だね」

「俺の前世、馬かあ」

「ほら、岩崎くん、へこまないの。大切なのは今の人生じゃないか」

「黙れカニ。一生じゃんけん負けてろ」

「は? ぼくのチョキは岩をも砕くんだが?」

 そんなこんなでひとしきり楽しんだ後、ぼくはミキタカ君の前世が気になったので聞いてみた。

「ところで、ミキタカ君の前世はなんだったの?」

「んあ、ああ」

 急に歯切れが悪くなるミキタカ君。

 気になる。カニよりもしょうもない前世だったらちょっとだけ嬉しい。

「じゃあまあ、聞いたとおりに話すよ」

「うん」

「『『大変申し訳ございませんでした』 あなたは体を震わせて音を出す』」

「もう絶対人間じゃん!」

 裏切りやがって!

 ミキタカ君が言葉を続ける。

「『そこに光はなく、ただ震える己の体だけがあった』」

 何やら物騒な展開になってきた。

「『もううまく音が出せない 綺麗な音を出すには、老いすぎたのだ』」

「……」

「『音が裏返るたび 全身に強い衝撃が走る』」

「……?」

「『そしてついには 解体され 意識を失った』」

「……」

「……」

「…………」

「ねえ、ミキタカ君?」

「なに?」

「もしかして、なんだけどさ。君の前世って、『スピーカー』なの?」

 ミキタカ君は弱弱しく首を縦に振った。

 もっ、モノにも魂は宿るのかよおおおおおお!

 前世がカニなのと、前世がスピーカーなの、どっちがましかを考えながら、ぼくたちは雑談に戻った。

 岩崎くんは「楽しかったぜ」と言って、またゲームに戻った。


ザザ、とモニターにノイズが走った。


<『ぜ』んせ 蟹>

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